“悪”という言葉は、平安時代から鎌倉時代にかけては、いわゆる現在のような「悪」という意味と違う使い方をします。
「過ぎたるはなおおよばざるがごとし」の「過ぎた」とき、「悪」を用いる場合があります。
強すぎても悪、知恵がまわりすぎても悪、何か従来の常識とは違うことをしても悪…
“悪源太”“悪左府”“悪禅師”…
現在のイメージの「悪」でとらえると、当時の価値観からすると、ちょっぴりズレてしまうときがあります。
よって「よし」「よろし」の場合も、「良」「善」という現在のイメージとは、少し違う場合があります。たとえば
“よきおとこ”
には、“悪”ではないゆえに、「ほどほどな」「中道」「やんわりとした」というイメージもつきまといます。
よって、武将の「武」においては、どこか一歩ふみこめない… 知将の「知」においては、人をだましきれず、策や謀を使いきれない…
源氏の武と知は「悪」ですが、平氏の武と知は「悪」にはなりきれない…
いや、源氏においても、『平家物語』では、この「悪」と「悪になりきれない」人物対比が描かれているような気がします…
「悪」と「悪になりきれぬ」
そんな源平の人たちをちょっと紹介したいと思います。
そしてまた、
太陽と月
夜、月を輝かせるのは間違いなく太陽です。しかし、あたりまえですが、夜には太陽は輝いていない…
そこには見えぬ太陽があるからこそ月は輝いている。
主役なのに、実は別の誰かがいるから、輝いている…
そんな源平の人たちをちょっと紹介したいと思います。
(次回に続く)次回・平通盛