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Side Steps' Today

裏版Side Steps' Today

さかのぼること十数年前に弘前に車で訪れ、市内をなんとなく走っていた時に思わず目にした際のインパクトは凄まじく、思わず昭和の幻影をみたかのごとく二度見したほど。今でも残っているのだろうかと下調べもせずに念願叶って再訪したのだが、まだそこにあった!弘前といえば城でも桜でもなく、圧倒的な印象はこの中央弘前駅の駅舎にある。地方のローカル線が廃線となるなか、これが残っていることは奇跡的であるように思われる。弘南鉄道は弘南線と大鰐線の2路線のみで弘南線の弘前駅はJR弘前駅に隣接しているが、大鰐線は街中のココ中央弘前が始発。大鰐線は1時間に1本程度の運転だが、訪問時にたまたま電車が出発するところに遭遇! すると、なんだかみたことにある銀色地に赤のラインの入った電車が…。思い出すだにこれまで東急で走っていた電車である。駅は開業当時の1952年から70年間変わらないように見えるが、これが残っているというのが素晴らしい。駅舎からホームまでの間は「ビニールハウスの骨組みのみ」といった風のアーケード状のもので繋がっているのだが、屋根たるビニール部分は吹っ飛んでしまったのだろうか。駅の中は「弘前れんが倉庫美術館」に抜けるための自由通路になっており、その通路からホームも見学できるがホーム屋根は木製。そこにつけられた「行き先掲示板」がなんともレトロで良い味出まくりなのだが、あまりにレトロすぎて行き先がよく見えず。よく見れば「かいそく、大鰐ゆき、中央弘前ゆき、まもなくきます」という4択であって、ここ中央弘前駅では不要の表示も…。かいそく(快速)もあるのか?という風(2006年まで平日朝のみあった模様)だが、駅舎に戻れば広告に混じって「ねぶた絵」もあり、観光誘致にも積極的な企画を行っている様子ながらもこの渋さだけで十分に魅力的。不思議に「東北にきたな~」と改めて実感。

金剛石(カレー/大阪・瓦屋町)
カレーを食しに難波から徒歩で向かうも、歩いてふと周囲を見回せば韓国・中国語の看板多く、どこかアジアの異国に紛れ込んでしまった感覚に陥る。実際に看板だけでなくて韓国・中国語も会話の中にちらほら聞こえてきており、その話し手は明らかに観光客でないことから、難波の繁華街もちょっと外れればこのようなエリアが存在することを初めて知る(後で聞くにここら辺はかつて「南地」と言われた色街跡だった)。また、東京では最近ほとんど絶滅にてお目にかかることもない暴走族も、大阪では引き続き生息している様子。イルミネーションが輝く華やかな御堂筋に吸い寄せられる蛾のごとき暴走族を久々に見る(御堂筋沿いに宿泊したが、真夜中を通じて10数回の爆音の襲撃を受ける)。さすがこの手の筋は「やんちゃ」と形容され、そして許容される大阪ならでは(警察のフォロー等は一切見られないのもある意味で潔い)。タウンウォッチをかねて難波から徒歩で訪問するも、所要は20分程度だが客は当方のみ。メニューは定食堂と謳うだけあって、カレーか普通の定食の二択。当然こちとらカレーの選択だが、今日のカレーは鯖(サバ)かチキンの南インド風カレー。ライスの量、あいがけの組み合わせでプラシングが精緻に決まる仕組みだが、あいがけ(鯖とチキンの半々)のバスマティライスを選択して供されたのがコチラ(写真)。右が鯖で左がチキン。ライスの上に乗っているのは「ホタルイカ?」とも思ったが食しても結局なにか分からず。見れば柘榴(ザクロ)の実もあったりでまるで闇鍋感覚なのだが、双方の味を試したのちに思い切って混ぜてみるとなんとも奥深い複雑な味。インドのカオス(混沌)を体感。スパイス感は十分ながら決して粉っぽさはない。中には葉っぱの原型を留めたスパイスがあるが、「この葉はこんな味なんだ~」と成分分析しながら食する。鯖は鯖の脂感が十分な一方、チキンは意外にドライ。店内はL字のカウンタのみだが、新参者の礼儀として最も隅っこに着席するも後頭部上にはスピーカーがあり、カレー食事中に流れるのはオザキ(尾崎豊)、しかも銘曲「15の夜」。「盗んだバイクで走り出す…」というサビが、昨晩何度も急襲された暴走族の爆音とカレー効果も相俟ってシナプス的結合を果たす。

