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Side Steps' Today

裏版Side Steps' Today


1997年11月30日の吉祥寺シルバーエレファントでのライブ映像。「Out-And-Out」の収録曲ですが、ライブでの演奏頻度は高くないものの、実は「隠れた名曲」との呼び声高いのがコレ。98年にMuseaから発売されたコンピレーションCD「Le Meilleur Du Rock Progressif Japonais」(仏和訳「日本のプログレッシブロックの概要」)には、Side Stepsを代表する1曲としてこの曲が収録されています。選曲はMusea側で当時はその意図がよく分からなかったのですが、今思えば全くの慧眼でした。このライブは「Out-And-Out」発売記念ライブということで、晴れてこの曲もライブ演奏をしていますが、実際には諸事情でライブ当日にCD発売は間に合わないというハプニングも(笑。しかし、この曲はCDで聴くのとライブを観るのとでは最も違いが分かる曲。というのも、ベースが全編でタッピングにてコードを弾いているのです。イントロからシンセのように聞こえるは全てベースです。なぜこのアレンジになったのか今をもって全く不明ですが、EWIブレスコントローラーを吹くキーボードがベンド等で両手を使えるようにするため?だったのか…。さらにはドラムレス。電子パッドにてパーカッション音色を叩くという具合で、Side Stepsの曲の中ではかなり異色な存在です。そのなかでサラリとはいる2-3クラーベ。思わずラテン・リズムが入るというのはSide Stepsの特徴の一つでもあります。通常の演奏との差分が大きかったためか、もしくは他の曲とのダイナミクスの落差が大きかったためか、曲が終わってもお客さまからの拍手は皆無…。お客さまは皆、拍手のタイミングを逸して呆然としている状態にて、この曲のスゴさが際立ちます(笑。このライブ、映像をよく見ると珍しくも衣装コーディネートがされており、右2名が赤、左2名が黄色。しかも光沢から識別するに長袖コーデュロイ・シャツを着ていますが、全く記憶なし。服はタンスの奥にもありません。きっと同時に調達したものとおもいますが、11月とはいえ、室内で演奏するにはあまりに暑すぎる衣装なのが気になります。さらに赤の衣装は意図せずYMO(共産アカ)に錯覚します(人民服ではありませんが)。

Go together

最近、サーフィンを始めたので(嘘)オッシュマンズ原宿に行くがかつての場所から移転しており、見てみればフェンダーの隣。ということでオッシュマンズのついでに再訪(失礼)。オープニング記念だったのか、かつて居たドアマンはさっそく廃止された模様でドアは開放。店内のスペーシーな展示は変わらずだが、前回対比ではちょっとベースが増えたような錯覚?あり。ベーシストから強力なクレームがあったのだろうか。まずは前回見逃した3階のカスタムショップへ。前回は扉が閉じられており、閉鎖的かつ特別感な雰囲気たっぷりだったが今回は開放されているものの執事のような警備員が…。恐る恐る「入ってよろしいでしょうか」と確認して入るが、ベースコーナーは最奥。ここら辺にもベースの世間的立ち位置が見て取れるが、こちらにはお高い楽器がズラリ。レリック(使い古し)加工の楽器もあってよろしいが、これは至近で見ると一目で「新品なレリック」(形容矛盾)とわかるもの。ダメージ部分の上からクリア塗装が掛かっている…。しかし最大の衝撃は地下にある自撮りコーナー。前回、華麗にスルーしてしまった地下階にはアコギとカフェがあるのだが、その手前に恐怖の場所は存在する。ちょうど4名の家族連れが次々に撮影をしていたが、ここではギターが置いてあり、それを実際にかけて撮影ができるのだが、ソロ客でもできるようご丁寧なスマホ台がある。今「ストラト推し」な模様で、ギターはサンバースト3Sの典型的ストラト。それを担いでポーズをとってパシャリという具合なのだが、まさにメンタル、そして自我が試される。が、ワタクシにすれば「公開処刑台」に近い内容。強制的に「ここにたったひとりで立たされ、ギターを持たされ、30秒スマフォの前で笑顔でいろ」とやられたら、3秒も持たずに自我が崩壊する絶対の自信がある。こちとらメンタル強くないもので…。観光地にある顔だけ出す写真スポット「顔出しパネル」でも十分良さそうなものだが、モノホン・ギターをあえて用意するのがさすがフェンダー、真骨頂である。ギター(楽器)もファッションの一部なのである。
 
