クラシック音楽レビュー -4ページ目

クラシック音楽レビュー

私個人の好きなクラシック音楽のレビューを書いていきます。
よろしければ、お読み下さい

すでに、一度公開してありますが、修正箇所がありましたので、

再度公開します。

ご了承ください。

 

作品の紹介

 

特攻兵の達夫はお世話をする女学生の小百合と出会う。

戦争の悲しみや平和を訴えている、淡く切ない作品になります。

 

目次

 

序章

第1話 咲きかけの蕾

第2話 陽だまりの中で

第3話 遠い星の下で

第4話 いつも雨が降っていた

第5話 そばに君がいる

第6話 いつか明日が来る

第7話 伝えられぬ想い

第8話 夕日が時をとめる

 

以上、前編

 

序章

 

 

お母さんへ

 

十八年の間、ありがございました。

達夫は尽くしてきます。

僕はもう怖くはありません。

思えば何もしてあげられませんでした。

母さん、本当は僕の・・・

恥ずかしかったんだ。

そう呼ぶのがね。

また、生まれ変わってきたらね。

お母さんの子供になりたいな。

いいかな、お母さん。

素直ないい子でいるよ。

約束するから。

僕の分まで長生きしてね。

今度は、そう呼ぶよ。

お母さん。

お母さん。

お母さん。

 

達夫より。

 

 

商店街より。

 

上杉達夫君 万歳。

 

万歳、達夫君、万歳、万歳、万歳。

 

それでは、行ってきます。

 

泣かないで、お母さん。

 

 

時は太平洋戦争の末期であり、僕はこの国を守るために特別攻撃隊に志願した。

特別攻撃隊とは、戦闘機に弾丸を詰めてアメリカの空母に体当たりするという、

決して生きて帰れない攻撃だった。

当時、僕は孤独だった、産んでくれた母が亡くなり、

父は別な女性と結婚したこともあったかもしれない。

 

 

第1話 咲きかけの蕾

 

 

お母さんが恋しかった、恋しかったよ。

新しいお母さんはとても優しかったけど・・・

僕は、もうこれ以上は言えないかな。

 

僕は、九州の基地に配属された。

風情のある武家屋敷に賑わいがあったが、

それは本当の賑わいだったのだろうか。

僕の心は複雑だった、それは、生きては帰れない。

戦争相手国の空母に突入するという攻撃の任務を与えられたからだ。

しかし、相手の兵達はそれによって命を失っていく。

本当にそれでいいのだろうか。

 

彼ら達にもお母さんがいるじゃないか。

僕はそれでいいのか。

いいのだろうか。

果たしてそれが正しいのだろうか。

僕はそういう世界に飛び込みつつも迷いがあった。

 

そこに君が現れた。

 

僕は澄み渡る青い空が広がる中、武家屋敷を散策していたが、

それは本当の賑やかさだったのだろうか。

何気ない日常生活の中で何かが僕に何かをあたえてくれた。

一人の少女が柿の木の上に登り何かをしており、

その様子を僕は見ていた。

 

 

君、木の上に登って何をしているの?

制服のスカートの中から白いものが見えているよ。

 

少女は驚きを隠せなかった。

さほど長くはないスカートで足の周囲を隠しながら青年に訴えかけた。

 

「もう、恥ずかしい、見ていたのですか。」

「柿を取っていました。」

「いやらしいじゃないですか。」

 

「いや、見えたんだよ、仕方ないだろ。」

 

「普通は見ないでしょ。」

 

「ごめん、見えてしまったんだ。」

「僕はそれを教えてあげただけだから、悪気はないよ。」

 

そこには恥じらう少女と青年がいた。

 

「ずっと見ていたんですか?」

 

「いや、ほんの少しだけね。」

 

「もう、嫌らしい。」

 

「ごめん、ごめん、悪かったよ。」

 

「降ります。」

 

「その方がいいよ。」

 

頬がほんのり赤い少女と戸惑う僕

 

「柿は取れたのかな?」

 

「はい。」

 

「一個ほしいな。」

 

「あげません、嫌らしい人にはあげません。」

 

「仕方ないだろ。見えたんだから、

それを教えてあげただけだよ。」

 

「普通はすぐ目を閉じるでしょ。」

 

「だいたい、どうしてスカートで登るの、普通はズボンで登るだろう。」

 

「じゃあ、一個だけあげます。」

 

他愛もない会話の中に小さな世界があったのだ。

 

ガジ

柿を噛む音が恥ずかし気に響く。

 

「渋柿じゃないか・・・」

 

「え、そうですか。」

 

「食べてみてごらん。」

 

「はい、え、本当ですね。」

 

「君は女学生なのかな?」

 

「はい、もしかして兵隊さんですか?」

 

「ああ、そうだよ。」

「見ればわかるだろう。」

 

「そうだったのですね、ごめんなさい。」

 

「いや、僕の方が悪いよ。」

 

「ちょっと待って下さいね。」

 

「わかった。」

 

どうやら、少女は基地の近くの女学生、

恥ずかしさを隠せない様子であり、

青年も同じ気持ちであった。

少女はその場をしばらく離れた後に達夫に話しかける。

 

「家から持ってきました、この柿を食べて下さい。」

 

「甘いね。」

 

 

「そうでしょ。」

 

「僕は達夫というんだけど、君の名は?」

 

「小百合といいます。」

 

短髪の達夫に長い髪の小百合。

木々の木漏れ日の中で過ごしていたのだろうか。

達夫は少し肌が焼けていた。

しかし、小百合は対照的にどこまでも白く優しい瞳がそこにあった。

 

「小百合という花の名前のようで美しい響きだね。」

 

「もう、恥ずかしいことばっかり言わないでください。」

「そうやって、みんなに言っているのでしょ。」

 

