京成高砂駅での乗り換えも無事に出来、新線である成田空港線(成田スカイアクセス線)にて成田空港へ向け出発しました。
ここで、現在利用している京成電車の紹介をします。
まず、なぜこの時点で紹介するかというと、それには理由があります。
京成電鉄は、成田山参拝客の輸送を目的として、1909年京成電気軌道株式会社として設立された会社です。
一番最初に着工された区間は、現在の押上(東京都墨田区)~市川間(千葉県市川市)と、先程の金町線のうち、現在の京成高砂~柴又間でした。
ただ、それに先立って、当時すでに開通していた金町線のうち、現在の柴又駅~金町間にあたる区間を別の鉄道会社から買収して営業を開始しました。
つまり、京成電鉄の一番最初に営業開始した路線は、先ほどの金町線だったのです。
当時、その別の会社は「帝釈人車軌道」という会社でした。
“人車“という言葉の通り、なんと、線路の上の “客車 “ を “人” が押すという原始的なものだったとのことです。(当然のことながら乗ったことはありません、念のため。)
そしてこの京成電鉄、これがまた例によってカオスで困ってしまうものなのです。
例をあげるとキリがないのですが、例えば、
・カオスその①
先程来登場しているこちら
最高速度の関係から、新幹線の技術まで盛り込まれているという気合いの入ったものです。
例えば車内への出入口ドア。スカイライナーのドアは普通の電車のものと異なってただ開閉するだけでなく、閉まった後ドアを内側からシリンダーで車体に押しつけて車内を密封する構造となっています。これは、高速で走行中にトンネルに入ったときに発生する急激な気圧変動を軽減するためのもので、新幹線車両と同じ構造となっています。
また車両デザインについては、従来の京成の野暮ったいイメージを排除すべく、世界的デザイナーであるあの山本寛斎氏に依頼し同氏が担当しました。
同氏のファッションデザインには派手な色彩のものが多く、スカイライナーもどうなることやらなどとも当時いわれたのですが、意外にも非常にスッキリとしたシンプルなデザインになりました。同氏曰くでは、「日本人の伝統を基本にしながらも、それが未来形を帯びているものにすべき」と考えデザインしたとのことで、特に色合いには相当こだわったとのことです。
そして、この新型スカイライナーの登場にあわせ、社員の制服も同氏のデザインによるものに変更されました。
このように会社の社運をかけて登場した現在のスカイライナーの車両は、2008年4月9日帝国ホテルで行われた公式新型スカイライナーデザイン発表会で披露されたのですが、この発表会についてはおもしろい話があります。
この発表会は同社の幹部の他、デザイナーの山本寛斎氏など多数の参加者のもと、各メディアの記者も駆け付けてとても華やかな雰囲気の中で行われたのものだったのですが、サプライズゲストとして上戸彩さんが出演するという非常に気合いの入ったものでした。ところが、上戸彩さんがあまりに美しかったため(さらに衣装は彼女には珍しいミニスカートというサービス付だった)、参加者の視線はみな上戸彩さんの方へ行ってしまって、本来主役であるはずの新型車両が結局隅にいってしまったいうおまぬけぶりです。
このへんは、いかにも京成電鉄らしいというところでしょう・・・
そして、そんなこれまでの野暮ったいイメージを一新しアーバンなイメージを目指す京成電鉄ですが、
一方では・・・
・・・やはり、アーバンな雰囲気は難しいのか・・・
・・・目標のアーバンなイメージにいつたどりつくのやら・・・
(続く)











