このあいだ、せつないことがあって
それをパートナーに話したんです。
そしたらパートナーに、
哲学的に理屈っぽく返されてしまって
そういうことじゃないんだよー・・と、
わたしはしょぼくれてしまいました。
女性って「聞いてほしい」だけのことが多くて
男性は「解決したい」理屈っぽい生き物だから
わかりあえない、なんて良く言うよね。
なのでこういう経験て、
ほとんどの人があるんじゃないかなーと思います。
わたしも別に、彼だからではなく
これまでも散々経験しています。
このとき、わたしは
「話さなければ良かったな」って
さらに悲しくなってしまって、
このあとの予定をキャンセルして
家に帰ってきました。
自分の機嫌を自分でとろうと思ってね。
だってこれって、
彼が悪いわけじゃないじゃない?
彼は彼なりの思いがあって話してくれたわけで
「そんな話は聞きたくなかった」とか
「ただ聞いてほしかった」とか
「わかってほしかっただけ」とか
「さらに悲しくなった」なんていうのは
わたしのほうの都合でしかない。
その"わたしの都合"をぶつけて、
もし喧嘩になったりしたらさらにしんどいし
それはなんかちがうと思う。
"わかってほしい"こともあたりまえだし
"わかりあえない"こともあたりまえだと
わたしは思います。
だって他人だからね。
わたしのことが本当にわかるのは、
世界でわたしだけしかいません。
だから、人に求めるんじゃなくて
わたしがわたしのことを
わかってあげるしかない。
「ただ聞いてほしかっただけなのに、
ああ言われて悲しかったね」って
自分に寄り添う。
ひとりになりたくなった自分の思いを叶える。
そうして自分の気持ちは、自分で消化する。
友達に聞いてもらうのも手だよね。
「まったく男っていうのは」って
女同士で文句言い合ったっていいよね(笑)
あ、もちろん
彼にぶちまけて喧嘩したっていいのです。
どれも、なにも、間違いじゃない。
けれど、パートナーシップに限らず
人間関係ってつくづく
わかりあうためのものではなくて、
わかりあえないことをわかるためのものだと思います。
違いを認めるということ。
違いを認め合うということ。
もちろん「これだけはわかってほしい」
ということは、しっかり話して
わかってもらおうとしたっていい。
わかりあえないことがないわけじゃない。
ただ、誰もが
いちばんわかってほしい相手は
本当は自分なのだということを
わからないと苦しいね。
承認欲求だって、あってあたりまえだよ。
認められたい
褒められたい
わかってほしい
そんな気持ちは誰だってあると思う。
それを自分が責めるのではなくて、
そういう気持ちも持ってるんだねーって
自分が自分をわかってあげる。
自分が自分を責めた状態で、
相手にわかってもらおうとするのは
こじらせるだけなので要注意!
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