ピンネシリ温泉(北海道枝幸郡中頓別町)
ピンネシリ岳の登山口にある温泉。ピンネシリは「敏音知」と書くが、アイヌ語で「男の山」の意。その意が一般的であることから北海道には同じ名前の山がいくつかある。アイヌの語感、音の響きがなんとも良いが、実際にここへ向けて国道275号を進むと頂上部分が冠雪したなかなか佇まいの良い山が見えてくる。一方でこの275号、日中なのに同行車・対向車ともにほとんどなくて国道感は皆無。この先に中頓別・浜頓別とあり、かつては天北線なる鉄道(音威子府ー南稚内)が運行されていたが1989年に廃止されている。その際にはここにも敏音知駅があり、列車が停車していた…。そんなうら寂しさ満点の環境ながら、温泉施設の前には結構な数の駐車があり、どうみても温泉施設しか行き場のない状況から推察するに、温泉はかなりの盛況が予想されたが実際に入ってみると入浴者は数人。あとの人はどこに行ったのか? この手の不思議な感覚は北海道には常にある…。施設は温泉以外は営業中なのかどうなのか不明なかなり寂しい状態だが、温泉部分は絶賛営業中。非常に印象的である湯の色は薄い赤茶。おそらく温度調整されており、入浴温度は非常に適温状態で管理されている。温泉自体は飲泉には適さず、循環使用しているように思われるほど、ある意味で管理が効いている。温泉中に湧出物はみあたらず、また、浴室自体にも析出物たるものは一切なし。温泉浴槽以外にもサウナや水風呂さらにはサラ湯浴槽(温泉ではない沸かし湯)もあり、地元民にはサウナが好評なる様子で、浴室内では温泉浴槽人口よりもサウナ人口の方が多い。泉質はナトリウム・マグネシウムー炭酸水素塩・塩化物泉で無味無臭。その色の赤茶色のわりにはほとんどクセを感じさせない湯で、長距離爆走ドライブのあとには非常に快適。

玉肌日記インデクス(地域別温泉リスト)

①北海道 ②東北 ③関東 ④中部 ⑤近畿 ⑥中国・四国 ⑦九州・その他

オモサン(表参道)になぜかギター・ベースメーカーたるフェンダー(Fender)が出店したと聞いて早速訪問。場所はオモサン交差点を竹下通りや原宿警察、東郷神社方面にいった明治通りに進んだところだが、場所柄、たどり着くまでが常に発狂的混雑状況。おそらく前はファストファッションのH&Mだった建物の記憶だが、正面にはしっかり「Fender」とのロゴ。シースルーなビルなので遠目からも楽器店であることがわかるが、なんとドアマンがいる!そんな高級ブランドだっけ?(失礼)と思って入ると白を基調とした店内だが、圧縮陳列な本邦の楽器店対比でかなりスペーシー。楽器は壁に下げられており、1階がギター、ベースは2階、最上階たる3回はカスタムショップ。地下1階もあり、コーヒーショップもあるようだが、まったく気がつかずにスルーし、結局地上階しか見なかったが、圧倒的に陳列物が少ない。ベースに至って2階のほんの一部であっても十数本程度か。試奏もでき、ソファーに座ってヘッドフォンで行うので、いつも気になる他人の試奏音も聞こえてこなくて精神衛生上なかなかに良い。3階のカスタムショップは中には入れないようで実質3フロアだけなので、圧倒的な物足りない感。各フロア間の階段にはフェンダーユーザーの写真がズラリと貼られているが、そのほとんどはオジさんには誰だか分からず、認識率5%程度にて浦島太郎状態。フェンダー・ベースのユーザーで代表的なイメージはジャコやマーカスだが、エンドースメントがないのだろうか、それらの写真は一切なし。楽器も彼らが使用していたもの等展示されているのかと期待したが、ショップなので博物館的な要素は一切なくて新品のみでショールーム。ただここで楽器買う人っているのかしらん。まあ、そういえば当方もこれまでにフェンダー製の楽器を所有したことはなく、常にフェンダータイプという亜流を使用してきた。高校時代からも「お前のフェンダーって日本?」的な雰囲気あり、フェンダー・ジャパンはダサくてやっぱりUSAだよね的な拝米主義がすでに横行していたが、その実、学生なんぞでは誰もUSAを所有していないというのが実情だった。どうせなんだったら、フェンダーのパチもんである「Tender 」(ロゴではTが限りなくFに近い)とか「Fendre」 (フランス語?FENDI?)、そしてMadshell (<マーシャルのパチもん)みたいなちょっと笑えるコピー製品を集めたミュージアムの方が、お金払ってでも絶対行くのに…。

