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Side Steps' Today

裏版Side Steps' Today

九州全線阿房列車(21)
お馴染みの天神を通過して列車が地上に出るころには天気は晴れ。陽気もよろしく糸島にいくと思しき観光客も相応にいてリゾート感充分ではあるが、こちとら必死にランチを思案。ランチは筑前前原にするか唐津にするか。駅前の目ぼしい飲食店をGoogleマップで探してみるが決め手に欠き、思案するうちに1208筑前前原に到着。みればホーム前方に1210発(唐津ゆき)が接続待ちしており、思わず直観で飛び乗る。1210発(唐津ゆき)は非常に眺望すばらしく、右手には玄界灘が綺麗に見える。虹の松原を通って松浦川を渡ると右手奥には唐津城が見える。1257唐津着。唐津は過去に何度もきたことあり勝手知ったるが、いずれも車であって実際に駅に降り立ったことはこれまで無し。駅前の商店街を通過し、予め車内で検討していた海鮮丼の店へ直行。まだオープンして1年ほどのようだが、隣の魚屋が経営しているのが決め手。海鮮丼(中)をオーダーするが、本日は平政・鮃・鮪・サーモン・アオリイカという唐津港水揚げの海鮮で1000円と格安、アタリの美味。今回の旅で初めての生モノの食事、そして結果、これが最後の生モノの食事になる…。食後は付近を散策するが、駅付近の飲食店の顔ぶれはずいぶんと変わっている印象。唐津の先にもう一つ駅があるので次は駅1つだけ乗って西唐津へ。乗り潰し目的で1338発(西唐津ゆき)に乗って1342西唐津に到着するが、駅前には何もない。
【写真】車窓から見える玄界灘。今回の九州行でもっとも風光明媚なる路線。

九州全線阿房列車(20)
第4日目
6時起床。今日は九州北部の混沌とした路線を乗ったのち、唐津・伊万里を経て佐賀から佐世保に向かう。0700にチェックアウトすると小倉から0728発(添田ゆき)に乗車。添田は日田彦山線の駅だが、昨日通過したその先の久大本線・夜明駅まで豪雨で不通になっている。小倉周辺はそこそこ発展して住宅田園風景が続くが、途中の南小倉・城野でほとんどが下車。0848添田に着くがもともと終着駅でなく、天災により突然終着駅になったために周囲にインフラは何もなし。ここから日田方面に代行バスが出ているが乗るのは1人。乗客が少ないせいか小型のコミュニティ・バスが駅舎隣の道の駅から接続している。折り返し0902発(田川後藤寺ゆき)に乗り0916田川後藤寺着。接続に20分強あるので駅を降りてみるがこちらも何も無し。寒い季節には暖かい駅待合室のありがたみを痛感、東京には駅待合室なんていう風情は一切なし。駅構内の通行橋がコールタールの板張りなのがなんとも渋い一方、発車時刻表はディスプレイ電光表示というアンマッチさ。0942発(新飯塚ゆき)に乗るが、途中に麻生セメントや石灰岩を産出する関の山鉱山を抜けていく景色はプラント・マニアでなくとも圧巻。1007新飯塚着、ここでも20分ほど乗継待ち。この付近は路線が入り乱れていて待ち時間ロスが相応にある。駅前に降り立つとここも何もなし。「新」だからなにもないのか? 1032発(博多ゆき)で大都会たる博多へ。博多は過去に何度も訪問歴あるので、華麗にスルー、地下鉄空港線へと急いで予定より20分前の1127発(筑前前原ゆき)に乗車。
【図】第四日目行程。黒線部分が本日のノルマ。晴れた海が見える路線に乗ると心も晴れる。

正月休みは普段の週末+アルファという並びが悪く、直前まで年末感・お正月感がまったく湧かない状況ながら、年初はなぜか初詣のハシゴ。我が家伝統の東郷神社に向かうも、その途中でこれから明治神宮へいくという知人に遭遇して急遽方針転換。記憶にある限り人生で初の明治神宮に参拝。発狂的な混雑かと思いきや元旦の昼時は比較的スムースで、40分ほど待機ののちに参拝終了。参拝時に背後からお賽銭が飛んでくる!という状態をある意味期待していくも、一人一人拝む時間がキッチリ担保されている警備状況(韓国の梨泰院事故の余波か)にて、お賽銭が飛んでくる事態はナシ。ただ、順番待ちで眺めるに業の深そうな方は随分な時間をかけて祈願しており、当方もこれまでになくシッカリ祈願。その後はそのまま発狂的混雑の竹下通りをスルーして東郷神社。ウクライナの影響からさぞかし盛り上がっていると思いきや東郷神社は激スキにて1分も待たずに即参拝。ここでもしっかり祈願し、「ただ運がいいだけ」という東郷元帥にあやかった「強運守り」を購入。強運だけが持ち味という一本足打法なのが明治の軍人らしくて潔い。その運に是非あやかりたい…。本年もよろしくお願いいたします。

