かつて某塾から、あるアンケートをいただいたことがあります。
「採点基準」に関することです。「来年、どんな問題が出ますか?」な~んてもんではありません。
「問題に漢字指定が無い場合、ひらがなで書いたら×になりますか?」
という問いがありました。たしかに、受験生にとっては気になりますよね。うわっ 知っているけれど、漢字忘れた… というのはよくある話。
でも、これ、わたしもかつて塾講師をしていたから、よくわかるんですけれど、中学受験の場合だと、学校によって“対応”が違います。
学校説明会などで質問すると、ハッキリと「×です」という学校もあれば、「わからなければひらがなで書いといてください」という学校もあれば、「減点します」という学校もあれば、もっと厳しく、「常識で判断してください」と突き放される学校もあります。
むろんここでの「常識」とはこういうことです。
入試は「選抜試験」。選び、そして選ばれるもの。「徳川家康」と書いている者と「とくがわいえやす」と書いている者がいたら、どっちを選ぶと思う? 考えたらわかるでしょ?
ということです。
他にもいろいろなアンケート項目がありました。え?? と驚いたのが
「新選組」や「民選議院設立建白書」の「選」は「撰」と書かないと×ですか?
という問いがあったことです。そんなことまで問うのか… と、ちょっとびっくりしました。生徒や保護者の方で気にされている方もおられるから、塾がそれらの“声”を集約されているのでしょう。
それへの質問に対しては、
人物や項目は学校の教科書に準拠して採点します。
が模範“回答”となります。子どもたちが学校の教科書でどう習っているか、が大切で、塾でどう教えられているか、は入試に反映されません。そんなの大学入試でもそうです。
人物の名前なんか、いろいろな書き方がありますよ。奈良時代で有名な
鑑真
なんて、当時の史料中には「鑑」という字で出てきません。
「鑒」
ですからね。
もちろん、正しい字で書いて×にはなりませんが、教科書で表記されている通りに書いて×になる入試はありません。
書き方、いろいろあるな、と迷われたら教科書を見ればよいんです。
クイズ番組でおなじみの芸人さん、ロザンの宇治原さんが受験に関して“名言”を残されています。
「よく、試験前に、教科書を持っていって先生に『どこが大切ですか?』と質問する子がいるけれど、教科書には大切で無いことは書いていない。」
と言うておられました。この通りだと思います。
めちゃくちゃ大げさに話をしちゃいますが…
16世紀、それまで西ヨーロッパで、キリスト教とはすなわち、ローマ=カトリックのことで、ローマ教皇が“神の代理人”でした。
教会の教えが、すなわち神の教えで、教会なくしては救済は無い、と考えられていたのです。
それに異を唱えたのが、ドイツの神学者にして修道士のマルティン=ルターです。
神の教えとはすなわち“聖書”だ!
聖書に書いてあるか否か、それがすなわち真か偽である、と、考えたわけです。
庶民に読めないラテン語で書かれた聖書がドイツ語で翻訳され、そして当時できたばかりのグーテンベルクの印刷機によって聖書が大量に普及するようになります。
それを読んだ庶民たちは驚きました。
聖書ってこんなこと書いていたの?
教会の教えと、ずいぶんと違う…
じっくり学校の教科書、読んだことありますか?
中学受験生も高校受験生も、そして大学受験生も、改めて「教科書」しっかりと読みなおしてみてください。
少なくとも「歴史分野」については、「教科書」は“受験のバイブル”です。