「いや、そんなことはないよ。僕ってロマンティストかな?」

 

照れ隠しとはこのようなことを言うのだろうか。

 

「そういうことにしておきます。」

「あ、ごめんなさい、兵隊さんにこんな失礼なことを言って。」

 

「気にしなくていいよ、小百合さん。」

 

「兵隊さんの中でも特攻兵の方ではないですか。」

 

「ああ、そうだよ。」

 

「特攻兵の方には優しくするように、

そう、先生に言われているのにごめんなさい。」

 

「いや、気にしないで、僕が悪いから。」

「よかったら、散歩しない。」

 

「私でいいのですか。」

 

「もちろんだよ、小百合さん。」

 

「恥ずかしいです。」

 

「スカートの中をみせるくらいだから平気だよ。」

 

「もう、恥ずかしいことを言わないで下さい。」

 

「大丈夫、行こう。」

 

「あ、手をつなぐのですか・・・」

 

「そうだよ、小百合さん。」

 

「やっぱり恥ずかしいです。」

 

「大丈夫だよ。」

 

「達夫さん。みんな見ています。」

「大丈夫ではありません。」

「この町は狭いですから、すぐ噂になります。」

 

「わかった、手を放すから、行こう。」

 

「はい。」

 

達夫と小百合は町を散歩することになった。

 

「この町は武家屋敷が多いんだよね。」

 

「はい。」

 

驚く様子を見せる達夫に恥ずかしさを隠せない、小百合であった。

 

「やっぱり恥ずかしいです。」

「帰ります。」

 

「気にしなくていいよ、また会いたいな。」

 

「機会があれば、是非。」

 

「じゃあ、また会えることを期待しているよ。」

 

「はい。」

 

きれいな子だったな、また、会えるといいな。

柿は甘かった。

君のような優しい声のように、僕は、何かを見つけたような気がする。

渋柿にならなければいいけれど、そうならなければいいな。

 

僕の上官として佐々木中尉がいた。

偶然にも同じ年ではあったが弟の様に僕を可愛がってくれた。

しかし、特攻兵としての訓練はとても厳しかった。

 

「上杉君、君は東北から来たんだね。」

 

「はい、そうです。」

 

「僕も青森からなんだ、なんだかふるさとが恋しくてね。」

「そんな事を言ったら上官として失格だね。」

「僕達はこの国を守るために来たのだから。」

 

「そうですね、佐々木中尉。」

 

複雑な想いは達夫を襲う。

 

お母さん、僕も恋しいよ、でもそう思ったらいけなんだ。

でも、みんなそう思っているんじゃないかな。

ふるさとか、もう帰れない。帰れないんだよ。

 

多感な頃ではあったが二人の進む道であった。

 

第2話 陽だまりの中で

 

 

町の基地の近くに女学校があり、

当時は特攻兵の身の回りのお世話を行っていた。

彼女たちは多くの特攻兵が若いこともあり親しくなることも多く、

中には恋愛感情もあったかもしれない。

小百合は今日から特攻兵のお世話をすることになったのだ。

男性との関わりが無かったので不安はあったが、

少しだけのときめきはあったかもしれない。

小百合は恐る恐る兵舎に入り自己紹介をすることになった。

 

「今日から兵舎での当番をすることになりました、小百合といいます」

 

「あ、昨日会った、小百合さんじゃない。」

 

「達夫さんですね。」

「ごめんなさい、勝手に名前でよんでしまいました。」

 

「ああ、気にしなくていいよ、僕は上杉達夫。」

「階級は少尉だけど達夫でいいからね。」

 

「いえ、そんな言い方をしたら先生に叱られます。」

 

「いいんだよ、気にしなくて、君が今日から当番なの?」

 

「はい。」

 

「もしかして、僕の下着とか洗ってくれるのかな?」

 

「はい。」

 

再会という言葉は二人のことが羨ましかっただろう。

それは、これから起こる出来事が起こり得ないように思えたのだった。

 

「君は可愛いな、達夫と知り合いなのか?」

 

「いえ、昨日ばったり会ったばかりです。」

 

「そうですよ、佐々木中尉、実は小百合さんの・・・」

 

達夫は小百合との出会いの話をしはじめたが、

小百合はそれを遮るように懇願した。

 

「いえ、言わないでください。」

 

「はははは、わかったよ。」

 

「恥ずかしいです。」

 

「そうか、俺のパンツは臭いけどいいか。」

 

「はい、大丈夫です、佐々木中尉。」

 

「ありがとう、小百合さん。」

 

でも、本当に恥ずかしいのは佐々木中尉だったのだ。

そこには、それを隠すような笑顔が舞っていた。

 

「佐々木中尉、可哀そうじゃないですか。」

 

「はははは。」

 

佐々木はからかうように留美に話しかけた。

 

「小百合さん、俺の恋人になってくれないか。」

「君は恋人はいるのかな?」

 

「いえ、そういう人はいません。」

 

「だったら、いいじゃないか。」

 

「いえ、学校で特攻兵の方とのお付き合いは禁止されています。」

 

「そうか、それは残念だな。」

 

「そうですよ、佐々木中尉、女学生をからかったら駄目ですよ。」

 

「そうだな、今日からよろしく頼む。」

 

「はい、一生懸命に頑張ります。」

「佐々木中尉。」

 

「俺は、少し散歩でもしてくるか。」

「達夫、小百合さんと仲良くしていろ。」

 

「中尉、待って下さい。」

 

達夫は恥ずかしかったのだ。

 

優しさが風になっていく。

達夫と小百合は兵舎の中で話し始めた。

 

「行ってしまったね。」

 

「はい、そうですね。」

「佐々木少尉に何か申し訳ないことをしました。」

 

「そんなことはないよ、気にしすぎだよ。」

「そういえば学校の帰りなのかな?」

 