2022年も残すところあと少し。年初から続いた音楽聴き込みマラソン7800曲はついに完聴。ひたすら聴いた後はちょっとアタマがヘンになったのか、このところはSpritual Jazz(スピリチュアル・ジャズ)とブラジル系を好んで聴いています。今年は思わぬ形で宗教が注目を浴びましたが、それと前者は全く関係ないものの、東北の民間信仰が気になったこともあり青森県を逍遥。演奏方面ではコロナの間隙を縫ってライブが1回ありました(Side Stepsではありません)が、いろいろと難しい環境が続いています。仕事も自室で完結することに加え、街は恐ろしいほどの混雑で足も遠のき気味にて、結果、静けさこそないもののソロー「ウォールデン 森の生活」、日本であれば鴨長明「方丈記」の様相。
いろいろと全体的に閉塞感がありますが、来年こそ「抜け」を期待しつつ…、みなさま良い年をお迎えください。

【大沼温泉(北海道亀田郡七飯町)】
函館にはこれまで何度も来る機会があったものの、宿営を大沼とするのは今回が初。大沼といえば、前回に鉄道で北海道全線踏破をした際に乗った森→大沼の函館本線(砂原支線)が非常に印象的で、今回は余暇にその砂原支線の各駅を車で探訪しようと画策。というのも、この海線は1日の乗降客数が極めて少なく、池田園、流山温泉、銚子口といった駅が廃駅予定とも言われている。夜明けの早朝から駅を探して怪しく激走し回ってこれらの駅を巡った(都会在住者にはイメージしにくいが、ナビをみても駅前まで車で間違えずにいくことが困難な場合さえある)のだが、どう足掻いても断念せざるを得なかったのが流山温泉駅。まず、車で直接アクセスできない。大沼湖畔の自動車道からホームが10mほど先になんとか見えるのだが、ホームまでどうやっていけば良いのかわからない。車のナビは「自動車道に駐車して森の中を突っ切れ」と表現しているが、突っ切ろうにもどこから突っ切れば良いのかさえ不明な状態。唯一可能性があったのは牧場を抜けていく道でこれが正攻法のようだが、不審者対策もあって道にはチェーンがされており、「周囲でクマの目撃が相次いでいるので周囲を注意の上で利用せよ」との注意書きが…。たまたまなのか来道以来、地元放送局制作と思しき「ヒグマによる人害」のテレビ番組を再放送を含めて2回も目にしたことから、「これもなにかの啓示…自分の生命を守るセレンディピティ的なものか…」と直感して泣く泣く断念。早朝の廃駅候補巡りは1駅を残して完遂断念(ちなみに砂原支線の11駅をすべて車で巡るには3時間はかかるが、列車だと全て下車していたら数日かかる)となり、ホテルに戻って癒しの温泉にでも入ることとする。泉質は単純温泉だが、弱アルカリなのでアル単でpH7.6。湧出温度は62℃程度だが、加水されて温度調整されている様子で温泉成分表に気がつかなければ温泉とは思わないほどに温泉感はなし。

玉肌日記インデクス(地域別温泉リスト)

