「東京大空襲」
仙台市の南隣の名取市、ここは昔々坂上田村麻呂が蝦夷のアテルイと戦った前線基地「名取の柵」があった所でです、その市街地から東約7キロのところに「ユリアゲ」(漢字が出ない)の街がありました。
その漁港前においしいお寿司屋さんがあってよく食べに行きました、先日自転車で行ってみました、何にもありませんでした、場所を確認する目印になるものを探すことさえ難しいほど何もありませんでした。
その様をこの目で見て、実際は見たこともない「東京大空襲」を思い浮かべてしまいました、66年前の3月10日未明のことですから東北・関東大震災とは1日違いということになります、火炎と津波の違いはありますが、その爪跡は同じでした、ただ呆然!としか表現できません。
瓦礫の山は散々見せられてきましたので、これで地震ブログはお終いにしたいと思います。
そして、名古屋から駆けつけ連日復旧作業に従事されている自衛隊名古屋守山駐屯地・第10師団・第35普通科連隊・災害派遣部隊の皆さんに心から感謝いたします。
最後に、今も変わらない「ユリアゲ」漁港前の海を見ていただきたいと思います。コウ