「はい、帰りにピアノを教えていただいてから、こちらに来ました。」

 

「そうなんだね。実は僕もピアノを習っていたんだよ。」

 

偶然であった、何かが二人を寄せているのかもしれなかった。

 

「そうなんですね、私はピアノをまだ習い始めてまもなくて、

ブルグミュラーという作曲家の曲を練習しています。」

 

「ブルグミュラーはいいね。」

「さほど、難しくはないかもしれないけど美しい曲が多いね。」

 

「今は、ブルグミュラーのゴンドラの船頭歌という曲を練習しています。」

 

「ああ、知っているよ、僕もこれでも以前弾いたことがあったんだよ。」

「あの曲は僕も好きだよ、優しい曲だよね、今度一緒に弾こう。」

 

「はい。」

 

「約束だよ。」

 

「はい。」

 

小百合には留美という親友がいた。

彼女はひまわりのような鮮やかな温かい心につつまれていた。

しかし、さびしがり屋な一面もあった。

小百合より一足遅れで兵舎に入り自己紹介をしようとしたが、

小百合はそれを遮った。

 

「留美、遅いじゃない。」

 

「ごめんなさい、私は留美。」

「今日からここの当番よ。」

「よろしくね。」

 

自己紹介をしていると、佐々木中尉が帰って来た。

 

「ただいま、帰って来たよ。」

「声が聞こえていたけど、留美ちゃんか、君は明るくて元気だね。」

 

「はい、そう言われます。」

「でも、元気なだけなんです。」

 

「そうか、僕は佐々木というんだ。」

 

「佐々木さんですね。」

 

「留美、佐々木中尉だからね。」

「ちゃんと、中尉と言わないと駄目よ。」

 

「中尉とは、すごいですね。」

 

「留美ちゃんか、そんなことはないよ。」

「君は恋人はいるのかな。」

 

「佐々木さん、今、探してます。」

 

「留美、今言ったばかりでしょ。」

 

「いいんだよ、小百合さん。」

「佐々木で十分だ。」

「留美ちゃん、俺が恋人になろうか。」

 

「どうしようかな。」

 

「いいじゃないか、俺じゃ駄目かな。」

 

「考えておきます。」

 

「はははは。」

「君は面白い子だね。」

「俺のパンツは臭いぞ。」

「洗ってくれるんだね。」

 

「駄目です、自分で洗ってください。」

 

「はははは」

「これはやられたよ。」

「よろしくな。」

 

「はい、佐々木さん。」

 

「留美、駄目よ。」

 

「いいんだよ、佐々木さんで。」

 

「はい、佐々木さん。」

 

「もう、留美。」

 

「はははは、元気があってよろしい。」

 

「はい。」

 

「小百合は真面目だから、からかわないでくださいね。」

 

「ああ、わかったよ。」

 

 

そこには、こぼれ日の陽だまりがあった。

兵舎の近くには碧く緑が染まった野原が広がっていた。

地平線には夕日が沈む光景が見られたが、

赤く染まっていたのは野原だけではない、

それは互いに惹かれ合う心があったのだ。

留美は家に帰る途中での出来事、

夕暮れ時の野原に佐々木少尉が野原で横になっていた。

現実と悲しみが佐々木を襲う。

そこに、留美が野原を通りがかったのだった。

 

「あ、佐々木さんが横になっている。」

「行ってみよう。」

 

「お母さん・・・」

 

「佐々木さん、お母さんがどうしたのですか?」

 

「いや、なんでもないよ。」

 

「涙を流してますよ、佐々木さん。」

 

「留美ちゃんだね、もういいから帰りなさい。」

 

「佐々木さん、元気をだしてね。」

 

夕日は切ない碧い色を求めているのだろうか

女学校からの帰り道であったが、いつもの景色とは異なっていた。

 

「小百合ね、佐々木さんが野原で涙を流していたの。」

「「お母さん」って言っていたけど、

どうして、佐々木さんは泣いていたのかな。」

 

「留美、あなたもわからない人ね。」

 

「そうだけど、御国のために戦うのだから。」

「こんな幸せなことはないでしょ。」

 

「留美の馬鹿。」

 

「どうしたの、小百合。」

「走って帰らなくていいのに。」

 

やさしさだけではなく悲しみの風も吹いていた。

いずれ、それは何を意味するのだろうか?

 

第3話 遠い星の下で

 

夏の日差しが強い中で冷たい風が吹いていた。

 

「ほら、非国民がきたわよ。」

 

「本当ね。」

 

「どうして、あなた達は小百合を虐めるの。」

「小百合のお父さんは、怪我でそうなったんだから仕方ないじゃない。」

 

「留美、非国民は非国民なんだから、ここから出て行って。」

 

「ちがうでしょ。」

 

当時は戦争に反対する者、怪我や病気などで出征できなかったりした人々を、

非国民と差別的な扱いをしていたこともあった。

 

「もういいの、留美、ごめんなさい。」

「父が戦争に参加できずに、ごめんなさい。」

 

「小百合が謝る必要はないわよ。」

「あなた達も意地悪ね、そんな事をしたら私が許さないわよ。」

 

「留美が怖い、怖い、みんな、あっちに行こう。」

 

「そうね、非国民の二人をおいて。」

 

留美は言葉に出来ない感情を押し殺すことができなかった。

 

「えい、えい、えい。」

 

「痛い。」

 

「ほら、留美が石を投げて来たわよ。」

「早く逃げないと。」

 

留美は小百合と同様の苦しみを持ち合わせていたからだろう。

 

「小百合、気にしないでいいのよ。」

「お父さんも好きで足が不自由になった訳じゃないから。」

 

「そうだけど、辛い。」

 

「大丈夫よ、私がついている。」

 

「留美は強いよね。」

 

