クラシック音楽レビュー -3ページ目

クラシック音楽レビュー

私個人の好きなクラシック音楽のレビューを書いていきます。
よろしければ、お読み下さい

第11話と第12話が重複していました、第12話の月明かりの花の中では

ロマンティックな描写があり、いい場面です。

そこが漏れていましたので、再度投稿しなおします。

 

 

目次

 

第9話 母を慕いて

第10話 想いは飛び立つ

第11話 二つの花

第12話 月明かりの花の中で

第13話 暗闇の中で

第14話 遠くなる優しい笑顔

最終話 伝える想い

 

 

 

第9話 母を慕いて

 

 

白き音をたてながら雪が降っていた。
雪は次第に達夫が住む茅葺の屋根に降り積もっていった。
日は昇り雪が解け始めて縁側に「したした」という音を静かに響かせながら
庭に咲く花に光を放ち光は達夫の横顔を悲しくも照らしていた。
達夫の家は貧しく幼少の頃は体も弱かった。
しかし、そこに母親は優しく達夫を見守っていた。

「お母さん、寒いよ。」

雪の寒さを帯びたように達夫は凍えながら母親に訴えた。

「ちょっと待ってね、今、温かいお味噌汁を作ってあげるから。」

雪のような白髪交じりの髪を肩に流しながら、

母親の佳代子はか細い声で達夫に声をかけた。
達夫の母親は生まれつき体が弱かったのだ、

それを佳代子は達夫に対して不憫《ふびん》に思っていた。
血のつながりは白く輝いてくれなかったことを実感しながら
しかし、達夫は母親が愛しくてたまらなかった。

「お母さん、手が冷たいから僕の手を握って。」

必死で温めようとする佳代子、達夫の目には涙の雫が流れ落ちていた。
佳代子の目にも溢れていた。

「おい、腹がすいたぞ、飯はまだか。」

冷たさが増すのは小さい達夫の家だけではなかった。
達夫の父親は事業を営んでいたが、

ことごとく失敗に終わり借金で苦しんでいた。
夫の食事の支度をすぐさま終わせ佳代子は、

達夫の元へ来て体温を測り終わると、

だいぶ熱が下がってきたから、

温かいお味噌汁を食べて元気になりなさいと、優しく声をかける。
達夫はうなずくと小さい手で味噌汁を食べ始め佳代子に訴えかけた。

「お母さん、今日は一緒に寝てもいい。」

そう言うと佳代子は小さくうなずき達夫の布団に入った。

「だいぶ、顔色がよくなったわね。」

佳代子は達夫に優しく声をかけて達夫の寝ている布団の中に入った。
雪は降っていた、雪は降っていた、しかし達夫は温かかった。

「おかあさんと一緒に寝ると温かい。」

佳代子の雫が達夫の手に落ちた。

「お母さん、ありがとう。」

達夫の体温も雪解けの様に溶けて行ったのだった。
 
「明日から学校に行けそうよ。」

そう、佳代子は励ますも達夫を待っていたのは雪の冷たさだけではなかった。
達夫は体も小さかったこともあり、同級生から虐められていたのだ。
ある日のことだった、学校から達夫が泣きながら帰ってきた。
泣きじゃくる達夫に母親は寄り添いながら話しかけた。
身体が小さいだけではなく、お弁当も持っていけなかったのが原因でもあった。
そのことをついうっかり達夫は母親に話してしまったのだ。

「ごめんね、達夫、家が貧しいばかりで達夫に悲しい想いをさせて。」
「いつか、美味しい料理を作ってあげるからね。」
「そうしたら、みんなに虐められることはないから大丈夫よ。」
「お母さんは頑張って働くからね。」

自宅には借金の取り立て屋が毎日のように来る有様だったのだ。
ある日の事だった、達夫の父親は東京に出稼ぎにいくということで家を出た。
しかし、それは母親と達夫を残し夜逃げしたようなものだった。
それから、達夫も高等学校へ進学することになったが、