【写真】カスタムショップのベース群
 

魚又(うに月見丼・あわび丼/唐津市)
たまたま佐賀への訪問機会があり、ここぞとばかりに訪問。この店を発見した経緯はなんとも不思議なもので、大西巨人の妻・大西美智子著『大西巨人と六十五年』に、「新婚旅行は汐湯温泉」という記述を発見。九州にそんな温泉あったかな?と思ってGoogleマップで調査するに唐津にあることを発見。虹の松原の東端にあるのだが、そのマップ上になぜか飲食店たる同店がポップアップされており、温泉よりも「あわび丼」の方に目がいってしまったという具合。訪問を画策していたところ思わず予想だにせぬ早さで実現したが、佐賀は本当に素晴らしい。佐賀空港からも福岡空港からも唐津はほぼ当距離ながら、佐賀空港は予約、航空機、空港、レンタカーとすべてがまったく空いていて素晴らしい(チョット心配になるくらい…)。2021年に空港ターミナルが改築されており、エラくお洒落になっている! 佐賀についてまずは向かったのが同店。ちょうど到着=開店時間という素晴らしいマッチングだが、暖簾を出す店主から「ウニ・あわびしかないですけど…」と機先を制されるが「それを食べに来たんです…」と。奥のテーブルに案内されるが、店内はあまり広くなくなかなか年季が入っている。食事後に判明したが特にトイレが実にシブい。想像だが昭和中期の作とみた。店内には「海水温上昇といった自然要因や国外需要の高まりでとくにウニの価格が高騰しており、やむを得ず値上げしました」というディスクレーマー的な貼り紙があちこちに貼ってあるが、確かにメニューを見るとなかなかにお高い値段ながら、ここまで来て食せずにおめおめと帰れるかとオーダー。ウニ・あわび・イクラの三色ともすることができるが、個人的にイクラはあまりkeenでないため敢えて回避して、ウニとあわびの二色丼。この後のスケジュールで予想される飽食の可能性も考慮して小さめのサイズとしたのですぐ完食。このタレをかけよ、というのを聞き損じて食べ進むも、当然ながら圧倒的にタレをかけた方が美味。ウニは当然生だが、あわびは軽く煮てあって柔らかい。開店間も無く満席になったが、他の客が店主に「生のあわび丼はないか」と聞くも、店主曰く「生だと硬くて噛みきれない」とのこと。あわびの刺身を考えればそりゃそうだ、とこちとら納得。

Side Stepsバンド内では通称「VOS(ボス)」と呼ばれるこの曲、既出「Latin’07」「Another Encounter」「Broken Wave」と同じ、2007年3月17日吉祥寺シルバーエレファントでのライブ映像になります。オリジナル盤のVOS(Valkyrie of Sorrows)は自主制作盤「Against the Wave」収録、ライブではドラムソロ等のアレンジを若干変えながら、これまで幾度となく演奏してきました。この曲はギターとベースのユニゾンが多いため、最初のピアノソロ部分ではギター、ベースともに(それを聞かずに)一心不乱にチューニングしているのに注目です(笑。SSでは譜面上でソロパートによく「Battle」と書かれていることが多いのですが、テンポアップした(ように聞こえる)中間部にまさに各楽器のバトルがごとく、アドリブソロ回しが行われます。野暮を承知の上で曲の詳細を解説しますが、この曲ではメトリック・モジュレーションという手法が使われています。メトリック・モジュレーションとは元の楽曲のテンポを変えることなく、別のテンポへ切り替わったように聴かせる、あるいは前後のテンポに関連性を持たせた上でテンポ・チェンジすること。VOSでは曲の前半と後半はゆっくり、中間部がテンポアップしたように聞こえますが、中間部の2拍3連の音価が前後半の1拍の音価に等しくなっている…と思われます(恐らく…多分…笑)。2拍3連も自体もSSでは非常にポピュラーですが、一般的にはそれさえマニアック?なようにも思います。SSでは練習でクリックを鳴らして練習することが多く、それはいつも脳天に刺さる音かつバンド音量以上の大音量(でないと聞こえない)なのですが、この曲ではドラム府川氏がテンポの違うソング・クリックを2つ用意。それを手動で切り替え操作してテンポチェンジしながら曲を練習していた記憶があります。前半テンポA→中間部テンポB→後半テンポAとそれぞれ切り替える瞬間にいつもドラムがどうしても一瞬止まるのですが、その止まり具合も体が覚えてしまいました…さすがにライブ本番では止まることはありません。このようにトリッキーなのは演奏している本人達も同様でありまして、今回の伊東氏による映像編集では演奏者の手元だけでなく、時折みせるちょっとした表情もフォーカスされています。とても良い感じに仕上がっていますと思いますので、ぜひその点も注目してお楽しみください。

