幕末、多くの西欧人が江戸に訪れ、「日本の印象」を日記などに記しています。
彼らの“おどろき”の一つは、
この町は臭くないっ
ということでした。(ペリーもこのような印象を記しています。)
都市の糞尿は周辺の農村に“回収”されるシステムが確立されていて、江戸は糞尿の悪臭がしない世界的にも珍しい町であったようです。当時、パリやロンドンではアパートメントの室内のオマルに貯められた糞尿は窓から道路に捨てられ、放置されていました(大きな下水道は当時まだ無い)。
女性が道路側、男性が内側を歩く、というマナーは女性に糞尿がふりかからないようにするための“ジェントルマン”の心遣いだったのです。
(女性のハイヒールも、道路上の糞尿がスカートの裾を汚すのを避けるために生まれました。)
それからもう一つの“おどろき”は
女性の地位が高い…
ということでした。
「店の主人は、ほとんどが女性である」
「職人たちを女性が使役している」
確かに、“女将さん”は企業の支配人ですからね…
え? 江戸時代って封建制度で、「男尊女卑」で、女性の地位は低かったのでは?
と、考えがちです。
離婚も男から一方的にできた、なんて話もありますが、史料的には女性のほうから男性へ「三行半」(離縁状)をつきつけている例もあります。
参政権、ということに関しては女性の地位は低い、と、いえますが一般庶民の「家」の中での女性の地位は高い、というべきでしょう。“台所”つまり経済は女性が握っていました。
さてさて、中世の女性たちですが…
支配と税負担の原則は、
「人」→「土地」→「家」
と、古代、中世、近世、と、変化してきています。
租庸調は人に課せられる税、官物などは土地にかけられる税でした。
中世になると「家」が社会の単位となります。
平安時代には、夫婦は別居で、男が女の家に通う(妻問い婚)のが常態でしたが、鎌倉時代になると、女が男の「家」で同居する(嫁取り婚)ことが増えていきます。「嫁」という字はまさに、
「女」+「家」=「嫁」
なんですよね。
武士たちは、「家」と「家」のつながりで武士団を形成していきます。この“つながり”の元こそ婚姻にあったわけで、女性が大きな役割を果たしました。
武家では、よく「男子がいない家は絶える」といって男子を重視していたように思われがちですが、女子がいないと他家との“つながり”が無くなるので「女子がいない家は栄えない」ということになりました。
源頼朝の妻、北条政子は、父の反対をおしきって自らの意志で夫を選んでいます。
頼朝は、政子の家にしのんでいきます。平安スタイルですね。ところが政子は父の反対をおしきって頼朝の元に行きました。「妻問い」→「嫁取り」を象徴的にあらわしています。
北条家と源家をつないだのが政子。
武家では、「父」と「夫」を娘(妻)が結合させています。
武家の女性は、この時代、実家の姓を名乗ります。北条政子は結婚しても「源政子」ではなく「北条」のままなんですよ。
ただし、「政子」という名前は、位をもらってからの名前で、頼朝と結婚したときの名前は実は不明なんです。
昔、大河ドラマで「草燃える」というのがありました。めずらしく鎌倉時代の大河ドラマなんですが、その中で頼朝や父の北条時政が「政子」と呼ぶシーンがたくさんありましたが、ありえないことです。ひょっとすると、頼朝は「政子」と一回も呼びかけていないかもしれません。
女も、実家の領地を相続する権利を持ち、夫婦は、夫の土地、妻の土地の共同経営者でした。
妻が死んでも、その土地は夫のものにはなりません。
子どものものになります。
女性の地頭が認められていた(御成敗式目に明記されています)、というのもこういう背景があるからです。
一般庶民でも、もちろん女性はかなり「家」の中心にありました。
『一遍上人絵伝』は中世の人々の生活を知ることができる重要史料ですが、「市」ではあきらかに“女将さん”らしき人が店をしきっていて、お金を勘定しているのはみな女性です。
東京国立博物館にある「七十一番職人歌合」に百以上の職業が絵で紹介されていますが、その半分
近くが女性が仕事をしている様子が描かれています。
鎌倉末期から室町時代にかけて、「座」という同業者の組合が発達するのですが、室町時代の京都では、着物の帯の座をしきっていたのは亀屋五位女、という女性であったことがわかっています。
社寺にみられる女人禁制も、女そのものを禁じるというわではなく、血の穢れを避ける、という意味だけで、女に限らず、男であっても血の穢れ(刀や狩猟道具)を所持したままの参拝は禁止されていました。
そもそも室町時代には、女性は寺堂の造営、祭礼をしっかりと取りしきっていて、「女房座」などもふつうに存在していたのです。
北条政子や日野富子、というと、彼女たちの“個性”として扱われがちですが、そういう時代の背景がしっかりとあって、「強さ」を示していました。
家政、“台所”を担う女性の歴史は、脈々と江戸時代にも継続し、現在においても、家のサイフは妻が握っている、という家庭はけっこうありますからね。
日本の伝統だっ
日本の文化だっ
日本の歴史だっ
という名目で女性が差別されている文化を正当化される方がありますが、そんな人たちに限って、江戸時代にまでしかもどりません。
そういうのって、正しい歴史や文化、伝統の正しい理解とはいえませんね。