『平家物語』には色々な怪異が描かれています。
前に紹介した平経正の、琵琶に合わせて舞う白龍の話なども、ある意味、怪異かもしれませんが、今回はちょっと恐ろしげな話を…
清盛は、貴族たちの反対を押し切って、都を平安京から福原(神戸市)へうつすことを強行しました。世に言う“福原遷都”です。
さて、その遷都をした夜のことでした。
清盛の前に“大首”があらわれます。
大首という妖怪は、文字通り、巨大な顔だけの妖怪で、多くの場合、女です。
真っ赤な口を大きく開けて、ぬらぬらと舌なめずりをしながら清盛を見つめていた…
さらに怪異は続きます。
福原の岡本の御所でのことでした。突然、夜中に大きな木が倒れる音が響き渡りました。
「な、なんだ、なんだ何事だ?!」
と、驚く清盛… すると同時に何十人もの人が、いっせいに笑うような騒ぐような声もしたのです。
翌朝、御所の周辺を調べてみても、木が倒れているわけでもない…
もともと山を切り開いて造成した場所なので、すでに大木は切られて無い…
貴族の一人が不思議な夢を見ます。
神々の集会で、厳島神社の神さまが退場し、八幡大菩薩が前に進み出て、「平氏にあずけられていた剣を今度は私が引き受けましょう。」と申し出る。そしてそれに続いて春日大社の神さまが、「では、その次はわたくしが。」と申し出る…
厳島神社の神は「平氏の守護神」、八幡大菩薩は「源氏の守護神」。平氏から源氏への交替を隠喩している、というわけです。
清盛の飼っている大事な馬の尻尾の中に、鼠が巣をつくって子どもを産んだ、という怪異も報告されるようになります。
人々は“噂”をしあいました。
福原に都を造るときに、どうもうまく造れなかった。
きっと土地の神さまや川の神さまがお怒りだと考えた清盛が、「人柱」(いけにえ)として何十人もの村人を殺して生き埋めにしたそうだ。きっとその祟りに違いない。
「何をばかなことをっ」
と、平清盛は強気でした。
そんなある日の朝、清盛が庭をみると、数多くの髑髏がかたかた、ぶるぶるとふるえながら庭いっぱに広がっているではありませんか!
目玉だけがそれぞれ生きているように、ぎょろぎょろと清盛を睨んでいる…
「な、な、なんだこれは!? 誰か! 誰かおらんか!」
と、叫べども誰も来ない…
やがて髑髏は一つに集まり、巨大な髑髏となって大きな目玉が清盛を睨む。
しかし、清盛、この物怪に対して、逆にグッと睨み返したというからさすがです。
髑髏はどろどろと解けて消え失せてしまいました。
清盛が見たわけではないのですが…
清盛の死でも、怪異は続きます。
清盛の屋敷に“何者か”がたずねてきました。
応対したのは妻の時子。
見るとその“客人”は、牛の頭と馬の頭を持った二人(二匹?)の怪物…
「われらは地獄からの使者である。清盛殿をお迎えに参った。」
彼らはいわゆる地獄の卒にして閻魔大王の使い、牛頭馬頭(ごすめず)たちでした。
「何を申す。清盛さまは、日々精進され、信仰厚き御方。地獄などには参りませぬぞ。」
と、時子が言うと、
「何を言うか。清盛殿は、東大寺の焼き打ちを命じたであろう。よって無間地獄行きが決まっておるのだ。」
見よ、と、指さすと門前に、御簾に「無」と書かれた車が止められている。
「まもなく、あれは、無間地獄、と記されるのじゃ。」
というところで、時子は、はっと目が覚めた、という夢オチの話でした。
そもそも、最初の“大首”という妖怪の話は、僧の身で戒律を破った者のところにあらわれるという怪物で、出家していた清盛を批判するために用意されたものでしょう。
大木の倒れる音は、山を切り開いて造られた都を山の神が呪っている、という話にしたかったのでしょうし、数多くの人々の笑い声は、人柱にされたという人々の怨霊、とでも言いたいのでしょう。
馬の尻尾に鼠が巣をつくる… なんのこっちゃと思いますが、陰陽五行で、馬(午)は火の性、それに対して鼠(子)は水の性。水は火を衰えさせる… 平家の勢いがそがれていく、という寓話にちゃんとなっているんですよね。
ちなみに、髑髏の妖怪は“目競”という妖怪で、この清盛との“対決”が後の「にらめっ子」という童の遊びになったのだ、という説があります。
世に、清盛の三大悪行は、後白河法皇の幽閉・東大寺焼き打ち・福原遷都と言われています。
院の近臣、仏教勢力、貴族の三大勢力を敵に回しているわけですから、これらの人々の怨嗟はかなり深いと言わなければなりません。
遷都が嫌な貴族、批判的な僧たちが、遷都をやめさせたい、都をもどしたい、でも、権力者の清盛には面と向かって逆らえないし、モノ申せない…
彼らがつくり出した“デマ”がこれらの妖怪、怪異の話です。
古代、呪いや怨霊、妖怪の話は、けっこう権力者を批判するときに利用する“意見表明”法なんですよね。
弱者の強者への批判が、妖怪・怪異を生み出している、と、考えるとなかなかおもしろいかもしれません。