「私は父も母がいない。」

「だいたい、叔母に育てられて・・・」

「だから、強いのかな。」

 

「留美の強さが羨ましい。」

 

「小百合は優しいじゃない、それで十分よ。」

 

「留美こそ、優しいじゃない。」

 

「それは、小百合と親友だからよ。」

 

「ありがとう。」

 

留美は悲しくも幼い頃に父親と母親を亡くしており、

親戚の家に同居させてもらっていた。

ある日の事であった。

 

「ただいま、帰りました。」

 

「今日は遅かったのね、あなた、最近は帰りが遅いじゃない。」

 

「それは・・・」

 

「誰か男がいるんじゃないの?」

 

「いえ、それは違います・・・叔母様。」

 

「もう、食事はすませたから、

あなたの分はないから、それより、邪魔なのよね。」

「どこかに行ってほしいわ。」

「まあ、仕方ないわね、誰も面倒を見る人がいないから、

親戚じゃなかったら、そうしないわよ。」

「ここに住ませてもらえるだけでも感謝しなさい。」

 

「はい。」

 

悲しみの中、留美は満天の夜空を見上げて想う。

 

お父さん、お母さん、どうして、私を一人いぼっちにさせたの。

でもね、今、私に優しくしてくれる人がいるの。

特攻兵の人なの。

お母さん、お父さん。

星の下で私を見ていてくれるのかな。

お父さんもあ母さんも星になったのよね。

でも、留美は負けない。

頑張る。

どんなに家で虐められても頑張る。

 

お父さん、お母さん、もう一度会いたい。

もう一度、留美を優しく抱きしめてほしい。

お父さん、お母さん・・・

会いたい。

 

お父さん、お母さん。

 

第4話 いつも雨が降っていた

 

 

悲しみという記憶の中に青年はいた。

 

「雄一、また、近所の家の窓に石を投げたのね。」

 

「ああ、悪かった、悪かった。」

 

「お母さんがどれだけ謝ったのかわからないでしょ。」

「ガラス代の弁償代も高いのよ。」

 

「へへーんだ。」

 

「もう、今度までだからね。」

 

「わかったよ。」

 

雄一が窓を割った家にて母親は再び叱責されていた。

 

「困るよ、いつも悪さばかりして。」

 

「申し訳ありません、ガラス代は弁償しますから・・・」

 

「申し訳ありませんの問題じゃない、もう二回目だよ。」

「いい加減してくれ。」

 

「はい、雄一にはよく言ってきかせますので。」

 

自宅にて

 

「かなえ、またか。」

 

「はい、あなた。」

 

「ただでさえ生活が苦しいのに。」

 

「ほら、また、お弁当を忘れているよ、雄一はそそかっしいから。」

「雄一、どうして、雨が降っているのに傘を忘れるの。」

 

雄一には兄がいた。

 

「お兄ちゃんを見習いなさい。」

「勉強もできるし、真面目で剣道でも活躍しているじゃない。」

 

「さなえ、直也には全くてがかからないのにな、雄一は困ったもんだ。」

 

「そうね、でも、雄一は可愛い子だから。」

 

「そうだな。」

 

 

雨が降っていた、僕の心には雨がいつも降っていた。

 

 

ある時のことだった

 

「雄一、こっちに来い。」

 

「なんだよ。」

 

「お父さんが勉強を教えてあげるから。」

 

「いいよ。」

 

「いいから、来い。」

 

「わかったよ、仕方ないな。」

 

 

ある日の事であった、直也が父親にお願いをしたのだ。

 

 

「お父さん、僕にも勉強を教えてよ。」

 

「直也は勉強ができるから教える必要はない。」

 

 

直也は高等学校で最も優秀であった。

 

 

「雄一、また、傘を忘れて行って、雨が降っているでしょう。」

 

「お母さん、行ってくる。」

 

「気をつけてね、雄一。」

 

「ああ、わかったよ。」

 

「雄一、また、お弁当を忘れているよ。」

「靴も反対に履いているじゃない。」

「お母さんが履かせてあげるから、じっとしていて。」

 

「雄一、お兄ちゃんを見習え。」

「直也は本当に手がかからないじゃないか。」

 

 

雨が降っていた、僕の心にはいつも。

 

 

勉強の出来ない雄一は毎日のように父親から勉強を教わっていた。

 

 

「雄一、何度教えたら、わかるんだ。」

「ここは、こうやって計算をするんだ。」

 

「お父さん、僕にも勉強を教えてよ。」

 

「だから、直也は勉強ができるから必要ないだろう。」

 

 

雄一が兄の直也に悪戯をした時のことであった。

 

 

「雄一、こら。」

 

「ベーだ。」

 

「やったな、バシ、ガン。」

 

「ええん、お父さん。」

 

直也、どうして弱いものを虐めるんだ。

お前がお兄さんなんだから、雄一は弟だから弱いだろう。

お父さんにかかってこい。

ほら、かかってこい、かかってこい。

ほら、弱いものをいじめたら駄目だ、強いものへ立ち向かえ。

 

 

雨音が聴こえてきていた。

僕の心には、いつも雨が降っていた。

勉強が教えてもらいたかったんだじゃいよ。

僕も可愛がってもらいたかったんだよ。

 

「仕方ないな、雄一は手がかかるな。」

「かなえ。」

「雄一にもう少しかまってあげないといけないじゃないか。」

 

 

「お父さん・・・」

 

 

直也は出征することになった。

 

 

「直也、どうして・・・」

 

「どうしてと言っても、御国のためだろう。」

 

「ううう。」

 

「お母さん、泣かないで・・・」

 

「直也、どうか、生きて帰って来て。」

 

「駄目じゃないか・・・」

「そんなことを言ったら・・・」

「お母さん、そんなに強く抱きしめないでくれよ。」

 

出征の日

 