それを待ち受けていたのは母親の苦労であった。
それは達夫が通う高等学校での出来事であった。

「お母さん、もう達夫君の授業料が半年も払っていないのですよ。」
「なんでも、お父さんは借金で夜逃げしたみたいじゃないですか。」

「大丈夫です、私が昼も夜も働いてなんとかしますので、

達夫を高等学校で学ばせてください。」

達夫は後にその事実を担任の教師から知らされる事となり、

退学を母親に申し出るが学業を続けるよう説得されたのだった。
しかし、そこに突然が襲う。

「ゴホ ゴホ ゴホ」

「お母さん、大丈夫。」
「どうしたの、お母さん、しっかりして。」
「すぐ、病院に連れて行くから。」

すぐさま、達夫は母親を病院に連れて行った。

「先生、大丈夫ですか。」

「肺結核だよ。」

「治りますよね、先生。」

「残念ながら、治らないのだよ。」

「先生、どうして、どうして。」

「達夫君かな、お母さんには、もう会えないよ。」

「どうしてですか。」

「肺結核はうつるからね。」

「そんな、かまいません。」
「お母さんのそばにいられるのは僕しかいません。」

「いや、君はまだ若い、将来があるじゃないか。」

幸いに病院と達夫の家とは親戚であったため、

院長が入院費等の援助をしてくれていたのだった。
数日が経ちどうしても母親に会いたい達夫は主治医に懇願した。

「先生、会わせて下さい。」

「駄目なんだよ、達夫君。」

「どうしてですか。」

「うつるかもしれないと言っただろう。」
「君は若いんだよ。」
 
しばらくの時が経過したがどうしても達夫は母親に会いたくてある行動にでた。

「お母さん待っていてね、夜に木の上から登って会いに行くから。」

「お母さん、会いに来たよ。」

「駄目よ、達夫、来たら駄目よ。」

「どうして。」

「いいから、来ないで・・・」

「どうして。」

しかし、看護婦に見つかってしまい、会うのを制止されたのだった。

さらに時は経ち母親の命も風前の灯火であった。

「達夫君、今日でお母さんの命はいっぱいかもしれない。」
「残念だが、君の気持ちを考えると私も辛いよ。」

「先生、僕は病気がうつってもいいです。」
「会わせて下さい。」
「僕は死んでも後悔しません。」

今までの達夫の想いを考えると主治医も止めることはできなかった。

「そうだな・・・」
「わかったよ。」
「達夫君、最後にお母さんに会ってきなさい。」

「はい、ありがうございます。」

「達夫君・・・」

達夫は母親と最後のひと時を過ごそうとしていた。
やはり、悲しい現実が待っていたのだ。

「お母さん、お母さん。」
「どうして、目を開けてくれないの。」
「お母さん、お母さん。」
「どうして・・・」

「達夫・・・」

「お母さん、お母さん。」
「あ、目が開いた。」
  
「達夫・・・」
「かわいい、達夫・・・」
「ちょっと待ってね。」
「達夫、これをお母さんだと思って大事にして。」
「昔、ある人にもらったの。」
 
「赤いスカーフだね。」
 
「そうよ。」

「お母さん。」
「だっこして。」

「達夫・・・」

「お母さん、お母さん、お母さん。」

達夫は最後に母親の胸に飛び込んだ。

「達夫君・・・」
「最期によかったな。」

しばらく時が経ち行方不明の父親が帰って来た。

「達夫、ただいま、いや、仕事で東京まで行っていたんだ。」
「佳代子が亡くなって来たと聞いて帰って来たんだ。」
「実は達夫に新しいお母さんを紹介するよ。」
「新しいお母さんの君江さんだ。」
「ほら、君江、何か言いなさい。」
 
「達夫さん、お母さんが亡くなって・・・」

「馬鹿野郎。」

「達夫、どうした。」

「達夫さん・・・」

しばらく、達夫は家に帰ることはなかった。

「あなた、達夫さんが帰ってこないですね。」
「やはり、私は・・・」

「いや、気にするな。」
「君江。」

しばらくして、達夫は家に帰って来た。
帰り着くと君江は達夫に謝った。

「達夫さん、ごめんなさい。」

「大丈夫です。」
「君江さん、ごめんなさい。」
「あんなことを言ってしまって・・・」

高等学校において、

今まで未払いであった学費のことで君江は呼び出されていた。

「あなたが、新しい達夫君のお母さんですか。」
「以前からの学費があるのですがどうされますか。」

「大丈夫です。」
「私がなんとかしますから。」
「達夫を高等学校で学ばせてください。」

「でも、あなたは達夫君の本当のお母さんじゃないから・・・」
「そこまでしなくてもいいんじゃないのですか。」
 
「いえ、達夫は高等学校に行かせます。」
 
自宅にて君江は夫に相談をしていたのだった。
 
「あなた、私は今日から仕事を始めます。」

「いや、君江、そこまでする必要はないよ。」

「どうしてですか。」

「高等学校にいかなくても頑張っている連中もいるじゃないか。」
「それに、達夫はお前の・・・」
 
「私は達夫の母です。」
「当然のことをするだけです。」

そこに達夫が現れて話し始めた。

「君江さん、そこまでしなくていいよ。」
「僕はもう高等学校には行かない。」

「達夫さん、大丈夫だから。」

達夫は君江の強い説得により高等学校で学ぶ決心をしたのだ。
 
君江は回想し始めた。
君江には戦争に出征して亡くなった幸助という息子がいた。
 
「幸助・・・」
 
「お母さん、僕はもう高等学校にはいかなくていいよ。」
 
「どうして。」
 
「さっき、赤紙がきたよ。」
「出征してくる。」
「御国のために尽くしてくるよ。」
  
父親は立ちすくんでいたままの君江が気になった。

「 君江、どうしたんだ。」
 
「いえ・・・」
 
「また、幸助君のことを思い出しているんじゃないか。」
「幸助君は御国のために・・・立派な事だ。」
 
幸助
幸助・・・
どうして。
 
白き音をたてながら雪が降っていた。
雪は次第に達夫が住む茅葺の屋根に降り積もっていった。
日は昇り雪が解け始めて縁側に「したした」という音を静かに響かせながら
庭に咲く花に光を放ち光は達夫の横顔を悲しくも照らしていた。
しかし、そこに君江は優しく達夫を見守っていた。
それは実の母親と同じだった。

君江さん、ごめんね。
お母さんと呼べなかったよ。
僕も幸助君と同じになって悲しい想いを指せてしまう。
本当にごめんね。

 

第10話 想いは飛び立つ

 

 