坂本龍一氏が旅立たれてはや数ヶ月。突然、思い出したことが…。過去に坂本龍一氏からメールをいただいたことがありました。正確にはEメールの転送なのですが、その証拠を探そうと思って長期間放置していたWin98のノートPCを稼働させようとするも電源が入らず、HDDを抜いて中身を探そうとするもHDDは駆動せず、万策尽きたので以下は記憶です。90年代半ばから2000年代初頭、当時は大学の先輩Eさん(鍵盤)とバンドをやっていました(これは現在休止中)。そのバンドの(記憶では東京・赤坂での)ライブ映像をEさんが坂本氏に見せたところ、その感想をメールでいただき、それが転送されて当方の元に来たというものです。メール本文は2行程度のバンド全体の演奏に対するコメントが書かれたのち、最後に「ベースの演奏能力が高いですね」とあったため、「褒められているよ」とEさんが転送してくれたのです。当時、そのメールを(たしか会社で)読んだ時にまず、「ベースの演奏能力が高いですね」の解釈(ついつい裏読みしてしまう悪い癖が…)として「演奏能力は高いかもしれないが音楽的にはちょっとね…」と言外に言われているのだとなぜか直観的に感じたのでした。なんだか勝手に当時は「素直になれなくて(Hard to Say I’m Sorry)」(by Chicago)だったのです。次に気になったのは、その署名(メール最後に付される名前やメールアドレス、電話番号等の情報)がとても簡素であまり芸術的でなかったこと(大変失礼)。確かにRyuichi Sakamoto(英語だったと記憶)って書いてあるけど、これって本人のメール?とも大変失礼ながら思ったものでした。Eさんは坂本氏のラジオ番組常連で完全に面識があるので、間違いなく本物であること疑いなしなのですが…。この2点が強く記憶に残っています。今にして思えば、良き言葉を贈っていただいたと思います(裏読み的な勝手解釈を含め)。これからも技術だけでなく音楽性を高めて大切に演奏していきたいと思います。ありがとうございました。あらためて合掌。
 
Merry Christmas Mr. Lawrence / Ryuichi Sakamoto - From Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022

九州全線阿房列車(33)
1340発(折尾ゆき)で1357西小倉着にて、ここから徒歩で小倉城隣の松本清張記念館。小康状態からまた雪が降り出してグレーな雰囲気、さらに門司港のクラシックで昭和な雰囲気が「日本の黒い霧」的で松本清張にピッタリ。記念館は北九州市立でなかなか立派。展示物も興味あったが、上映コーナーでの「日本の黒い霧ー遥かな照射」(上映時間80分)がちょうどスタートした時刻、観客は当方だけで白黒映写に見入る。おそらく館内での見学者は当方だけだったようで、上映途中でも警備員が「大丈夫か、倒れてやしないか」と確認しにくるも80分全て見終えて館内を一周して退出。昭和史発掘(全13巻)を読んだのは学生時代だったが再読する気分タップリにて、次はこれも昭和な香りの旦過(たんが)市場へ。程近くにある市場だがこちらも生活感十分でなかなかにシブい。目的なく市場内を見遣った後に小倉駅へ。もう1600過ぎだが博多から空港へ戻れば夜の帰京便に間に合う。本日は12時間で204キロ踏破となったが、途中徒歩が相応にあった。最後に今回のパフォーマンス計測。キップ(旅名人の九州満喫きっぷ)のパフォーマンス計測では、乗車距離は2419キロで本来なら53,790円のコストだが実際には22,000円であってリカバリー(回収率)は244.5%。北海道は268%リカバリーだったが特急も乗車可だったので、それを割り引いても十分なリカバリーとは言えるものの、実際の乗車は結構過酷だった…。今度は景色の見える日中だけの乗車にしよう。踏破率はJR九州の営業キロ1984.1キロ(除く新幹線)のうち1967.5キロ乗車にて99.2%。(完)
【写真】松本清張記念館の外観。「見とるぞ、見とるぞ、因果応報っ!」(by みうらじゅん)

