訳読について | 中村教授の愉快な毎日

中村教授の愉快な毎日

ブログの内容は筆者の個人的な見解であり、明治大学とは無関係です。


明大ではない大学で気づいた、というか、想起したが、あり得ない訳を私に放り投げる学生がときどきいる、というか、私が教員になった28年前からずっといた。

自分でもこの訳ではおかしいな、と思いつつ言ってしまうのだから、面白いものだ。

私が学生の頃は、プライドが高かったのか、自分でおかしいとわかっている訳を教員に言うことなどとても出来なかった。

クラスメートからなんと思われるかわからない。少しぐらいプライドが高い方が能力は増大するのではないか。

東京日仏学院のラテン、ギリシャ語のクラスのときは、フランスに何年もいた主婦とか、学習経験の長い人たちなど、強者だらけだったので、予習に6日間を要した。

まるで、古典語のために生きているような感じで、辛かった。

フランス人教師も超エリートの人(高等師範学校(École normale supérieure)を出ている)で、とても厳しく、訳の分からない訳なんかとても言えるわけがない雰囲気だ。

ということは、私のクラスの雰囲気がゆるすぎるから、舐められて、トンデモ訳を言われてしまうのか。

しかし、いまさら、間違うのが怖くて震え上がるようなクラスになどできるはずがない。私のキャラクターではそんなに厳しいことは無理だ。

少しでも変だな、と思ったら、その訳は必ず間違っています、ということは言っておきたい。