「佐々木少尉。」
「本日より別部隊への異動とする。」

「はい、上村大尉。」

軍からの突然の命令だった
それは今から起こるであろう嵐のような出来事のきっかけであった。
その後、宿舎にて留美と小百合に説明をした。

「留美ちゃん。」
「突然だけどね、別部隊になってさ。」
「兵舎が変わるけど仕方ないね・・・」
「お世話してくれるのも今日までかな。」

留美は呆然とその場に立ち止まっていた。

「留美ちゃん、どうして黙っているんだよ。」

「佐々木さん、大嫌い。」

「留美ちゃん、待って。」
「達夫、留美ちゃんをよろしく頼む。」

「わかりました。」

小百合は留美を追いかけて慰めようとした。

「留美、残念だけど、また、部隊が変わって戻ってくるわよ。」
「泣かないで。」

「そうかな、小百合。」

「きっと、戻ってくるわよ。」

しばらくして、兵舎には新しい上官が入ってきた。

「今日からここにきた北野だ。」
「よろしく頼む。」

「はい、北野大尉。」

留美と小百合は兵舎の中で自己紹介をしようとした。
それを遮るように北野は留美と小百合に話しかけた。

「お前たちが当番か。」

「はい。」

「お前、可愛いな、名前は。」

「留美といいます。」

よし、俺の肩を揉め

はい

その後、小百合と留美はお互いに相談していた。

「小百合。」

「どうしたの、留美。」

「私はあれから、佐々木さんと毎日会っているの。」

「そうなの。」

「うん。」

「よかったね。」

「でも、悲しくて。」

「そうね、それもあるけど、北野大尉が怖いね。」

「そうよね、小百合・・・」

「うん。」

北野大尉は小百合や留美に厳しい態度を取り、

特に留美には暴力を振るっていた。
しかし、それだけではなかった。

「留美、北野大尉は怖い。」

「うん、でも、私は佐々木さんがいるから我慢できる。」


兵舎の中では毎日のように北野の怒声が鳴り響いていた。

「馬鹿野郎、何しているんだ。」

「北野大尉、叩かないでください。」

「お前みたいな気のきかない女はこのくらいしないとわからないんだよ。」

「北野大尉、どうか止めて下さい。」

「上杉は黙っていろ。」

「それはできません。」

「なんだ、上杉、上官に対してその口のきき方は。」

「バシ バシ バシ。」
 
「やめて下さい、北野大尉。」

「わかった、お前が美人だから許してやろう。」

「小百合さん、申し訳ない。」

「いいのです、気にされないでください、上杉少尉。」

このような暴力的な行為がしばらく続いた。

「留美、大丈夫。」

「兵舎の中ではまだいいの。」

「え、どういうこと。」

「ううん、いいの・・・」
「佐々木さんがいるから。」

「私に話して。」

「いいの、話せることじゃないから。」

小百合は気になって仕方がなかった。
その後、北野大尉は留美を兵舎へ呼び出した。

「おい、留美。」
「お前は佐々木と交際しているみたいだな。」

「いえ、そのようなことはありません・・・」

「いや、俺は昨日の夜に見たんだ。」
「お前たちが抱き合っているのをな。」

そこに、佐々木が現れた。
そして、そのことを否定した。

「ちがいます、北野大尉殿。」

じゃあ、お前は佐々木から犯されたのか

「いえ、違います。」

「女学生と交際は禁止のはずだぞ」

「違います。」

「じゃあ、なんなんだ。」

「違います、北野大尉。」

佐々木は答えるのに精一杯だった。
なぜなら交際しているのは事実であったからだ。
只々、留美をかばいたかったのだ。

「わかった、俺も大尉として軍に報告しなければな」

「やめてください。」

「駄目だ。」

佐々木は諦めるしか選択肢はなかった。
北野が軍部に報告して軍法会議が開かれることになったのだ。
軍法会議が開かれることを耳にした留美はいてもたってもいられなかった。

「小百合、どうしよう、私と佐々木さんが軍法会議にかけられるの。」

「え、どうして。」

「佐々木さんが私を犯したからと北野大尉が軍に報告して。」
「私は大丈夫だと思うけど、佐々木さんが・・・」
「小百合、どうしよう。」

「佐々木さんはどうなるの。」

「何らかの厳しい罰を受けるかもしれなくて。」

「ええ、どうするの。」

「私が説明する。」
「私自身が交際を認めるの。」

「でも・・・」

「だって仕方ないじゃない。」

「そうね、だけど、留美もなんらかの罰を受けるのよ。」

「いいの、もしという時は・・・」

「もしって。」

「いいの、いいの、小百合・・・」

泣きながら走り去る留美だった。

時は容赦しない、軍法会議が予定どおり行われ始めた。

「今から軍法会議を始める。」

「北野大尉、説明をしなさい。」

「はい、少佐。」
「実は佐々木大尉とここにいる女学生が、

不謹慎な行為をしていたのを目撃しました。」

「不謹慎な行為とはどういう事だ。」

「裸で抱き合っていました。」

「なに、女学生はまだ子供ではないか。」

「そうです。」
「ただ、女学生は嫌がって、

佐々木少尉が無理やり行為をし続けておりました。」

「なに。」

「それは強姦ではないか。」

「そうとしか見えませんでした。」

「そうか、佐々木中尉、それとも女学生が求めてきたのか。」

「いえ、違います。」

「違います。」
「私が佐々木さんを求めました。」

「それでは、お互い合意か。」
「どちらにしても、二人とも何らかの処分の必要性があるな。」
「女学生はまだ子供だから謹慎だが、

佐々木は何らかの厳しい処罰をしなければいけない。」

「だから、私から求めたのです。」
「佐々木さんは悪くありません。」

「お前はまだ子供ではないか、謹慎だけじゃすまないぞ。」

「少佐、違います。」
「私が無理やり行為を強制しました。」

佐々木は必死で留美のことをかばった。

「そうか、それでは、佐々木少尉は銃殺とする。」

「違います。」
「私は佐々木少尉を愛しています。」
「悪いのは北野大尉です。」

「なに、どうしてだ。」

「私の全ての体を見て下さい。」
「傷だらけです。」

「やめたまえ。」
「すぐ服をきなさい。」

「いえ、私は北野大尉から行為を強制されていました。」
「この体を見ていただけたら・・・」
「いつも暴力をふるわれているのが分かってもらえると思います。」
「心の傷もあります。」