九州全線阿房列車(32)
人道口の門司側には神社があるが「海洋散骨 ー 生存予約受付中」とある。確かに雰囲気のよい場所であって、ここを希望する人がいるのもなんだか納得。往路でランチを検討した船員食堂風の店舗の中でラーメン店をチョイス。極寒でエネルギーを燃焼し尽くしてガソリン切れのために気分は完全にラーメン炒飯であったが、望み通りのセットがあってオーダー、そして当然に美味。驚くべくはセルフ会計。食後にお金を勝手に置いていくのだが、お釣りも準備されている。お金をおかずにお釣りだけ持っていってしまうような悪人はいないのだろう。雪は小康状態の中、かつて来た門司港ホテルやその付近のお洒落なベイエリアを軽く見たあと、駅付近にある九州鉄道記念館へ。鉄道に興味のあった小学生時代以降、知識がまったくアップデートされていないが、当時の知識で十分対応できるレトロな内容多くてなかなか面白し。入口にある関門トンネル用ステンレス仕様の電気機関車EF30もあって懐かしく、これに吸い寄せられて思わず入館。本館は趣のある煉瓦造りの建物だが、これは旧九州鉄道本社屋。小規模な展示ながら屋内は懐かしい内容ばかり。一方で屋外に静態保存されている581系電車夜行の「月光」等、当時の列車は旅情タップリかつセンス抜群の名称だった…。見終えて門司港駅に戻ると、なんとちょうど列車が出発したところ。始発駅なので頻繁なダイヤかと思っていたが、30分に1本と意外なほどローカルで衝撃を受けたが、やむを得ず駅構内のスタバでコーヒー。レトロな駅舎内にあるだけにとても雰囲気良し。
【写真】レトロ感十分な「もじこう」ホーム。ひらがなの「もじこう」がいい味。「じも」(右から読む)という駅名表示版も。

九州全線阿房列車(31)
予めエレベータで地下に降りたためトンネル自体にはそれほどアップダウンを感じないが、海中トンネルということもあって万一の事態、つまり「海水ドバー」という事態をどうしても想定してしまうが、その不安がないほどにトンネルを行き交う人が結構いて意外。ここまで歩いてくるまで人なんてほとんどいなかったのに…。そのほとんどは観光客というよりも地元のご老人。トンネル内は暖かいし、歩きやすいということで格好の健康ウォーキング・スポットになっている模様。気になるこのトンネルの構造が図解されており、円形の断面のうち上半分(時計で9時~3時部分)が車道になっており、下半分の5時~7時が歩道(今いる場所)、それ以外は通気道(絵では「新鮮な空気を送るスペース」)になっている。驚異的なのはこの関門トンネルは1937(S12)年に計画され、戦争による中断はあったものの1958(S33)年に完成したということ。なお、鉄道の関門トンネルは1942(S17)年に単線ながら戦時中でも運転開始されている。当時の建造技術として凄いことではないか。なおトンネル途中にはいくつかSOSボタンがあり、緊急の際は連絡できるのが心強い、すぐ来てくれるかは相当疑問ではあるが…。トンネル内は徒歩(無料)に加えて自転車やバイク(200円)も通行可だが、運転での通行は不可にて押して歩かねばならない。10分ほどで対岸下関側に到着、同じくエレベータで地上に上がるが引き続き雪が降りしきる中、関門橋も烟(けぶ)っており寒いのでさっさとUターン、再び歩いて福岡県側に戻る。トンネル内のウォーキングで体が温まったせいか往路と違ってトンネルを出た帰路は遭難感なく軽快。
【写真】関門トンネル(人道)の海底における福岡県・山口県県境。