①北海道 ②東北 ③関東 ④中部 ⑤近畿 ⑥中国・四国 ⑦九州・その他

リヒャルト・ゾルゲ(17-1-21-16)
これまで何気に行っていた多磨霊園にゾルゲの墓があると聞いて早速訪問、というのもウクライナ侵攻でロシア(旧ソ連)関連報道が盛り沢山な中、「ロシアの戦勝記念日に駐日ロシア大使館員がゾルゲの墓を参拝した」とのニュースを発見したから。戦中にスパイ容疑で逮捕されて巣鴨で刑死して雑司ヶ谷の無縁墓地に埋葬されたはずではなかったか…。早速ネットを漁るに多磨霊園にあるのは確実で、なんとGoogleマップ上で位置マークもある(!)。確かにあの広大な多磨霊園の中ではお目当ての墓を探すのは一見では無理、あらかじめ霊園の番地構造を理解して付近に到達後、さらに実際の墓石を見て探し当てるしかない。大戦中、対日・対独戦と両面戦を強いられたソ連に「日本は南進政策(なので対独戦に集中すべし)」という重要情報をもたらしたゾルゲは今でもロシアの英雄であり、墓は非常に綺麗。とは言っても国籍はロシア系のドイツ人でドイツ共産党から、という流れ。参拝者があったという戦勝記念日の後だったこともあって一際豪華な献花があり、それも明らかに周囲の日本的な献花とは違ったスタイルの薔薇! ローズ・リースなのがなかなかに洒落ている。大使の参拝前に大使館員が清掃して磨き上げたのか墓石もピカピカで金色の銘が映える。名前の下には内縁の「妻・石井花子」(89歳でH12没)の名も。その左横には「ゾルゲとその同志たち」との碑、右横には「戦争に反対し世界平和の為に生命を捧げた勇士ここに眠る」として略歴を記した碑があり、死後二十年(1964)を経て「ソ連邦英雄の称号をおくられる」で閉じられているが「戦争に反対し世界平和の為に生命を捧げた」かどうかはソ連のご都合主義で何だか微妙。多磨霊園は区画によっては高木のため薄暗い場所もあるが、このゾルゲの墓付近(17区)はそれもなくて開放感があって明るい雰囲気。

九州全線阿房列車(19)
1924中津着。中津といえば鳥の唐揚げが名物、さらには夕食時でもあるのだが、例の如く駅前付近には店はなく、暗いタクシープールしかない。その代わり、といっては何だが当地出身の有名人たる福沢諭吉の推しがあまりに強烈。駅前に諭吉像があるのは勿論、遠くに見える立体駐車場の上にも何やら光る諭吉像もあり、あまりの諭吉愛に卒倒。どこを見ても諭吉・諭吉でいささか食傷気味ではあるものの、KO愛ある方にはきっと愛校心をくすぐりまくるのだろうが、こちとらKO愛は皆無にて1946発(小倉ゆき)四両編成の乗ってそそくさと退散。中津~小倉間はすでに夜で車窓を楽しむこともできず、2057小倉着。今日はここまで。本日で「旅名人の九州満喫きっぷ」3日分を使い切ったことから、新しい切符を購入すべく駅窓口に立ち寄る。鹿児島では駅員の方の認知不足で切符を買うのにやや時間を要したが、こちらでは至ってスムース。購入したあとは駅至近の激安宿に投宿。さすが小倉は大都会にて駅付近は発展しているように見えるが、こちらもコロナ禍の時短により営業している店は少ないことに加え、駅前でさえも人数少ない。本日は14.5時間かけて480キロ走破。ちょうど旅の折り返し地点にあってちょっと疲労蓄積気味だが、明日の出立が比較的ゆっくりなのは好ましい。
【写真】写真が小さくて恐縮ながら写真中央にライトアップされた腕組みの立像が諭吉。そこまでやる?恐るべし。

九州全線阿房列車(18)
ここ由布院でも40分ほど待ち時間があり、駅付近を散策。雨は止んでいるが冷え込んでおり、駅付近には観光客向けの土産物店等しかなく、やむなく観光案内所2階の図書室で本を物色。そこでふと手にした、最終日に訪問予定の関門トンネル関連の書籍を見てみるが、その中に昭和28年6月の北九州豪雨の際、関門トンネルの門司側から濁流が滝のようにトンネル内に流れ込んでいる写真を発見して非常にビビる。由布院はあまりに観光地然としていて趣のある風情は一切なし。1605発(大分ゆき)に乗って1700大分着。前日に大分駅付近を物色して全く収穫がなかったため最初から諦めており、駅ビル内のSeattle’s Best Coffee+Cinnabonの喫茶店へ直行。無性にコーヒーとシナモンロールを欲したからだが、シナボンは暴力的な大きさ、かつ強烈に甘い。なんとか食べ終わると、その後は駅の土産物店等を物色したのちに小倉へ向けて1755発(中津ゆき)へ乗車。日豊本線の大動脈ながら二両編成とは渋い。車内にはこのあたりで働いているのかアジア系の方々多く、大分まで買い出しにきていた様子だが、ポリ袋の中には大量のファミチキ。あれだけファミチキを買ったらその店舗の在庫が払底しているはず。汽車内を見遣ると東京ではあまり見られないものが目立つ。まずは汽車内のゴミ箱。運転席裏にゴミ箱があってかなり利用されている。さらに意外なのは「床に座らないでください」というシール。体育座り(地域によっては三角座りとも)しているピクトグラムに駐車禁止標識が重なったマークが記されたシールがドア付近に必ず貼ってある。車内放送でも床に座るなという放送が延々と流れているのだが、これら啓蒙の効果なのかは不明だが実際に床に座る人を見たことは全く無し。
【写真】「床に座らないでください」マーク。車内放送も欠かさず、徹底マークされている。