「わかった、いいから、すぐに服を着なさい。」
「北野大尉、それは本当か。」

「ち、違います。」

そして、留美はさらに語気を強めて言ったのだ。

「佐々木少尉は私の体に傷薬を塗っていてくれていただけです。」

「そうだったのか。」
「わかった、北野大尉は銃殺処分とする。」
「しかし、佐々木少尉とそこの女学生は交際をしていたのだな。」

「いえ、私の片思いなのです。」
「佐々木少尉は優しくしてくれただけです。」

留美も必死で佐々木をかばった。

「そうか。」

「いえ、違います。」
「私もこの女学生を愛しています。」

「なに、お前はこの女学生を愛しているのか。」

「はい。」

「わかった。」
「聞かなかったことにしよう。」
「お前も散りゆく桜だからな。」
「今後もこの女学生に優しくしてあげろ。」

そう、静かに少佐は佐々木に話しかけた。

しかし、散りゆく桜がいつまでも枝に留まることはできなかったのだ。
辛く悲しい想いをした留美を小百合は上手く言葉をかけてあげられなかった。

「留美。」

「小百合。」

「泣かないで、良かったじゃない。」
「でも、辛かったね・・・」

「うん、でもいいの。」
「佐々木さんのためなら何でもできる。」
「でも、それより・・・」

「うん。」
「仕方ないじゃない。」

「嫌よ。」

そこに佐々木が現れた。

「留美ちゃん、ごめんね。」
「それじゃすまないね、あんな事までさせてしまって。」

「いいの、佐々木さんが何もおとがめを受けなかったから、私はなんでもできる。」

「でも、それより・・・」

「ついに出撃かな・・・」

「嫌よ、佐々木さん。」
「行かないで・・・」

「御国のために。」
「そうだろ。」

「いや。」

「そんなことを言ったら駄目じゃないか。」
「留美ちゃん。」
「また肩を揉んでほしいな。」

「いやです、佐々木さんがいかななら揉んであげます。」

「そんなことを言わないでくれよ。」

悲しくも時は待つことはできなかった。
佐々木の出撃の日を迎えたのだ。

「達夫、いよいよ、明日出撃だ。」
「お前より先になったな。」
「本来なら、お前と一緒だったはずだけどな。」
「小百合さんとはどうなっているんだ。」

「いえ・・・」

「まあ、わかっている。」

「佐々木中尉こそ。」

「俺は・・・」
「まあ、いいだろう・・・」

「はい。」

「ご武運をお祈りします。」

「わかった。」


佐々木と留美の最後の別れだった

「留美ちゃん・・・」
「いよいよ、今日でお別れだね。」

「いやです。」

「いつまで、そんなにわがままを言うんだ。」

「嫌です。」

「ごめん、では」

「佐々木は悲しみを選ぶしかなかった。」
「留美は選ぶことすらできなかった。」

整備兵が出撃部隊に報告をした。

「佐々木少尉、ご武運を整備の方も整いました。」

「では、佐々木中尉、桜として散ってくるのだ。」

「はい、少佐。」

「あれ、留美ちゃんがいない。」
「最後に手をふるくらいしてくれよ・・・」
「留美ちゃん・・・」
「見送ってくれよ。」

「仕方ない・・・」
「よし、行くぞ。」


ウ~ン
ガガガガ


「佐々木さん、待って。」

「留美ちゃん。」
「留美ちゃん、ここに来たら駄目だよ。」

「佐々木さん、行かないで。」

「駄目だよ。」

「それなら、私も乗せて行って。」

「駄目なんだよ・・・」
「留美ちゃん。」

「佐々木さん・・・」

「いやあ・・・」
「行かないで・・・」

「少佐、あの女学生が基地の柵を乗り越えて、走って特攻機を追いかけています。」

「そうか・・・」
「見なかった事にする。」

「佐々木さん・・・」

「留美ちゃん・・・」

ブーン

「どうして・・・」
「佐々木さん・・・」


「留美、泣かないで。」

「辛いけど泣かないで。」
「そう、言っても無理よね。」
「私も同じ想いを・・・」

「佐々木さんはいつも傷ついた私の体を癒してくれたのよ。」
「小百合、わかる、この気持ちが・・・」

「うん、わかるよ。」
「わかるよ・・・」
「私も・・・」

「でも、佐々木さんは運の強い人だから。」
「だって私が言って、おとがめを受けなかったでしょ。」
「きっと生きて帰ってくるの。」
「兵隊さんに聞いてみる。」

「留美、駄目よ。」
「やめた方がいいよ。」

「いいの、大丈夫だから。」


留美は佐々木のことが気になって仕方がなく整備兵に結果を聞いたのだ。

「兵隊さん。」

「ああ、君は・・・」

「佐々木さんは生きて帰ってきたのでしょ。」

「聞かなかったことにする。」
「君を非国民にしたくない。」

「いいの、教えて、どうして黙っているの。」

「それは言えない。」
「だから、聞かなかったことにすると言っているじゃないか。」

「いいの、非国民でもいいの。」

「そうか・・・」
「佐々木少尉は途中で敵艦隊に見つかり打ち落とされた。」
「君がどうしてもというから教えただけだ。」
「これ以上言うな。」

そんな、どうして・・・
佐々木さん、私を一人にするの。


留美ちゃん


佐々木さん
どこ
佐々木さんの声が・・・


幸せになるんだよ。


佐々木さんの声が・・・


どこかわからなかったが、佐々木の声が留美に届いたのだった。
戦争という暗い影が深い悲しみを写し出していた。


 

第11話 二つの花

 

 

小百合は辛かった、いつの日か佐々木のように達夫が出撃していくと思うと。
留美の立場が明日は我が身であるかと思うと余計に出撃という実感がわいたのだ。

「小百合、最近は少し痩せたんじゃない」

「留美は本当に強いのね」

留美がそう言うと、そう答えるのが精一杯だった。
精神的に強い留美が羨ましかったのだ。

「うん、佐々木さんが空の上から私を見守ってくれているからよ。」
「佐々木さんのことは生涯忘れない。」
「そう決めたの。」

「留美は本当に強いから、きっとそうするよね。」

「もちろんよ、佐々木さんと私はひとつなの。」

「そうなの・・・」

小百合が辛かった気持ちもあるが別な感情もあったのだ。

「どうして、小百合、上杉少尉のことを考えているのよね。」
「わかるけど、仕方ないじゃない。」

「ううん、それだけじゃないの。」

夕日が見つめる日の出来事だけではさびしかったのだ。
佐々木が留美を優しくしてくれてくれたことを自分にもしてほしかったのだった。

「どういうこと。」

「もういいから、そっとしておいて。」


小百合は達夫が本当に自分のことを好きでいてくれるのか不安だった。
小百合は兵舎で達夫と二人きりの時に重い口を開いた。

「達夫さん、どうして、佐々木さんと違うの。」

「何が・・・」

私には女性としての魅力がありませんか

「そんなことはないよ。」

しかし、達夫も同じ想いだった。
達夫は留美のように小百合に悲しい想いをさせたくない気持ちもあったのだ。

「もういいです。」

しかし、小百合の言葉を聞いて決心したのだった。

「小百合さん、今日の夜にいつもの野原で待っているから必ず来てほしい。」

「はい、必ず行きます。」

小百合はもしかしてという期待感があった。

「わかった、待っているよ。」

小百合は自分でいっておきながらも、ためらいがあった。
恥ずかしかったことと、留美のような想いもしなければいけないと思うと足取りは重かった。

「達夫さん、遅くなってごめんなさい。」

「小百合さん、待っていたよ。」

「僕もそろそろかな・・・」

「私は留美のように強くはありません。」

「僕はいかなければいけないんだ。」

この時は達夫は戸惑いの中でそう言うのが精一杯だった。
留美は困惑の中でも必死だった。

「それだけですか、達夫さん、今の私の気持ちはわかりますか。」
「そのために私をここに呼んだのですか。」
「初めて後ろから抱きしめてくれた達夫さんは、どこにいらっしゃるのですか。」

