お呼びでございますか。
家康の参謀をつとめる本多正純が呼び出された。
あほぅどもが、真田丸一つに手を焼いておる。
なんとか手立てを考えよ。
大筒(大砲のこと)を南蛮人どもより手配いたしております。
これにて本丸を撃たせようと存じますが…
ん? 本丸を? 真田丸ではなく?
遠すぎて命中せぬぞ。だいたい音だけが大きくて、さほど効果があるとは…
やや不満そうな家康を前に、正純はにんまりと笑い、
その、音だけ、が重要なのでございます。
幸村は、少なくとも、この戦いだけは勝利を確信できた。
天下の名城を背景に、自ら設計した真田丸によって、当代随一の武将徳川家康に、わずかな兵力で相対し、五分どころか勝とうとしている…
それは単なる一局面の勝利にしかすぎないが、男子としてこれほど痛快なことはない。
幸村は、戦術家という名の「芸術家」であった。彼の戦さは、もはや“芸”といってよい。
戦さは彼にとっては一つの作品であったのだ。
と、そのとき、大砲の巨大な音が大坂平野に響き渡った。
幸村は、はっと空を見上げた。
砲弾は、はるか頭上をこえて本丸のほうへと飛んでゆき、天守閣からは大きくそれて着弾した。
さらに二発、さらに三発と続いて大砲の音が響く…
ふんっ ムダなことよ。
そんなコケおどしに臆するのは、おんな子どもだけよ。
しかし…
幸村は重要なことを忘れていた。
大坂城の支配者は、その「おんな」と「子ども」であったのだ。
修理(しゅり)! 修理を呼びゃれ! 和議じゃ! 和議じゃ!
もう戦さは終わりにしやれ!
淀殿のヒステリックな声が本丸御殿に響き渡った。近くに大砲の弾が落ちるたび、地響きとともに御殿は大きく揺れ、そのつど、女たちの悲鳴がした。
また始まったか…
淀殿に呼びつけられた大野治長は、平伏しながら頭を悩ませていた。
眼前の淀殿は完全に錯乱していた。
こうなっては誰も手がつけられぬ…
なんとまったくバカげた話ではあるが、大砲の音に恐れおののき、和議をするハメになってしまったのである。
(次回に続く)