「お父さん、お母さん、今から行ってきます。」

「泣かないでいいから・・・」

「お母さん、ごめんね、ごめんね。」

 

「直也・・・」

「生きて帰って来て。」

 

 

ごめんね、僕の事も可愛がってくれていたんだよね。

ごめんね、お母さん。

 

第5話 そばに君がいる

 

 

佐々木はいつものように近くの野原で横になっていた。
訓練が終わると毎日のように野原に行っていたのだった。
夕日が野原を淡く優しく染めていた。

「お母さん・・・」

「お母さんってどうしたの。」
「野原で横になって。」

そこに、女学校から帰り途中だった留美が現れた。
留美は家に帰ると相変わらず虐められていた。
また、今日もかと思いながら帰っていたのだった。

「ああ、留美ちゃんか。」

「最近は元気がないです。」

「いや、最近は体調が悪いだけだよ。」

「私も横になろう、いいでしょ。」

「ああ、いいよ。」

「佐々木さん、お母さんが恋しいの。」

「違うよ、たまたま呼んだだけだよ。」
「俺は独り言が多いからさ。」

「そうなの。」

「ああ。」

留美は何を思ったのか佐々木に反対を向くように優しい声で伝えた。

「佐々木さん、あっちを向いて寝てみて。」

「どうして。」

「いいから。」

「わかった。」

「ほら、気持ちいいでしょ。」

「ありがとう、肩を揉んでくれているんだね。」
「俺もさ、母の肩をよく揉んでいたよ。」
「母は肩こりだったからさ。」

「そうなの。」

「ああ、もういいよ、手が疲れるだろ。」

「佐々木さん、泣いているの。」

「いや、気のせいだよ。」

「だって、泣いている音が聞こえるよ。」

「だから、気のせいだよ。」

「じゃあ、もう少し揉んであげる。」

「もういいよ。」

「もういいの。」
「それとも私がそばにいるのが嫌なの。」

「そんなことはないよ。」

「だったら、いいでしょ。
「そうだ、じゃあ私が反対になるから佐々木さんが揉んで。」

そう、留美が言うと留美は反対を向いた。
留美の頬にも流れるものがあった。

「まだ君は若いから恥ずかしいだろう。」
「それに肩もこっていないだろう。」
「いいの、佐々木さんに揉んでほしいの。」
「佐々木さんのお母さんになってあげる。」

「もういいよ。」

「佐々木さん、怒ったの。」

佐々木は怒ったのではなかった。
あまりにも故郷が懐かしいことと、留美が愛おしかったからだ。
恥ずかしかったのだ。

「そういえば、佐々木さんの下の名前はなんていうの。」

「直也だよ。」

「いい名前ね、直也さん、元気を出してね。」

「ありがとう。留美ちゃん。」

雨は降っていなかった。
夕暮れ色は優しかった。
二人の心は温かかった。

そして、そばにはいつも君がいた。

 

第6話 いつか明日が来る

 

 

達夫と佐々木は過酷な戦闘訓練の日々に明け暮れていた。
戦闘訓練の最中の突然の出来事であった。
上杉らの上官である川島大尉が倒れてしまったのだ。 
すぐさま、佐々木は川島の元に駆け寄った。

「川島大尉殿、大丈夫でしょうか。」
 
「ああ、急に目まいがしただけだ。」
「大丈夫だ。」
「今日の訓練は激しかったからな。」
 
「そうですね。」
 
「佐々木は体の方は大丈夫か。」
 
「はい、全く問題ありません。」
 
「そうか。」
 
「でも、川島大尉、今日は兵舎でゆっくり休まれた方がよろしいのではないでしょうか。」
 
「馬鹿野郎、俺はこれでも皇国軍人だ、このくらいでは死にはしない。」
 
「そうでありました、失礼しました。」
 
「ううう。」

突然、川島が倒れたのである。
 
「川島大尉、川島大尉、大丈夫でしょうか。」
「大変だ、川島大尉が倒れられた。」
「すぐに、医者を呼んでくれ。」
 
「はい、佐々木中尉。」
 
「急げ、上杉。」
 
「はい。」

翌日になり佐々木は今日の訓練が中止になったことを伝えた。
 
「達夫、今日の訓練は休みとなった。」
「川島大尉が倒れられたからだ。」
「一日のみ休みが与えられるとの軍令であった。」
「軍部も休養の必要性があると判断したらしい。」
 