小百合が必死でそういうと時は静かに訪れた。


「小百合さんほら見て。」
「月のあかりにてらされて、あそこに二つの花が咲いているよね。」
「わかるかな。」

「本当ですね。」

あの二つの花はどう見えるかな
近くに寄り添っていますね
僕は左の方の花なんだ、小百合さんは右の花だよ
あの二つの花になるためにここに来たんだ、月明りが少し邪魔だけどね
だけど、小百合さんのきれいな花が見えるかな
透き通るような小百合さんの白い肌
僕が左の花でいいのかな
私は月の明かりが見えてよかったです
達夫さんの瞳につつみこまれるのがわかるからです
私は右の花になれるでしょうか
僕はいずれ左の花は消えていくくけど
また、必ず咲くからね
また、二つの花が咲くのでしょうか
ああ、一度は消えるけれども必ずいつか二つの花になるよ
少なくとも今は二つの花だよ
はい
でも・・・
花はひとつになるよ
はい
たとえ短い時であれ、ひとつになるよ
月も恥ずかしいのかな、雲の中にかくれたよ
はい
小百合さん
はい
花はやわらかくて優しかったよ
はい
花から音が聞こえてきました
花も音がするのですね
そうだね
音が共鳴しあったね
花は花を待ちます
いつまでも
月は隠れていてくれたけど
花の色はきれいだったな
花の優しい香りも
花の温かさも
すべて僕は花の世界へ行くことができたよ
私も花の世界につつまれることができました

「今日は花のままでいよう。」

「はい。」

小百合さん
達夫さん


第12話 月明かりの花の中で

 


 

「小百合さん、野原の近くに大きな池があるだろう。」

「はい。」

「そこに今日の夜の十二時に来てほしい。」

「今日もですか。」

「いいから、女学校も明日は休みだろう。」

「はい、わかりました。」


空には満天の星と月が照らしており
そこに、小百合は約束のとおり現れた。

「達夫さん、どうして、ここに十二時に約束したのですか。」

「もう、十二時が過ぎたかな。」

「はい。」

「今日は何の日かな。」

「もしかして。」

「そうだよ、留美ちゃんから聞いたんだんだよ。」
「小百合さんの誕生日だよね。」
「僕と同じ年になったのかな。」

「そうなのですね。」

「ああ、そうなんだ。」
「でも、そのためだけに呼んだんじゃない。」
「僕達は二つの花になったじゃないか。」
「寄り添う花にね。」
「僕はもうすぐ・・・」

「達夫さん、それ以上言わないでください。」

「今日だけでいいんだ。」
「僕の花嫁になってもらえないかな。」
「あそこの池に小さな舟があるだろう。」
「親しくなった漁師の人から借りて来たんだ。」
「ゴンドラの舟じゃないけど、一緒に乗って舟の上で結婚式をあげよう。」
「いいだろう。」

「私でいいのですか。」

「私の他に誰がいるのかな。」
「とにかく乗ろう。」

「はい。」

「ほら、見てごらん。」
「舟の中には花でいっぱいだよ。」
「僕はこれくらいしかできないけど、山の中の花をたくさん敷き詰めたんだ。」
「きれいだろう。」
「この花を小百合さんの耳にかけてあげるよ。」
「そして、この小さな花だけど小百合さんの指に飾ってあげる。」
「結婚指輪だと思ってくれたらな。」

「達夫さん、うれしいです。」

「僕にはこれくらいしかできないけど。」
「小百合さんを愛している。」
「そうだ、小百合さんのきれいな髪にも花を挿してあげよう。」
「きれいだよ。」

「本当ですか。」
「うれしいです。」

「ああ、とてもきれいだよ。」
「でも、残念ながら、この舟はゴンドラのように動かないんだ。」
「まるで僕達みたいだね。」

「達夫さん、花嫁は今日だけと言われましたけど、私は一生誰とも結ばれません。」
「どうして、他の人と結ぶことができるでしょうか。」

「それじゃ、小百合さんは幸せになれないじゃないか。」

「私は達夫さんが・・・」
「それでも、達夫さんを愛し続けます。」
「それが、私の一番の幸せです。」
「どんなに貧しい生活を送ってもそれが幸せです。」
「どうして、今日の日を忘れることができるでしょうか。」

「でも、小百合さんには。」
「ひな鳥が。」

「それでもいいです。」
「達夫さんとの一つ一つの思い出が私のひな鳥です。」
「そのような冷たいことを言って私を不幸にしないでください。」
「私は一人でいくら辛くても生きていきます。」
「達夫さんは空の上に行ったら私のことを忘れるのですか。」
「悲しいしいことを言わないでください。」

「わかったよ。」
「ありがとう。」
「でも、現実にこの舟はあの池の向こうへ行くことはできないのかな。」

「そのようなことはないです。」
「あそこに丁度いい木の棒があるじゃないですか。」
「あれで動かしてください。」

「でも、動くかな。」

「駄目です。」
「男の人がそういうことを言ったら」
「私だけのために動かしてください。」

「わかったよ。」

「ほら、動いたではないですか。」

「そうだね、少しずつだけど。」

「そうだ、小百合さん。」
「この舟には花がいっぱいあるだろう。」
「この花をたくさん池に浮かべよう。」
「ほら、投げたよ。」
「小百合さんも一つずつ投げて見て。」

「はい。」

「白い花や薄紅色の花、黄色い花が月の光に照らされてきれいだね。」
「月が僕達を歓迎してくれているのかな。」
「ほら」
「輝いているよ。」

「本当ですね。」

「もうすぐ着いてしまうね。」

「ここでとまってください。」
「ここでとまってください・・・」

「あの時のように時をとめてください。」

「わかったよ。」
「もう離さないよ。」
「朝日が見えるまでは。」
「少なくとも時をとめるよ。」


第13話 暗闇の中で

 

 

小百合に突然、不幸が襲い掛かる。
女学校にて小百合と留美は授業を受けていた。
 
「留美、あの黒板に書いてある字はなんて書いてあるの。」
 
「小百合、もしかして見えないの。」
 
「そうなの、最近、黒板の文字がなかなか読み取れなくなって。」
 
小百合は不安でたまらなかった。

「目の病院に行ったらどう。」
 
「そうね、でも、生活が苦しいからなかなか行けないの。」
 
「達夫さんに相談してみたら。」
 
「それは達夫さんに悪いわよ。」
 
 兵舎にて、留美は達夫に相談することにした。
  
「上杉少尉、相談があります。」
 
「どうしたの、留美ちゃん。」
 
「実は小百合が最近目が急に悪くなったみたいで心配しています。」
 
「そういえば、最近元気が無いかなと思っていたよ。」

達夫も気になってはいたのだった。
留美は女学校での出来事と家庭の事情を話した。
そして、達夫が医療費を支払うということで行くことになった。 
そして、病院にて小百合は受診をして検査も行った。
 