SideSteps ALIVE3 Valkyrie of Sorrows

光風温泉(青森県つがる市)
車の整備工場が運営している温泉があると聞いて訪問。たしかに光風商会なるダイハツのディーラー・整備工場が運営しており、その駐車場の片隅に温泉が存在する。淡いグリーンの建物に光風温泉と書かれているのだが、その建物自体が整備工場に溶け込んでおり、パッと見では見逃し必至な状況。どこまでが整備工場の駐車場なのか不明な中、温泉側に駐車して早速入浴。300円を温泉の方に払って入浴(ちなみに1度はらえば1日に何回でも入浴OKという寛大さ!)するのだが、男女湯の間にいきなり「陸軍大将の服」が陳列。その唐突さに悶々としながら入浴するも熱い!泉温49.7℃とあり、源泉が直下にあるのか熱い湯がそのまま注がれている。泉質はナトリウム・塩化物・炭酸水素塩泉でpH7.7。鹹味(塩味)強く、湯は黄色。タイプとしては同じ青森の日本海側にある不老不死温泉に近い。湯量が豊富なのだろう、カランも温泉なのが素晴らしいが昼間なのになかなかに盛況で入浴者は意外に多い。浴槽は2槽になっているが、片方は熱くて入れず。さらには浴室自体もその熱気で軽いサウナ状態になっている。訪問したのは11月で当然雪もない時期、さらには季節ハズレの暖かさであったのだが、これがもっと寒い時期であったら、訪問自体が困難になるもののもっと温泉自体の有り難さが分かろうか、というもの。入浴後に脱衣場で涼んでいると、壁には「車検1台につき入浴券10枚、新車購入につき入浴券20枚プレゼント!」という掲示も。車検で10枚、新車購入20枚というRV(レラティブ・バリュー)に違和感を感じたが、直観的には車検10枚なら新車100枚程度か。浴後に帰ろうとすると温泉の方に「東京からですか?」と呼び止められてドキとするが、「車が品川ナンバーだったから」とのこと。さすがに自動車整備工場運営の温泉だけあって目の付け所が違うが、確かにダイハツではない怪しい車が入ってきたらそれは目立つかもしれない。そして「ちょっと待ってて」と言われてリンゴを頂戴する。格安で温泉に入れてさらにリンゴも頂いては大変申し訳ないのだが、ありがたく頂戴して帰京後に早速食したが美味。温泉に劣らず人情も暖かい。
 
 

玉肌日記インデクス(地域別温泉リスト)

①北海道 ②東北 ③関東 ④中部 ⑤近畿 ⑥中国・四国 ⑦九州・その他

 