「わかりました。佐々木中尉。」
  
会話が終わると兵舎の中に突然、留美が入ってきた。
  
「佐々木さん、今日はお休みなのですか。」
 
「留美ちゃん、聞いていたんだね。」

「佐々木さんは失礼だよ。」
 
「いいんだよ、達夫。」
「突然どうしたの留美ちゃん。」
 
「佐々木さんの肩を揉んであげようかなと思って来ました。」
 
「はははは」
「大丈夫だよ、留美ちゃん。」
「もしかして、俺に会いたかったのかな。」
 
「そういうことにしておきます。」
「佐々木中尉。」

「はははは」
「それなら、断る理由はない、仕方がないか。」
 
「仕方がないは失礼でしょ、佐々木さん。」
 
「ははははは」
 
「小百合も、もうすぐ一緒に兵舎に遊びに来ますから。」
 
「駄目だよ、遊びに来たら。」
 
「佐々木さんは私のことを嫌いなの。」

「そんなことはないよ。」
「じゃあ、学校の許可が下りたら来なさい。」

「はい、佐々木少尉。」
「あ、違った、中尉の命令に従います。」
 
「失礼だよ、さっきから。」
 
「いいんだよ、達夫。」
「俺も降格になったな。」
 
「ははははは」
 
そして、午後になり留美と小百合が兵舎へ入ってきた。
 
「留美ちゃん、小百合さん、本当に女学校を休んできたの。」
 
「はい、達夫さん。」
「留美が嘘をついて特攻兵の命令だから手伝いに行きなさいって。」
 
「さすが留美ちゃんだな。」
 
「そうでしょ、佐々木さん。」
 
「留美ちゃんには参ったな。」 

「ははははは」
 
 何を考えたのか留美は突然、懐からかるたを取り出した。

「佐々木さん、かるたを持って決ました。」
「かるたで遊びましょう。」
 
「そうだな、留美ちゃん。」

「たまには息抜きも必要よ、佐々木さん。」

「いいことを考えたね、留美ちゃん。」

「はい。」

厳しい訓練が行われていた生活の中での幸せなひと時だった。

「佐々木さん、この札をね、いっぱいにね並べるの。」
 
「知ってるよ、留美ちゃん。」
「決まり事くらいは。」
「な、達夫。」
 
「はい。」
 
「小百合さんも知っているよな。」
 
「はい、佐々木中尉。」
「多くかるたを取った人が勝ちですね。」
 
「そうそう、じゃあ、今からするわよ。」
 
バラバラバラ、かるたがまかれた。
 
「じゃあ、僕がかるたを読みましょう。」
 
「そうしてくれ、達夫。」

「わかりました。」
「じゃあ、いきますよ。」
 
そして、かるた遊びが始まった。
 
「ほら、私が先に取ったでしょ。」
 
「さすが、留美ちゃんだな。」
 
「私は何でも早いのよ、佐々木さんの心を奪うのもね。」
 
「ははははは」
「参ったな。」
 
「じゃあ、次行きます。」
 
「えい。」
「やっぱり私の方が早くかるたを取ったけど・・・」
「佐々木さん、どうして、私の手ばかり取るの。」
「私の手を触りたいの。」
 
「違うよ、たまたまだよ」
 
「次にいきます」
  
「えい。」
 
「また、佐々木さん、私の手を触って。」
 
「ちがうわよ、留美。」
 
「じゃあ、俺が札を読もう。」
「達夫と留美ちゃんと小百合さんでやれよ。」
 
「さすが、佐々木さん、かっこいい。」
 
「まあな、留美ちゃん。」

「ははははは」
 
「じゃあ、読むぞ。」
 
「ほら。」
 
「達夫さんが取ったのね、小百合はどうして何もしないの。」
 
「気づかないのよ、留美。」
 
「本当かな、達夫少尉の手を触るのが恥ずかしいのでしょ。」
 
「もう、留美ったら。」
 
「じゃあ、また次を読むぞ。」
 
「また、達夫少尉が取ったじゃない。」
「どうして、小百合は何もしないの」
 
「だって、留美・・・」
 
「どういう意味だよ・・・小百合さん。」
 
「恥ずかしがらないで、小百合、達夫さんの手を触ればいいじゃない。」
  
「やめたやめた、これは「かるた」じゃない」
 
「佐々木さん、もう終わってしまうの。」
「わかった、私の手を触れたかっただけなんでしょ。」

「違うよ。」
 
「当たっている。」
「だって、佐々木さんの顔が赤いから。」
 
「違うよ。」
「気のせいだろ。」
 
「もう、佐々木さんは恥ずかしがり屋さんだから。」
「そうでしょ。」
 
「それは、違うかな・・・」
 
達夫と佐々木には突撃という運命が待ち受けていた。

「達夫少尉、そうなのですか。」

「もう、留美はいい加減にして。」
 
「いいんだよ。」
「留美ちゃん。」
「そうだ、みんなで手をつないで歌を歌おうか。」
 
「佐々木中尉。」
 
「まあ、いいじゃないか、達夫。」
 
「はい、佐々木中尉。」
 
「何を歌おうかしら。」
 
「そうだな、留美ちゃん、同期の桜でも歌うか。」
 
「駄目よ、佐々木さん、桜はもう散ってしまったでしょ。」
「季節外れよ。」
「お正月の歌を歌いましょう。」
 
「それは・・・」
 
「どうして、佐々木少尉。」
 
「留美、駄目じゃない。」
 
「だって、お正月は来るでしょ。」
 
「留美ちゃん・・・」
 
「留美、駄目よ。」
 
「どうして、小百合。」
 
「だって・・・」
 
「もういいよ、留美ちゃん。」
「別な歌を歌おう。」
 
「いやよ、上杉少尉。」
「お正月の歌が歌いたいの。」
 
「わかった、お正月の歌を歌おう。」
「お正月が来ても、その時は一緒に歌えないからな。」
 
「そんなことはないでしょ。」
「佐々木さん。」
「だって、一緒に歌えるでしょ・・・」
 
「留美・・・どうして・・・」
 
「佐々木さんが出撃する前に日本が勝つに決まっているからよ。」
 
「いや、一緒には歌えないよ、留美ちゃん。」
 
「どうして、今、一緒に歌えばいいでしょ。」
 
「そうですよ、佐々木中尉。」
「今、歌いましょう。」
 
「そうだな、達夫。」
 
「佐々木さんも小百合も考えすぎよ。」
「じゃあ歌いましょう。」
 
「ああ、留美ちゃん。」
 
「うん。」
  
「楽しかったね、佐々木さん。」
 
「ああ・・・」
 
「ね、達夫さん。」
 
「そうだね・・・留美ちゃん・・・」
 
「いつか、みんなでお正月が来るからね。」
「楽しみにしましょう。」
「大丈夫よ。」
「佐々木さん。」
「達夫さん、小百合、ね・・・・」
「必ず来ます。」
「そうでしょう。」
「違うの佐々木さん。」
 
「そうだよ。」
「来るよ、みんなでお正月の歌を歌える日が必ず来るよ。」
「そろそろ、俺は寝たいから帰ってくれないかな。」
 
「はい、わかりました。」

「佐々木中尉・・・・」
 
「いいんだよ、達夫。」
「事実じゃないか。」
「これでいいんだよ・・・」
 

佐々木の頬に伝わるものがあった。

 