「小百合さんだね。」
 
「はい、先生。」
 
「いつ位から見えにくくなったんだ。」
 
「最近、突然です。」
「それから、次第に見えなくなってきて、今は黒板の字がみえません。」
 
「そうか・・・」
「さっき検査をした結果だが原因がわからないな。」
「このままじゃ目が見えなくなるかもしれない。」
「あまりにも見えなくなってしまうのが早過ぎる。」
 
「そんな、先生、もう見えなくなるのですか。」
 
「大丈夫よ、小百合。」

「そうだよ、小百合さん。」

「う~ん、こればっかりはな。」
「原因さえわかればいいのだが。」
 
「先生、何とかならないのですか。」
 
「もういいです、達夫さん。」
 
「小百合さん・・・」
 
 
その後、兵舎にて、留美に小百合の様子を聞いた
 
「留美ちゃん、小百合さんの目はどうなの。」
 
「それが、学校に一人では通えないから、

私が送り迎えをしていたんだけど。」
「もう、行かないって言うの。」
 
「そうか、それじゃ、ずっと家にいるんだね。」
 
「はい。」
 
「僕が家に行ってみよう。」
 
「そうですね、一緒に行きましょう。」
 
 
達夫と留美は小百合の自宅に訪れ様子を伺いに行った。
 
 
「すいません、上杉達夫と言います。」
「いつも、小百合さんにお世話になっております。
「お母様でしょうか。」
 
「はい。」
 
「小百合さんの様子はどうでしょうか。」
 
どうやら、一人でお手洗いにも行けない状態であり、

母親が連れて行っているとのことだった。
母親も体が弱かったため付き添うのが大変であったのだ。
達夫は会えないか母親に相談してみることにした。

小百合の母は小百合を呼びに行った。

「小百合、上杉さんという方がお見えになっているわよ。」
 
「お母さん、具合が悪いと言って断って。」
 
「どうして。」
 
「恥ずかしいでしょ、いいから、断って、お母さん。」
 
「わかった、仕方ないわね。」

 待っていた達夫に悲しそうな表情で母親は告げた 。

 「上杉さん、申し訳ありませんが小百合は具合が悪くて寝込んでいます。」
 
「そんなに悪いのでしょうか。」
 
「はい、わざわざお見えになられたのに申し訳ありません。」
 
「わかりました、ゆっくり休まれるようお伝えください。」
 
「ありがとうございます。」
 
母親は小百合に先ほどのやり取りを伝えた。
 
「小百合、上杉さんという方に伝えたわよ。」
 
「ありがとう、お母さん。」
「怖いの、怖いの・・・」
「私はどうやって生きて行けばいいのかしら。」
 
「小百合・・・」
 
「お母さん、見えないの何も見えないの。」
「これじゃどこにも行けないじゃない。」

数日後に達夫は留美に女学校でのことを聞いた。
 
「留美ちゃん、小百合さんはどうしているの。」
 
「もう、女学校には行っていないの。」
「恥ずかしいのよ、きっと。」
「私もそう思うわ。」
 
「そうだね・・・」
 
留美はある事を思いついたのだった。

「達夫さん、大丈夫よ。」
「私が手紙を渡してあげるから。」
 
「でも、小百合さんは手紙を読めないじゃないか。」
 
「お母さんに代わりに読んでもらえるようにお願いするのよ。」
 
「ありがとう、留美ちゃん。」
  
達夫は留美に手紙を託した。


小百合さんへ
 
小百合さん。
暗闇の中だと怖いよね。
もう、長くは書かない。
明日、僕が家まで迎えにいくから、

小百合さんはどんなに辛くても生きていくと言ったよね。
僕も出撃日が決まったよ。
それじゃ、明日ね。
約束だよ。
 
上杉達夫 
 


翌日になり達夫と留美は会って話をした。
 
「留美ちゃん、小百合さんのお母さんに手紙を渡してくれたかな。」
 
「はい。」
 
「どうだった。」
 
「お母さんが言うには、とても悲しんでいるみたい。」
「でも、そうよね、上杉少尉。」
 
留美と佐々木にも別れの時が来たのだ。

「そうだね、ところで、僕もようやく出撃日が決まったんだ。」
 
「いつですか・・・」
 
「それは軍事秘密で教えられないんだ。」
 
「いやです。」
「上杉少尉まで・・・」
 
「留美ちゃん、優しくしてくれてありがとう。」
「留美ちゃんは強いから必ず幸せになれるよ。」
「必ず留美ちゃんを幸せにしてくれる人が現れるよ。」
 
「いえ、私は佐々木さんを忘れません。」
 
「それで、留美ちゃんはいいのかな。」
 
「いいの、佐々木さんが空の上で見守ってくれているだけでいいの。」
 
「留美ちゃん・・・」
 
「上杉少尉、前を向いてください。」
 
「どうしたの。」
 
「いいから、ほら、気持ちいいですか。」
 
「肩を揉んでくれているんだね。」
「ありがとう。」
 
「私はこうやって佐々木さんの肩を毎日揉んでいました。」
 
「そうだったんだね。」
 
「はい、まるで佐々木さんが現れたみたいです。」
 
「そうか・・・」
 
「はい。」
 
「そろそろいいよ。」
「僕も留美ちゃんのことを空の上から見守っているからね。」
 
「私は一生、上杉少尉のことは忘れません。」
「どれだけ優しくしてくれたか。」
 
「僕も留美ちゃんの明るい性格にどれだけ救われたか。」
「それを忘れないでいってくるよ。」
「留美ちゃん、しばらく会えなくなるかもしれないけど。」
「元気でね。」
 
「さようなら。」
「上杉少尉殿・・・」


第14話 遠くなる優しい笑顔

 

 

