以前、アイドルグループの“セクシー・ゾーン”のメンバーのお一人、中島健人さんと番組でごいっしょさせていただきましたが、今回もまたまた“セクシー・ゾーン”のメンバーのお一人、佐藤勝利さんとごいっしょさせていただきました。
番組内での“からみ”はありませんでしたが、素直で明るいよい人でした。
やはりジャニーズのアイドル、というのは、なんかみなさん“持っているもの”がありますよね。
たまたま、帰りのエレベーターで、佐藤勝利さんとご一緒することになりました。
有名なアイドルと、ほんの数十センチの距離にいることだけでもドキドキなのに、ちょっぴりお話しもしてしまいました。
高校三年生、ということでしたので、わたしも教師のはしくれですから、
高校三年生なんですよね~
と話しかけると。
「はい」と明るく笑顔でお返事いただけました。
勉強してる? あ、大学受験とかするの?
と問いかけると
「はい、いちおうそのつもりなんです」
とまたまた回答いただけました。
以前にAKBの入山杏奈さんとごいっしょしたときも、「はい、勉強しています」とおっしゃっていましたが、アイドルのみなさんはけっしてチャラチャラしているところはなく、しっかりとお勉強の大切さを意識しておられて、ついつい感心しました。
「あ、そうなんや~ 勉強は大切だよ。しっかり勉強してね。」
と、ついつい“教師臭い”陳腐な声かけをしてしまいましたが、佐藤勝利さんはまたまた笑顔で、「はい」と明るくお返事してくれました。
なんと、わたくし、ドあつかましく
「あ、これ、わたしの書いた本です。よかったら読んでください。」
と渡してしまいました。(拙著『日本人の8割が知らなかったほんとうの日本史』)
「ありがとうございます!」と実に素直に笑顔で受け取ってもらえて、ほんとにカンドーしました。
さてさて、その日の収録は、今までのように日本史だけではなく、世界史のお話しも紹介されていました。
お話しを担当されたのが、ジャーナリストで元世界史講師の増田ユリヤさん。
この方も、よくいろいろ出演なさって池上彰さんとお話しをされている方です。ごいっしょさせていただき光栄でした。
そのお話しの中で、ナポレオンの実像、というような話が出てきました。
有名なナポレオンの“アルプス越え”の肖像画ですが、実はあれは完全な、“フィクション”の想像画なんです。
というか、番組内でも紹介しましたように、ナポレオンが自分の“雄姿”を画家(ダヴィット)に描かせて「プロパガンダ」に利用したものでした。
コヤブ歴史堂をご視聴していただいていた方ならおわかりかと思うのですが、実はナポレオンは
桃尻男
だったんです。
え? 「桃尻」って何???
と、なった方のために申しますと、「桃尻」とは馬に乗るのが下手でよく落馬する人のことなんです。(桃って、下がとがっていて、置いてもコロコロと転がるでしょ? すわりが悪い、という意味の言葉です。平安時代の文献で「桃尻」って言葉が出てきたら色気のあるプリプリしたヒップという意味ではないのであしからず。)
ナポレオンは実は騎馬がへたくそで、ふだんはラバに騎乗していて、実際アルプス越えのときはラバを使用していました。
ラバというのは、馬と違い重量物の運搬に適しています。
実はナポレオンは、砲兵出身で、大砲などの運搬には当時ラバを使用していました。
ですから馬よりラバを愛してその使い方も巧みだったといいます。
当時の“イメージ戦略”として馬に騎乗した姿が描かれた、というわけです。
砲兵出身だったナポレオンは、騎兵を組み合わせた効果的な戦術をあみだし、後の戦闘の基本となる作戦をつくりだしたと言われています。
大砲による斉射で敵陣をかくらんし、多数の騎兵を左右から迂回させて敵を分断、撃破する、というものです。
もし、ナポレオンが騎兵出身だったなら、従来の戦い方に固執してしまい、砲と組み合わせた新しい戦術は生まれなかったことでしょう。
その道の専門家というのは従来の方法にしがみつくために、どうしても新しい使い方にふみこめないものです。
上杉謙信や明智光秀は鉄砲にたいへんくわしく、その取扱いには習熟していたといいますが、足軽に大量に所持させて一斉射撃する、という使い方に思いがいたらなかったんですよね…
蛇足ながら、日本の武将にも馬に乗れなかった人物がいます。
有名なところでは、今川義元。
かれは馬に乗らず輿に乗って移動していました。
桶狭間の戦いのとき、混戦の中でもし、馬に飛び乗って退却していたら、敗戦はしても彼が討たれることはなかったかもしれません。
え? なぜ、彼は馬に乗れなかったのかって?
記録によると、彼はめちゃくちゃ短足で、鞍にまたがってもあぶみに足が届かなかったそうです。
(ひょっとするとナポレオンも実は超短足だったりして。)
ナポレオンにせよ今川義元にせよ、もしさっそうと馬に乗れていたなら歴史は変わってしまっていたかもしれない、というお話しです。