想像力や共感力って改めて大事だなぁと感じます。

今回 千葉で大雨 災害があって、多くの人達が苦しんでいるのに、それに共感を示す どころか、だからお前たちはダメなんだ と言わんばかりのことを言っている人たちもいますね。

何を勝ち誇ることがあるんだろうか??

人間というのは実にバカタレだなと思わざるを得ない。
いや、人間というのは実にバカタレな部分も持ち合わせているんだなぁということですかね。

8月ですから 戦争の話題もたくさん出てきます。

戦争に関しても同じようなことが言えるかな。

想像力や共感力の元になっているのは 実体験だと思います。

私は骨折したり アトピーだったり 潰瘍性大腸炎だったり白内障になったり 喘息だったり、、、まあ 色々しんどい思いをして今まで生きてるわけですけど、こういうのを色々体験してると痛い 苦しい 辛い、という実感がどういうものかは 分かります。

それをいろんなことに当てはめると、辛かろうな、しんどかろうな、という風に感じるわけです。

優しい人というのは、元々優しい人もいると思うんですけど、苦しい思いをしたから 優しくなったという人も多いでしょう。

やっぱり様々なことを体験 体感してるということは大事なことですね。

それがあったればこその、想像力や共感力だなあとつくづく感じる次第です。

#ありがとう倶楽部
今朝のnhkラジオで、ピーターバラカンさんがお話しされてたこと。

AI がどんどん発達して、情報が正しいのが間違ってるから判断がとても難しくなった。
大変な時代を生きている。

その中でも本というのは、多くの人が チェックに携わっているので、まだしも まともな情報である可能性が高いという話をされてましたね。

しかしながら 昔から情報の操作というのはあった、ということ。

事例として なるほどね と思ったのが、世界で一番読まれているであろう 本 聖書、これでさえ、アメリカが 奴隷制度を 国の中枢に置いて運用していた時には、奴隷主のために、奴隷主に都合の悪い、奴隷に関する聖書の記述を削った、奴隷主のための聖書というのが存在するという話をかつてネットで見て、ネットで見たものだから実際のところ どうだったのかを調べたところ、こういうものは実際にあったということが分かった、という話をされてました。

一体何を信じるのか。
本なのか、AI の情報なのか、それとも 自分で調べたことなのか、
マスコミに身を置きながら、毎日のようにその問いを繰り返しているけど、確たる 答えは まだ出てない、とピーターバラカンさん。

いつの時代も 情報の取り扱い というのは、厄介な代物ですね。






今年も 8月6日がやってきましたね。 

1945年に #原爆 が投下されてから81回目の夏。 

 平和のために #核廃絶 をしようという人 
 平和のために #核武装 をしようという人 

 人間は確かに みんな違うんだが、、、
この両者が分かり合う日が来るだろうか。。。 

 核武装をしたところで平和なんぞ 来ないということは、今の世界を見れば 明らかだと思うんだけどね、、、

ロシアもイスラエルも核武装している国ですよ。 でも ドンパチの真っ最中。 

 人類はもうちょっと賢くなれんのかね。。。

 人は皆違う、
それをお互いに尊重した方が良い、
 だがしかし、人の尊厳を踏みにじったり 人を殺していい 自由なんぞ有りはしない。 

 となれば戦争は犯罪だという結論にしかならんと思うんだよね。

だってどっからどう見ても 人殺し だからな。 

 正義のための人殺し、ふーん。。。 

 それを認めるということは自分も殺されることを 大前提にしないと成立しないよね。
ご大層な正義だね。 

 昨日ちょうど  #進撃の巨人 を見ていて、
自分の母親を殺した、仲間だと思っていたライナーとベルトルトに、エレンが、母親が殺されたエピソードを彼らに話した時に、何を考えていたんだと問い詰めるシーンがあったけど、、、

いくら 正義だの名誉だので固めたところで、相手の大事な人間を殺した事実に何ら変わりはない。
だから 今度は殺される。
そんなことをずっと繰り返してるわけだよね。

実に愚かしいことだと思うけどな。 

 間接的に自分たちの大事な人を殺したのは自分自身だということに、ならんのかね? 

 サラエボのことを描いた漫画では、同じ民族なのに 宗教が違うことで、ご近所同士が自警団を作って殺し合いをすることになった。

奪い、殺し、犯し、、、それでも生き残った者たちは 近所で暮らしている。。。 

小学校の時に自分を教えてくれた先生を殺した人の話も出てきたな。。。

 正義ってのは恐ろしいねえ。。。
人間を狂わせる魔力があるな。。。 

 タチが悪いのはその正義を説くやつは、絶対に自分自身では人を殺さないことないことだね。愚かな人間をコントロールして人を殺させる、その傍らで 自分たちは金を稼ぐわけだよ。
そんなものに酔って、殺し合いをすることの愚かしさよ。 

 過ちは繰り返しませぬから、、、

結局のところ 人類が、何を過ちとして共通認識にまで持ち上げることができるか?
それが問われているんだろうな。 

 今のところ人類は過ちを繰り返している。。。

 #平和
友人が突然亡くなった。
海難事故だという話。

多くの人に愛され、明るく楽しく いろんなことに挑戦して、たくさんの人をつないでいる素敵な人だった。

その人が楽しんでいる まさにその最中に、いきなり この世からいなくなってしまった。

こんな居なくなり方もあるんだね。。。

予兆というものを全く感じさせない人間の死。

その人が存在して世界に放っていたエネルギーが、すっぽりと消え去ってしまう。

人間というのはつくづく エネルギーの塊なんだなと感じる。

人と人の間こそ人間。

そのエネルギーは消えたかもしれないけれど、そのエネルギーを感じ取った人間の中では、その姿がまだ生きていて、エネルギーを放ち続けるのだよね。

本という形で死してなお エネルギーを放ち続ける人もいる。

しかし 本当に事件事故で突然いなくなるというのは、なんという悲しさ なんだろうね。

夏になって 水難 で人が亡くなるという話が続くけれども、、、その人と人間の付き合いがあった人たちには、それぞれに、どれだけの影響を与えているんだろうね。。。

ご冥福をお祈りいたします。





昨日は父の日

ということで親父さんといろいろお話。
教育とはなんぞや、、、

大学で心理学を教えてきた親父さん
大事にしてたことは、
自分はこう思うよ、
という伝え方を学生さんにしてきたこと、
とのこと。

決めつけない、断定しない。

学生さんたちが考えるための材料は提供するし、自分の考えも伝える。

けれども、いろんな先生と出会って いろんな考え方を聞いて、その上で 自分なりの物事の捉え方や考え方を組み上げていってほしいという願いを持って学生さんと接する。

大学に来るまでに多くの人と出会い、学び、今目の前に現れている学生さんたちに、自分の学びから刺激を与えてこようとしてきたんだろうね。

親父さんの考え方を聞いてると、型にはめるというような意志は微塵もないんだな。

そこで ふと思ったのが、一部の宗教について。

こちらは 宗教指導者が信者を型にはめて、特定の考え方 以外は認めない。
違う考え方をするものは邪教に染まっている、悪魔であるとして排除する。

あり方として真反対ですわな。

目の前にいる相手と対話しようとするのか?

目の前にいる相手を洗脳しようとするのか?

人間はバイオリズムのある存在だから、うまくいかなかったり悩んだりすると、弱って何かにすがりたくなるものなんだろうと思うんですよね。

そこで自分を頼みに学ぶ姿勢に行くのか?
誰かを頼りに依存してすがる姿勢に行くのか?

結果は大きく違いますね。

#教育 #宗教 #ありがとう倶楽部