浮気しすぎだろ!とお叱りの声が聞こえてきそうな第6弾…。かなり前から気になっていた上物をウェブで発見し、たまたまの外出ついでに立ち寄って確認。FenderのマスタービルダーであるJason Davisが独立して立ち上げたDavis Custom Guitarのベースの中古が2本。ここ十数年で片手ほどしか見たことのない非常に市場流通量の少ない楽器なので、ここぞとばかりに早速試奏。際立った特徴としてJM(Jazz Master)スタイルでレリック(使い古し)加工バリバリなこと。ペグも黄色はパドルペグ。全般的に木材の鳴りをかなり意識した造りになっていて、ボディはカーブが少なく板をできるだけ残した構造。さらにネックにはナローで低いフレットが打たれておりナットは牛骨、指板はブラリジアンローズウッドにクリア塗装がテラテラでRキツめ。例に漏れず基本的に弦高は高めで、黄色はまだ下がるがサンバーストはほとんど下がらない状態にある。楽器屋で「弦高はこれ以上下がらないですね…」というと、これも例に漏れず商品知識が豊富と思しき店員氏は楽器コンディションが悪いと暗に言われたと思うようで「高くしてよく鳴らす想定の楽器」と反論するが、弦高はシムでもかませばいくらでも上げられる一方で下げるのはなかなか難しく、またベースに限らず楽器は体育会系が如く強くブンブン弾けば鳴るというわけでもなく楽器の柔軟性の問題であるから、知識や経験が露呈するだけだから言わない方が良いのに…と意地悪オジさんは嘆息。弾いて感じるのは5弦(B線)のテンションバランスがとても悪く、思わずハーモニクスでチューニングを確認してしまうほどデロデロ。またPUもフロント単体では使えないほどブーミー。一方でコントロールに特徴があって、バランサーが後ろ、トーンが手前の構成になっていることに加え、2連の下のトーン・リングがとてもスムースに調整できるのが良く、コントロール周りはプレイヤビリティーがよく考慮されている。PUはパッシブでノイズもなく、トーンをフルにすると意外にアクティブとは違った感じだが良いトレブルも出る。ヘッドが4-1で小さい構造のためかバランス良く、ヘッド落ちもなし。ただ弾いているとA線の10ft付近にデッドポイントを感ずる。価格は税込A十万円で衝撃的に十分お高いが、この試奏直後にサンバースト、そして数日後に黄色が売却された様子。たしかに投資としては良いかもしれないが…世の中にはお金持ちが多いことを痛感、そして嘆息。
 
【過去の浮気遍歴リスト】
第1弾 ROSCOE 6strings
第5弾 Ibanez EHB1506MS その1     その2

12)0347付近
11の続き、今度は井上鑑さんと。レコーディング終了後のショットとはいえ、緊張が継続中なのか、体調激悪の中の録音が終了した安堵からなのか表情にも笑顔なく、直立不動状態…。
 
13)0402付近
日経紙面等に載る宣材撮影時のもの。田園調布でのスタジオ撮影。田村さん以外は私服だが、注目はその足元。皆が健康サンダル(別名・便所サンダル)を履いているのが妙に哀愁。
 
14)0423付近
優勝翌年、2010年にゲスト出演した東京フォーラムでの東京地区予選会での撮影。衣装にも統一感なく、気楽な感じが満載…。見えないが、ワタクシが来ているTシャツにはなぜか「CAT POWER」の文字(猫のチカラ?)。
 
15)0429付近
本アルバム収録時のドラムショット。鏡に映ったものを撮影しているので左右が逆になっているだけで、サウスポーなドラムではない。スネアサウンドもミュートもそうだが、バスドラも表のヘッドを外してマイクを複数いれており、オープンなサウンドを志向。タム系のマイク(MD、通称クジラ)は勝手に動くことを防止するためにガムテにて固定。さらに一般のスタジオで録音したので、コントロールルームもあるはずなく、録音しては音を確認してマイク調整という超効率の悪い(だが廉価な)録音をしていた。
 
16)0448付近
09年渋谷オンエアでの東京予選会の本番写真。普段とは違った並び順にてやや違和感があるが、今から思えば、いつものように衣装系には全く無頓着すぎて逆に「潔さ」さえ感ずる。結果、特別賞を受賞。そして本選へ進出して優勝となる。
 