時は待つことができなかった。
翌日の小百合宅にて達夫は手紙のとおり迎えに行った。
 
 
「小百合さん突然だけど出撃日が決まったよ。」
「理由があって、もう会うことはできなくなったんだ。」
「いつ、出撃するかも残念ながら教えられない。」
「最後にお別れに迎えに来たよ。」
 
「やっぱり、嫌です。」
 
「そんな子供みたいなことを言ったら駄目じゃない。」
「池の上で言っていたことと違うじゃないか。」

「違ってもいいです 。」
「子供でもいいです。」
「行かないで下さい。」
「今度はいつ会えるのですか。」
「もう会えないのですか。」
「私が渋柿をあげたからですか。」
 
「泣かなくていいよ、小百合さん。」
「二つの花はきれいだったね。」
「空に行って持って帰りたいくらいかな。」
 
「嫌です。」
 
「駄目だよ、泣いたら。」
「子供みたいだね。」
 
「だって子供じゃないですか。」
 
「そうだね、僕達は子供だよね。」
「まだね・・・」
「子供だけど御国のために・・・」
 
「どうしてですか。」
「そうですよね・・・」
「いえ、ごめんなさい。」
「本当に、もう今日会えるのが最後ですか・・・」
 
「ああ、そうだね・・・」
 
「本当に今日が最後ですか。」
「私をからかっているのでしょ。」
 
「小百合さん・・・」
 
「もう一度いいます。」
「いかないでください。」
「私を暗闇の中に閉じ込めるつもりですか。」
「それでもいかれるのですか。」
「達夫さんは空の上にいってしまうじゃないですか。」
 
「小百合さん・・・」
 
「私を一人にさせてしまうのですか。」

「そうだ、小百合さん 、二人で一緒にピアノを弾こうと約束していたよね。」
「近くにねピアノが置いてあるところがあるんだ。」
「そこに行こう。」
「僕が背負っていくよ。」
「ほら、背中に乗せてあげるよ。」

「ありがとうございます。」
 
「今、野原を歩いている。」

「あの時みたいに夕日が見えますか。」

「ああ、あの時と同じだよ。」

「なんだか見えるような気がします。」

「小百合さんの髪が首にあたって心地よいよ。」
「柔らかい。」

「ありがとうございます。」
「達夫さん、重くないですか。」

「大丈夫だよ、小百合さんの体が柔らかくて気持ちがいいよ。」

「恥ずかしいです。」

「最後に小百合さんの温もりを感じてうれしいよ。」
「あの時と同じだね。」

「はい。」
 
「どうして泣いているの・・・」
「どうして・・・」
 
「達夫さんこそ、泣いているじゃないですか。」
「こんな姿は見せたくありませんでした。」
「あの時のように手をつないで歩くことができません。」
 
「僕にはその理由がわからない。」
「小百合さんはいつものようにきれいだよ。」
「頬を伝わる涙さえ美しく輝いてみえる。」
「でも、小百合さんの優しい笑顔がみたいな。」
 
「それは出来ないです。」
 
「どうして。」
 
「だって、達夫さんの顔も見る事が出来ません。」
 
「そうか・・・」
 
「ピアノが置いてあるところに着いたよ。」
「ここだから。」
「ほら、ここに座ろう。」
「大丈夫だよ。」
「僕が支えているから。」
 
「はい。」
 
「僕も隣に座るよ。」
「目の前にはピアノがあるんだ。」
「小百合さんと出会えてよかったよ。」
「小百合さんの優しい笑顔と声が僕の頭から離れることができないんだ。」
「柔らかい黒髪の香り、白い肌、小百合さんのすべてが。」
「どう責任をとってくれるかな。」
「小百合さん・・・。」
 
「そんなことを言わないで下さい。」
「もう、今日でお別れなのですか。」
 
「仕方ないじゃないか。」
「いつかこの日が来るのはわかっていたじゃないか。」
「前に小百合さんが練習していると言っていた。」
「ブルグミュラーのゴンドラの船頭歌を一緒に弾こう。」
「あの曲は優しいね。」
「でも、どうして、今の世界はこんなにも悲しいんだ。」
「優しくないじゃないか。」
「暗闇に覆われている。」
 
「でも、あの曲は嫌です。」
「優しくて美しい曲なのですけど、

最後が天使になって消えていくような感じがします。」
 
「それがどうして嫌なの。」
 
「達夫さんが空に昇って天使になるような感じがして。」
「達夫さんが突撃して・・・」
「そう思うと辛くて。」
 
「それは、最初からわかっていたことじゃないか。」
「もう一度言うよ。」
「二人で弾こう。」
「世界が平和になる事を祈りながら弾こう。」
「僕は左のパートを弾くよ。」
「小百合さんは右手のメロディを右手で弾いてね。」

「じゃあ弾くよ。」
「優しくゆっくり。」

「そうだよ、優しくね。」
「楽しかったね。」
「小百合さん幸せだった。」
「小百合さん・・・」

「はい・・・」

「小百合さんと出会えてよかった。」

「はい、達夫さん。」

「こんな感じだかな。」
「上手く弾けたね。」
「でも・・・」
 
 
ガーン バーン
 
 
「どうしたのですか、達夫さん。」
「急に突然ピアノを打ち鳴らして。」
 
「僕は一人の人殺しになるんだよ。」
 
「どうしてですか。」
 
「突撃するだろう・・・」
「米空母に突撃すれば多くのアメリカ兵が死んでいく。」
「アメリカ兵にもお母さんがいるじゃないか。」
「お父さんも兄弟もいるかもしれない。」
「恋人や友達もいあるかもしれない。」
「みんな、悲しむだろう。」
「このままでいいのだろうか・・・」
「少なくとも僕は生きて帰れない。」
 
「いやです。」
「達夫さん。」
 
「達夫さんは人殺しではありません。」
「日本の国を守るために征くのです。」
 
「どうすればいいんだ・・・」
「わからないんだ。」
「僕には・・・」
 
「達夫さん、でも、このままじゃ日本は・・・」
 
「だからだよ。」
「そうなんだよ。」
「小百合さん。」
 
「でも、私は出撃してほしくありません。」
「達夫さんのそばにいつまでもいたいです。」
「お願いです。」
「私と一緒に逃げて下さい。」
「ここから逃げて下さい。」
 
「それはできないよ。」
「逃げたからと言って解決するわけではない。」
「それに多くの同期の戦友が自らの命を犠牲にしてまで・・・」
「彼らが尊い想いで国のために征っているのに出来るわけないじゃないか。」
「彼らも必死の覚悟で飛び立っていった。」
「国のため、家族のため。」
「いろいろな想いもあったと思う。」
「小百合さん。」
「でも、僕はよくわからないんだよ。」
「これでいいのか。」
「この方法が正しいのか馬鹿げているのかどうかね。」
「わからないんんだ。」
「どうすればいいんだ・・・」
 