第7話 伝えられぬ想い

 

 

早百合はいつも形見の狭い思いをしていた。

それは宿舎でのでの出来事であった。

早百合の瞳から突然、溢れ出すものがあった。

 

「どうしたの、小百合さん。」

 

「いえ、達夫さん。」

 

「そんなに、涙を浮かべていたら、僕も悲しくなるじゃないか。」

 

「ごめんなさい、達夫さん。」

 

「何かあったのなら、僕が話しを聞くよ。」

「何でも話してごらん。」

 

「実は、父が昔に足を怪我して足が不自由なせいで、母だけの収入だと、

生活が苦しくて。」

「それに、戦争にも参加できないから、毎日のように非国民と言われて、

もう、辛くて辛くてたまりません。」

「でも、それが原因ではありません。」

「言えない辛さがあります。」

 

「理由はわからないけど・・・」

「僕が出来る事はないかな?」

「力になれない、自分が悔しいよ。」

 

「いえ、達夫さんが、そう言っていただけるだけでもうれしいです。」

 

「それでは・・・」

 

「待って、小百合さん。」

 

「上杉少尉、そっとしてあげてください。」

 

「留美ちゃんもいたのか。」

 

「はい、後ろで聞いていました。」

「私は辛い時はいつも星を眺めています。」

「小百合はさびしいのだと思います。」

「どうか、一緒にいてあげられないでしょうか?」

 

「そうだね、僕にはそのくらいしかできないね。」

 

「私が今日の夜に近くの野原に誘ってみます。」

「そこで、私と上杉少尉と入れ違いましょう。」

 

「ありがとう、留美ちゃん。」

 

そして、静かな夜が訪れた

 

「留美、どうして、ここに私を呼びだしたの?」

 

「いいから、騙されたと思って目をつぶって。」

 

「どうして?」

 

「いいから。」

 

「わかった。」

 

「小百合さん。」

 

「達夫さん、どうしてここに?」

「それに、留美がいない。」

 

「小百合さんが心配になって、留美ちゃんが二人にさせてくれたんだ。」

 

「恥ずかしいです。」

 

「大丈夫だよ、野原に座ろう。」

 

「はい。」

 

「僕もいろいろ事情があってね。」

「辛い思いをしてきたよ。」

「辛いのは小百合さんだけじゃないよ。」

 

「そうなんですね、達夫さんもいろいろあったのですね。」

 

「ああ、そうだよ。」

 

「今日は満天の星ですね。」

 

「そうだね。」

「星を見る度に思い出すんだ。」

 

「何をですか?」

 

「いろいろ、あってね。」

「あそこに、ひときわ輝いている星があるだろう。」

「あの星を見る度に思い出す。」

 

「何をですか?」

 

「それは、小百合さんをもっと辛くさせるかもしれないから、

言わない方がいいかな。」

 

「そうなんですね。」

 

「僕もいずれは星になる日が来るよ。」

 

「それは言わないでください。」

「悲しいじゃないですか。」

 

「小百合さんがそう思ってくれると・・・」

 

「どうしたのですか?」

 

「いや、それ以上は言えない。」

「言ったら駄目なんだよ。」

「言いたくてもいえないんだ。」

 

「達夫さんも泣いているのですか?」

 

「いや、気のせいだよ。」

「複雑な想いだけど・・・」

「それ以上にわからないんだ・・・」

 

「何がわからないのですか?」

 

「それは言えない。」

「ごめんね、自分から言っていて。」

「でも、それはいつか答えを見つける。」

「そして・・・」

 

「また、それ以上は言えないのですね。」

 

「ああ、ごめんね。」

「小百合さんは幸せになれるよ。」

 

「私は・・・」

 

「どうしたの?」

 

「それは言えません。」

 

「そうか、でも、僕がいつまでも見守ってあげるよ。」

「星になってもね。」

 

「達夫さん・・・」

 

「どうしたの?」

 

「いえ・・・」

 

「帰ろう。」

「大丈夫、小百合さんは幸せになれるよ。」

 

「いえ、そんなことはありません。」

 

「待って、小百合さん。」

「小百合さん・・・」

 

 

第8話 夕日が時をとめる

 

 

兵舎の中で達夫は小百合と親しく話をしていた。
達夫は以前から気になっていたことがあった
どうしても気になっていたので、ある日小百合に聞いてみた。

「そう言えば、小百合さんはどうして柿の木に登っていたの。」
「柿は家にあったじゃない。」
「まだ、欲しかったのかな。」

「いえ。」
「達夫さん実は・・・」

何か事情がありそうだった。
そして、小百合は以前の出来事を話し始めた。
小百合は自宅の縁側で過ごしていた。

空が澄み渡るようにきれい。
雲も一つもありません。
あれはツバメかしら。
ツバメが飛んでいます。
私の周りを回っています。
そして、私に向かっているのかしら。
膝の上にとまりました。
どうして、足がけいれんしているの。
震えています。
どうしよう・・・
そう言えば、近くに牛や豚の病気を見てくれる動物の先生がいるから、

診てもらおうかしら

さっそく、小百合はツバメを診てもらう事にした。
 
「先生どうでしょうか。」

「やはり、足を何らかの理由で痛めたのだろう。」
「この様にすれば飛べるようになるが時間はかかるよ。」
「しかし、ツバメの手当をしてあげないといけないけどな。」
「しかし、君はそこまでしてツバメを助けるのかな。」

