物語の恐ろしさ
物語には 魔力がありますね
悲惨なことも美談にすることができたりする力がある
百田尚樹の永遠の0を読んだ時に、
この人は話が上手すぎる、本当に天才的にうまいねと、
同時に気持ちが悪いなと思いましたね、、、
特攻 という 悲惨 極まりない 作戦で死んでいった人たちを、美化して美しい物語にしていると感じたわけです。
百田尚樹 という人もまた戦後生まれの人ですよね。
戦争を体験していない。
そういう意味で戦前に生まれ戦争を体験し、その体験を元に物語を作ってきた人たちとは一線を画すなぁと思います。
田中角栄が言ったという戦争を体験した人間が生きているうちは大丈夫だ、、、という言葉が頭をよぎります。
日本は戦後一度も戦争をしていないので、国民のほとんどが 戦争未体験者の国になっていますよね。戦争の何たるか? その悲惨さや 理不尽さ、を本質的には分からないわけです。
それ以外の苦しみの体験から、想像したり 推察したり 共感したりするのが関の山。
しかしながら こういった 苦しみの体験も、過去の日本と比べれば多くの日本人はせずに済んで成長してきたでしょう。
昭和49年生まれの私はその典型例だと思います。
生まれた頃はちょうど ベトナム戦争をまだやっていて オイルショックの頃ですよね。
その後もまだまだ日本は右肩上がりに 経済成長を続けて行きました。
バブル崩壊で経済は 頭打ちになり、何より冷戦の終結で日本の特別な地位も崩壊したと思います。
それでも 経済大国としての地位は揺るぎないものだったし、その恩恵を受けて ゆるゆると生活して来たなあ というのが 実感です。
そこへ向いて 冒頭の百田尚樹の永遠の0です。
あれは 2006年の作品なんですね。
もう20年も前のことなんだな。。。
人間にとって自由というのは とても大事だなと感じます。
自由というのは自分で選択することができる、ということでしょうね。
戦争をやってる時に自分で自由に選択するなんてことはできないでしょう。ごく一部の人間を除いてはね。
理不尽の極みの中で命を失っていく人々。
特攻 もその一例だと思います。
私もかつては そういうものがかっこいいなと思った時代もありました。高校の修学旅行で知覧の近くを通った時、先生に、秋山 だったら 特攻に行きそうだなと言われたものです。
が、成長するに連れて、実に恐ろしいことだと思うようになりましたね。
さて 物語の恐ろしさです。
私たちの生活の中に様々な物語がありますよね。そのどれもが様々な影響を私たちの考え方や生活に及ぼしています。
中でも、本当は悲惨で理不尽極まりない出来事を、美化してしまうような物語には とことん 注意が必要だと感じます。
時代に殺されるみたいな話がありますが、その時代の空気を作るのは、影響力の強い人間の言ってることだったりしますからね。(やってることはあまり見てない、そう感じます。)