九州全線阿房列車(17)
引き続き小雨混じりの曇天の中、車窓右手に見える山々には低い雲が混じってグレーな水墨画の世界。1300夜明(よあけ)着。なんだかとても雰囲気のある駅名だが、本来であればここから日田彦山線が分岐しているはずが、こちらも平成29年(2017年)7月九州北部豪雨によって被災。その結果、夜明~添田間が不通になっているのだが、反対側の添田には明日小倉経由で到達する予定にしている。そのまま乗り続けて1318日田(ひた)着。途中で降りる人多く、ここ日田まで到達したのはあれだけ乗っていたのになんと2人のみ。ここで1417発(由布院ゆき)に乗継ぐが1時間ほどあるために期待のランチへ。このあたりでは日田焼きそばが有名らしく予め目をつけた駅近くの「大学軒」へ行って焼きそば(卵付き)をオーダー。決め手はこのビジュアルだったのだが予想に違わぬ味。ソースまみれのようだが決して辛くはなく、五香粉の香りを微かに感ずる。玉子はソースにマイルドさを加えるが、焼きそばなので麺は焼かれており一部パリパリなのが香ばしい。そのせいかオープンキッチン風の調理場からジャーという炒める大音響。意外なのはサービスされたスープ。やや面を食らいつつも飲んでみれば明らかにとんこつラーメンのスープでこれも美味、こちらではチャーハンをオーダーしてもこんなスープが出てくるのだろうか。架線橋を渡って駅に戻るが、日田駅もなかなかにスタイリッシュ。頻繁にくる特急列車をみようと親子連れが多くきているが、駅舎も木を基調にした洒落たデザインになっていてなかなかお金が掛かっている。1417発(由布院ゆき)に乗るが、途中に天ヶ瀬等の温泉地をぬけて1523由布院着。天ヶ瀬温泉では一部デフォルトした廃屋のような旅館も。
【写真】大学軒の日田焼きそば。ニラ・もやし中心でシブいのだが、店舗も実にシブい。

【濁川温泉(北海道茅部郡森町)】
その2
ここの温泉の渋さは浴室の床や風情だけに止まらない。室内の内湯だけの温泉ながら、なんだか明るく開放感があるのは、その天井に秘密あり。そう、この湯場の天井は意図せずにサンルーフ! そのサンルーフ周囲からの想像であるが、この湯場の屋根は本来木製だったがその天井の頭頂部がまずは朽ち落ち、それを補修するために透明の樹脂製波板を貼ったと思われるが、透明の波板を貼って補修したところにセンスが光る。これで耐久性は維持され雨が浴室に入り込んでくることもない。樹脂の材質と強度は不明だが、この地方特有の積雪に耐えられるのだろうかとやや不安ではあるものの、頻繁に手入れしているようにも見えないことから問題はない(なかった)のだろう。温泉環境自体がレトロで素晴らしいのは良いことなのだが、悩ましいのは入浴中に温泉に集中できないこと。「ついに来た!」という気分の高揚もさることながら、浴場床の析出物や天井、そして周囲の構造に目が行ってしまって、目からの余計な情報入力があまりにも多いため雑念を取り払うことができず、結果、温泉自体の印象が薄くなってしまうのは残念。なお「ついに来た!」と思わせるのはその立地条件からくるアクセスの困難さだけではなく、「入浴に訪れても旅館の方がなかなか出てこない」という事前情報を得ていたため。以前は耳が遠いご婦人が爆音でTVを見ながら番をされていたようだが、今ではインターフォンが設置され、それでもNGならこの番号に電話すべしとの情報社会ならでは(?)の表示がある。当方の場合はインターフォン一発で全く難なくアクセスできたが、ここら辺の入浴までの困難さ?も入浴できた時の達成感を盛り上げるのに一役買うスパイスになっている様子。一方で、この旅館への車でのアクセスは容易。国道五号には大きな看板が出ており、そこから入り込んでも要所要所には看板が出ているため、ナビなどなくても到達可能。この看板への投資と旅館建物への投資のなさ、とメリハリが効いている。なお、この温泉浴室を外から確認するに、建物自体が一段低いところに設置されているのがわかるが、これは良い温泉にある普遍的な傾向。(完)

玉肌日記インデクス(地域別温泉リスト)

①北海道 ②東北 ③関東 ④中部 ⑤近畿 ⑥中国・四国 ⑦九州・その他