「はい。」
「きっとひな鳥がいるのではないでしょうか。」

「そうだね。」

小百合は木にツバメの巣があったのを思い出したのだ。
何かいい方法がないか思ったのだった。

「先生、何かいい方法はないでしょうか。」

「小百合さんと言ったね。」
「確かに可哀そうだね。」
「治療費はいらないけど餌がないな・・・」
「私が手に入れられないこともないが、

遠くの町に餌を買いに行かないといけないからね。」
「宿泊代など様々なお金がいるんだよ。」
「どうするかね。」

小百合は家の事情を考えると辛くて、辛くてたまらなかった。

「可哀そうだが仕方ないんじゃないか。」

「じゃあ、先生、ヒナ鳥は餌が食べることが出来ないじゃないですか。」

小百合は何とかしたかった。
自らお金を貯めて餌代を立て替えてもらおうと思ったのだった。
その気持ちに獣医師は心を打たれたのか餌を買いに行くことにした。

「わかったよ。」
「君の優しさに負けた。」

「申し訳ありません、先生。」
 

自宅ではツバメの子供達が泣いていた。
 
ピチ ピチ ピチ

「ツバメが泣いている。」
「まるで、お母さん、お母さんと聞こえる。」
「大丈夫よ。」
「私が世話をしてあげるから。」
 
時は達夫との会話に戻り。
説明を聞いた達夫は小百合の優しさに心を打たれた。

「なるほど、小百合さん、それで、餌をあげるために柿の木に登っていたんだね。」
「でも、あの時は柿を取っているといったじゃないか。」

「はい、説明するのに時間かかると思いました。」
「それに、達夫さんのことが嫌らしいと感じましたから、

本当のことは言いませんでした。」
「ごめんなさい、嘘を言ってしまって。」
「渋柿というのはわかっていました。」
「ごめんなさい。」

達夫と似たような境遇だった。
だからこそ、小百合のことを好きになったのかもしれない。
小百合の手当により、その後はひな鳥は元気になったのだ。

達夫は小百合が自分のことをどう思っているか気になっていた。
小百合も同様であった。
そして、達夫は突然であったが、野原に行くように小百合を誘ったのである。

「丁度、夕日が野原に落ちる頃か。」

「それがどうしたのですか。」

「野原に行ってみよう。」

「はい。」
 
 紅の夕日の灯りが野原を一面に淡く覆っていた。
 
「僕の歳は十八歳だから、小百合さんは僕より一つ年下なのかな。」

「はい。」

「上杉さん、恋人はいらっしゃるのですか。」

「いや。」

「そうなのですか。」

「ああ、女性と付き合いをしたことはないよ。」
「恥ずかしいな、こんなことを言うのも。」
「小百合さんは。」

「私も、お付き合いはないです。」

「そうか、僕じゃ駄目かな。」

「帰ります。」

「どうして。」

「いえ・・・」

小百合は戸惑いながら帰ろうとした。

「小百合さん待って。」

「いえ。」

「僕の命令でも駄目なのかな。」

「命令なら仕方ありません。」

「そこに立っていて。」
「こっちを向かなくていいから。」

「どうしてですか。」

「いいから、そこでじっとしていて。」

「はい。」
「でも、どうしてですか。」

「いいから。」

夕日が二人を優しく染めて行った。

「初めてなんだ、女性を抱きしめたのは。」
 
「駄目です、後ろから抱きしめないでください。」

「僕が嫌なのかな。」

「そういう訳ではありません。」

「小百合さんの髪が夕日に染まっているよ。」

「恥ずかしいことを言わないでください。」

「きれいな髪の香りがするよ。」

「それはきっと風のせいです。」
「風の香りです。」
「それだけですか。」
「さっきもお聞きしましたが、私のことをどう思っていますか。」

達夫は突然に小百合を背負った。

「小百合さん、僕の背中に乗って。」

「どうしてですか。」

「少しこうして歩こう。」

小百合は恥ずかしさと戸惑いの中で黙っているだけで、

それは達夫も同様だった。

「何か言ってください。」

「恥ずかしいことを言わせるなよ。」

「それが僕の答えだよ。」

「達夫さん、降ろしてください。」

「いや、このままで。」

「どうして、降ろして、私の方を向いて言ってくれないのですか。」


「夕日がきれいだね。」

 
「達夫さん、本当ですね。」
 

「夕日がきれいだね・・・」
 

「もうここで降ろしてください。」

「いや、小百合さんの家まで送っていくよ。」

「そんな恥ずかしいことはやめて下さい。」

「いや送っていくよ。」

「駄目です。」
 

「夕日がきれいだね。」
 

「どうして、何度も同じことを言うのですか。」
「達夫さん。」
 

「夕日がきれいだね。」
「いや、小百合さんがきれいだね。」
「じゃあ、降ろすよ。」
「ちょっと待ってね。」
「これは、僕が大事にしている。」
「赤いスカーフなんだ。」
「小百合さんの目に巻いてあげるよ。」

「どうしてですか。」

「いいから、このままじっとしていて」
「ほら」
「これが僕の気持ちだよ。」
 

「あ・・・」
「達夫さん・・・」
 

「夕日と同じ色だったよ。」
「小百合さんの唇は。」
 
「達夫さん。」
 
「小百合さんはきれいだね。」
「夕日よりもきれいだよ。」
 
「達夫さん、目を閉じてください。」
「今度は私が巻いて挙げます。」
 
「達夫さんもじっとしていてください。」
 

 
「ありがとう。」
「小百合さん、優しい香りがしたよ。」
 

 
「恥ずかしいから・・・」
「もう、離してください。」
 
「いや離さないよ。」
「このまま時が止まってしまえばいいのにな。」
「でも、いつか・・・」
 
「達夫さん、それ以上言わないでください。」
「それ以上・・・時が来たなら・・・」
「お願いします。」

「仕方ないじゃないか。」

「だから、言わないでください。」


「今日だけは時を止めてあげるよ。」

「はい。」