「でも、僕は決めた。」
「今、気づいたんだ。」 
「そうだよ。」
「僕が小百合さんの瞳になって、そばにいてあげるよ。」
「そのために僕は出撃する。」
「小百合さんと交わした赤いスカーフを持っていくよ。」
 
「小さな石が道にあっても僕が気づいてあげる。」
「わずかな灯りも僕が気づいてあげる。」
「何より君を守ってあげるよ。」
「でも、それは本当の答えにはなっていないかもしれない。」
「しかし、そう思う事にしたよ。」 
 
「小百合さん・・・」
 
「達夫さん・・・」
 
「ずっと見守っている。」
「守ってあげるよ。」
「小百合さんをね。」
「幸せになれるよ。」
「僕がそうさせてあげるよ。」
「ほら、僕が背中に乗せてあげるよ。」
「帰ろう。」
 
「きっと小百合さんだけじゃなくて。」
「世界はいつか平和になれるよ。」
「二人で祈りながら帰ろう。」
 
「達夫さん・・・」 
 
「小百合さん、家まで送るから。」
 
「嫌です。」
「もう少し達夫さんの胸に・・・」

「小百合さん、僕が小百合さんの瞳になると約束するよ。」

「無理です。」

「いや、空からきっと守ってみせるよ。」
「僕が君の瞳になるよ。」
「約束は必ず守るから。」
 
「本当ですか。」
 
「ああ、約束するよ。」
 
 
「達夫さん、お願いがあります。」
 
「どうしたの。」
 
「達夫さんの顔を触ってもいいですか。」
 
「ああ、もちろんだよ。」
「ここだよ。」
 
「はい。」
 
 
「見えます。」
「達夫さんの引き締まった輪郭。」
「すっとした高い鼻。」
「優しい目元に唇。」
「訓練で少し日焼けしましたか。」
「達夫さんの優しい顔が見えます。」
「最後に私の唇を優しくしてもらえませんか。」


「ありがとうございます。」
「もう夕日も沈んだ。」
「でも、小百合さんを包み込む時くらいはあるよ。」


「小百合さん・・・」
 
「達夫さん・・・」


「小百合さんと出会えてよかったよ。」
「あの時の柿の味のように甘かった。」
「いつも、僕のお世話をしてくれてありがとう。」

「私も達夫さんと過ごせて幸せでした。」


「そろそろ、帰ろうか。」

「はい。」


「出撃したら、この家の上を旋回するよ。」
「それが最後のお別れかな。」
「でも、遠い空からいつも見守っているよ。」


最終話 伝える想い

 

 

運命という悲しみが泣いていた
ついに、出撃日が到来したのだ。


「それでは、上杉少尉率いる部隊は出撃します。」

「ああ、見事な戦果をあげてくれ。」

「わかりました。」

佐々木中尉、留美ちゃん
小百合さん・・・
遂に時が来たよ。
本当にいけるのかな。
なんて、僕は意気地なしだね。
正直なところを言うと怖いよ。


上杉達夫隊 万歳~
万歳~
万歳~


小百合さん
小百合さん・・・
僕は今から飛び立つよ。
君のそばに行くよ。
君の瞳になる。
迷いは今もあるけど。
今から飛び立つよ。
小百合さん
小百合さん
何度読んでも僕は・・・
出会えて幸せだった。

そして、出撃となった。

そろそろ、小百合さんの家の近くだよ。
野原も見える。
そこで、小百合さんとひとつになれたね。
僕はもう今から死へと旅立つのだけど
そんな気がしない。
不思議なんだよ。
なぜだろう。
僕の隣に小百合さんがいるような気がするんだ。
赤いスカーフのせいかな。
今でも小百合さんの香りのする髪に優しい唇
頭から離れないんだ。
楽しかったね。
幸せだった。
  
願いは叶うから。
小百合さん
今から小百合さんの元へいくよ。

もしかして、今日が出撃の日なのでしょうか。
そのような気がします。
達夫さん。
達夫さん・・・

特攻機の音がします
達夫さんの優しい笑顔も見えましたよ。

達夫さん。

小百合さん・・・

お母さん
君江さん
今までありがとう。


そろそろ、豆粒のような空母が見えてきたな。
僕は今から・・・・・
何の意味があるのか。
はたしてこれでいいのだろうか。
平和な世界はこないのか。
 
小百合さん
暗闇から解放されるから
待っていて。
小百合さんと交わした赤いスカーフ
これで目を守る。
小百合さんを守る。


神様
僕の瞳が届きますように。


小百合さん・・・

なぜか、ゴンドラの歌が聴こえてきたよ。

不思議だよ、小百合さん。
空母が小百合さんになったよ。
変わったんだ。
静かな音と周りに小百合さんと結婚した時の花が見えるよ。
不思議だね。
きれいだよ。
きれいな、小百合さんが見えるよ。
あの時の夕日はきれいだったね。
留美ちゃんも見える。
相変わらず元気だね。
佐々木中尉じゃないですか。
お母さん。
君江さんも見える。
優しいみんなの笑顔が見えるよ。
これが平和な世界なのかな

 
達夫さんの声が聞こえました。
達夫さん不思議です。
目の前の庭に二つの花が見えます。
はっきり見ることができます。
達夫さん
あの時のようにきれいです。
ありがとうございます。
約束を守ってくださったのですね。
目の前の世界が明るくなりました。
今、柿の木に登りましたよ。
空を見上げると達夫さんの優しい笑顔が見えます。
遠い空で元気でいてください。
私も頑張ります。

あ、達夫さん
ツバメの子供が飛んでいきました。
平和という空へ飛んでいきました。
 
平和という空へ

達夫さん
今、ツバメが私のお腹にとまりましたよ。
左の花が咲きましたよ。
どんなに辛くても達夫さんを想って生きていきます。



完 祈り