17)0503付近
埼玉の山奥での恐怖のカンヅメ夏合宿の貴重なショット。この猛練習の後、写真3)にあるレコーディングに突入したのだが、あまりに練習をしすぎて腱鞘炎や血豆が乱発する結果となり、治療をしながら練習していた記憶が…。練習をしないのが一番の治療なのだが。もう一つだけ記憶に鮮明なのは、なぜか雨の日に皆、練習で傷んでいたせいもあって、誰もしゃべることなく二段ベットで放心の体にて雨音だけを聴いているという、廃人状態のグレーな風景。しかし、この写真はまだ練習を始めて最初の頃の撮影だったのだろう、英気を感ずる。田村リーダーもギターを抱えた独特の撮影ポージングをする余裕がまだあった。
 
18)0519付近
マイカル本牧での撮影だが撮影時期は不明。対バンがあったのか、ドラムがもう一台置かれている。このショルキーから想像するに、もしかしてアンコールでやったチックコリア・エレキバンRumbleか?とも思ったが、ワタクシが4弦ベースを弾いていることからRumbleでもなく、Morbit Lot(このYouTubeに上がっているものとは違う演奏)か。
 
19)0537付近
我らがホームグラウンドたる吉祥寺シルバーエレファントでの撮影。時期は不明だが90年代中盤という相当に古い写真と思われる。ステージ上に巨大なミラーがあり、ドラムを上から見えるという素晴らしい発想のステージだが、府川さんだったかドラマーが言うには「タイコの中心を叩けていないのがお客さまから丸見え…」という透明度のあるステージだった模様。(完)
 
SideSteps New Album COSMOSPHERE

前出「Latin’07」「Another Encounter」と同じ、2007年3月17日吉祥寺シルバーエレファントでのライブ映像。アレンジによってアルバム収録時とは大きく変化していますが、原曲は91年発表の自主制作盤「SIDE STEPS2」に収録されており、田村の作曲。活動初期は皆バンド活動に相当の時間を費やしており、当初から練習はほぼ毎週。練習場所も早稲田→立川と変わり、立川で10年以上と相当長らく練習していました。早稲田でも立川でもあまりに頻繁かつ長く練習していたため、スタジオのスタッフとも顔見知りで完全に常連状態。その後、立川スタジオの閉鎖に伴って南武線沿線のスタジオをいくつか放浪しましたが、直近では下北沢に定着しています。練習時間も毎回最低でも4時間以上。キーボードをはじめに機材が多く、搬入・セッティングと撤収だけで合計1時間かかっていた事情はあるにせよ、この練習密度のため「家族よりも一緒にいる時間が長い」(田村夫人)と言われていたことも…。このためバンドや音楽以外でのイベントや遊びは決して多くはありませんが、適度な頻度で仙台や水戸、京都遠征といったライブを伴った演奏旅行がありました。これも演奏の前後には温泉や観光を組み入れ、しっかりちゃっかり十分に楽しみましたが…。音楽が全く関係しないイベントでおそらく唯一かつ記憶に残るのは、レコーディングの打ち上げで海に行ったこと。車にバーベキュー機材を積みこみ深夜に伊豆に向かい、翌朝には白浜で海水浴。レコーディングやミックス、そして録音準備の練習のストレスや鬱屈が大変溜まっていたのでしょう…皆、はたからみて異様なほど子供のようにはしゃいで波と戯れていました。白浜の海水浴で一通り思い切りはしゃいだ後は熱川の海岸でバーベキュー、そして温泉。その印象がみな鮮烈だったためか「SIDE STEPS2」の次作のアルバムタイトルは「Against the Wave」(自主制作)となっています。ある意味、非常に潔いほど明快です(笑。

Broken Wave

7)0218付近
2006年1月8日シルエレ「 VERGE OF REALITY」発売記念ライブの看板。このライブ、正月明けというのに12曲演奏、計2時間半ほどの演奏だったが、開始が18時と早く、順調に終わっても21時と子供に優しい時間設定なのは、片付けて早く「打ち上げ」に行きたいから?か。
 