神戸チキンジョージでのライブは盛況に終了しました。お越しくださったお客さま、ありがとうございました。おかげさまで超満員の中、楽しく演奏することができました。さすが名の通ったライブハウスということもあって演奏環境はバッチリ、これまで演ってきた六本木PITINNや吉祥寺シルバーエレファント等の経験則から見れば「ライブハウスの格とPAの良さは比例する」(E氏名言)のであります。その中、なぜか耳栓の続報…。新調して臨んだのですが、他バンドのリハ中に付けて効果を確認したまでは良かったが、いざ外そうと思うと外れない! 耳の口径に対してカナル型耳栓のサイズがやや小さいのか、外そうとして耳栓をつまみ出そうとすると巧くつまめず、逆に奥に押し込んでしまってプチ・パニック! 他人にピンセット等でとってもらう方法もありますが、ピンセットなんてライブハウスにはなく、あってラジオペンチ。最悪、耳に虫が入った小学生がごとく神戸で耳鼻科に担ぎ込まれる自分を思わず想像しました。ひとり四苦八苦しているとなんとか取ることができたのですが、本当に焦った~。というわけで本番は耳栓無し。ベースアンプはここも!Ampegにてブリブリ系。それと相俟ってモニターにもこれでもかという程にベースが爆音で返ってました。ライブハウスの格とPAの良さは比例する」(E氏名言)に加えて、「よいライブハウスはロー(低音)が綺麗にでる」(当方の格言)。ライブハウスなのでボディソニック的なローを出すライブハウスもありますがそれは音圧でしかないことが多い。ローでピッチが綺麗に聴こえるライブハウスはとても少ないです。録音も聞きましたが客席でのバランスもよく、特にホーンセクションは素晴らしい内容。残念ながら来場できなかった方は以下でどうぞ。
 
Adria  松岡直也カバー Performed by Pino Colina at Kobe Chicken George 2023年6月10日

九州全線阿房列車(30)
1003赤間をでると窓の外にはなにやら白いものが…雪が降っている! 昨夜から異様に寒いのも道理にて納得だが雪は止むことなく益々降り積む中、1100門司港着。門司港駅の吹き晒しのホームでは雪が渦を巻いているが、この門司港を最後にもってきたのは理由がある。それは関門海峡を歩いて渡ること。関門海峡には歩道専用のトンネルがあり、歩いて下関側に行くことができる。クラシックで良い雰囲気の門司港駅はあとで見るとして、まずはそのトンネルまで歩く。予めGoogleマップで所要時間を確認したが6分とのことで油断して歩き出すも、間違って見ていたのは車での所要時間6分であって徒歩だと30分かかる…。降りしきる雪の中で遭難しそうになるが、関門橋(高速自動車道)を見上げながら海岸線を進むと関門トンネル人道入口が見えてくる。てっきり地上にポッカリと入口が開いている構造を想像していたが、まずはエレベーターで地下まで下る。ステンレス製かつ自転車・バイクも収容可能な無骨なエレベータに乗って相当降るとそこはトンネル入口。あまりの無骨さでこちとら炭鉱夫になった気分なのだが、降りてみれば教室程度の広場があり、その先にトンネルが真っ直ぐ下関側まで続いている。トンネルは海面から58mの深さ(個人的には海面からの距離でなくて海底からの距離の方が重要と思うのだが…)にあるが、携帯電波は3Gながら受信OK。国道2号線(山陽道)の表示もあって門司から下関まで780mの距離だが、トンネル途中に福岡県と山口県の県境も。
【写真】対岸の下関側の関門トンネル人道入口。向こうに見えるのは関門橋(高速自動車道)。