8)0225付近
SS戦略会議の定番だったドトールコーヒー渋谷神南1丁目店(上はドトール本社)でのセルフィー。なぜか最近は公園通りのサンマルクカフェに移動。
 
9)0242付近
おそらく1993年11月12日吉祥寺シルバーエレファント終演後の駐車場での撮影。後ろに見えにくいが、マツダのコンテストで優勝した際の優勝賞品ファミリア(自動車)が見える。この日は金曜日(平日)。どんな成り行きで平日ライブになったかは記憶にないが、ワタクシはこの日の都合をつけるのがエラく大変で、一年目の最若輩ながら無理を言って会社からライブ会場に直行して演奏した記憶のみ鮮明。
 
10)0314付近
2010年2月13日、日経おとなのバンド大賞で優勝した際のレコーディング風景。小雪混じりの激寒日にて当方の体調も絶不調。発熱を薬で下げてレコーディングに突入。クスリが効きすぎたのか演奏は悪くなかった模様で、ベース録音はTake1のみ、2箇所だけ数拍分をパンチしたとの日記あり。
 
11)0330付近
10の翌日14日、ミックス終了後にレコーディング・エンジニアの赤川新一さんと。この後のシルエレのライブにもお越しいただき、その後の打ち上げまでとても親しくさせていただいたが、2018年に闘病の末に56歳の若さで旅立たれたと知り、大変衝撃だった。あらためて、赤川さん…本当にありがとうございました(合掌)。
 
SideSteps New Album COSMOSPHERE

これまで数十年来のモヤモヤが解消。中学の修学旅行は東北地方というシブいものだったが、記憶が明瞭なのは①帰りのブルートレイン(寝台夜行)と②バスガイド、そして③この行軍遭難資料館にきたこと程度。①帰りのブルトレは2校の貸切状態で連結前半が女子校で後半が我ら男子校。連結部が封鎖されていたので深夜の途中停車駅ホームにて、なんとかそのタイミングで女子校車両に乗り移ろうとホームを駆ける生徒とそれを阻止する先生の壮絶な深夜攻防戦が展開。また、②バスガイドの女性にひたすらアタックし続けるE君(帰京後も手紙を書いていた…)という、ともに鮮烈な性春系の記憶しかないのが情けないが、それ以外で記憶にあるのがココ。しかしもっと民家のような雰囲気であり現在のような立派でなかったと記憶するのだが、今回資料館の方に伺って疑問が氷塊。修学旅行で訪問したのは旧館で斜向かいの位置にあったが、そこは有志が運営していたためにごく小規模で老朽化(明治時代の建造物)も重なったことでこちらに新築したとのこと。逆に資料館の方には修学旅行で来たということ自体が珍妙だったようで「北海道の学校ですか」等質問される。そんなに奇抜な修学旅行だったのだろうか、確かに修学旅行で行軍遭難資料館とは…そういえば高校の修学旅行もエンタメ要素は皆無だった。当時の先生は我らが将来の遭難リスクへの対応や教訓を学ばせるためだったのか? 実はここが記憶に残るのは1枚の写真、それは凍傷のため手術で切断された手足がずらっと並んでいる写真。これが気になっていたが、こちらの端末検索できる資料写真でやっと逢合(端末を叩き続ける怪しいオジさんと化していたがそれほど資料が充実)。記憶とはやや違っていたが確かにコレ。資料館の方曰く、昔は展示していたが今は刺激が強すぎるとのことで端末で検索してみることができるようにしたと。うむ、確かに刺激が強すぎたので数十年来を経て再訪しているのだ(納得)。館内の掲示はどれも興味深いが、謎とされる山口少佐の死を「クロロフォルムによる薬殺が有力」とズバリ掲示しているのも良し。外には犠牲者の幸畑陸軍墓地が広がるが、ここでも階級により墓石サイズが随分異なるのがなんとも生々しい。なお、雪中行軍所属の青森歩兵第5聯隊の正門があるのは県立青森高校。青森高校といえばSing Like Talkingを輩出した県内随一の名門進学校。