第33回は、柴田勝家でした。
手柄を立てた勝家は、「姥口」の茶釜を拝領した、というのがにゃんたのマル秘ファイルで紹介されていました。
柴田勝家は、信長に仕えた有力武将の一人です。
ただ、柴田勝家に関する「一級史料」(同時代の記録)はほとんど皆無で、江戸時代の『名将言行録』『常山紀談』などに書かれたエピソードをもとにしないと、なかなか人物像が描けません。「妻」のことも、後年、信長の妹お市の方を娶る、という話が有名ですが、ではそれ以前はどうだったのか、というと皆目わかりません。
おもしろいことに「家族」のエピソードがあまり出てこない武将の一人でもあるんですよね。
同時代の記録としては、ルイス=フロイスの『日本史』や「イエズス会への書簡」などに出てくる散発的な記録が残っています。
「信長の重臣二人のうちの一人」
「イエズス会への書簡」でも、「同時代の武将の中ではもっとも勇猛」ということが記されています。
まぁ、ルイス=フロイスが「知っている範囲」という条件付きですが、かなりの武人であったことは想像できます。
彼の「寛容」も記録されています。もちろん、ルイス=フロイスは宗教家ですから、宗教に関する観点からですが、北陸地方(勝家はこの地方を信長にまかされます)で、「キリスト教の布教は禁止しない。広がるか広がらないかは、宣教師の腕次第だ」と言ったといわれています。
「彼は禅をたしなむが、他の宗派を排斥しない」ということもフロイスは述べています。
まぁ、良いようにいえば寛大で鷹揚、悪いようにいえばテキトーで雑、というとでしょうか。
そう考えると、信長が、「姥口」の茶釜を贈った、というのはひょっとすると、“ちょっとした皮肉”があるかもしれません。
茶釜の「姥口」を用いたお点前は、なんと申しましょうか、ややお上品に茶杓を扱うお点前が美しいといわれています。
「おまえ、姥口扱えるくらい、ちょっと繊細になれ」みたいなメッセージがこめられているとしたらおもしろいところですが…
番組内でも説明しましたが、信長から茶道具をもらう、というのは特別な意味がありました。
一つは、「茶会」を開いてもよい、つまりは、独自の外交を認める、つまりは「傘下大名として認める」という意味でもありました。
実際、信長は、後継者の長男信忠以外の子たちは、他家に養子に出しており、一族大名を設立することを企画していたようで(後の江戸幕府における親藩のようなもの)、
次男 信雄 北畠氏
三男 信孝 神戸氏
四男 秀勝 羽柴氏
と、それぞれ養子に出しています。
これらに「譜代大名」(羽柴秀吉・明智光秀・柴田勝家・滝川一益・丹羽永秀など)を与力させる、みたいな方法で、三男信孝は柴田勝家が後援していました。
北陸をまかされた柴田勝家は、「茶釜」を与えられて「傘下大名」としての自立を認められた、という解釈です。
ただ、そういう「特典」だけの意味ではなく、そもそも「茶道具」はこの時代の大名、貴族、趣味人の商人たちの間では、ものすごい人気のアイテムで、それそのものの価値も高いものです。
戦国大名の松永久秀などは、信長に帰属を申し出るときに、
「九十九茄子」
という茶入れの銘記を献上とたところ、いきなり大和国一国の切り取り次第の特権を付与されました。
有名な茶道具は「一国支配」に該当する、という価値観の時代なのです。
武田征伐で手柄をたてた滝川一益などは、関東地方の上野国を与えられ、厨橋城(現在の前橋)の主となったのに、
「え~ 城なんかほしくないわ… 『珠光茄子』がほしかった…」
と、嘆いたといいます。
(「~茄子」というのは、茶入れのことで、なすびのような形と光沢をしているので、茶入れ=茄子、と、銘がつけられているんです。)
秀吉の九州征伐などは、秀吉が侵攻するたびに、地元の小豪族たちがめずらしい茶器などを献上して「忠誠を誓って」いますから、まるで九州征伐は「茶器収集戦争」みたいな感じになっています。
さて、柴田勝家が、信長から拝領した茶道具というと…
こはにわは、「青井戸茶碗 銘・柴田」という名品が大好きです。
井戸茶碗、というのは、いわゆる高麗茶器(高麗時代の作ではないんですよ。あくまでも朝鮮のものという意味。)の名品で、戦国大名、戦国時代の趣味人たちからは垂涎の的でした。
その井戸茶碗の中でも、信長が柴田勝家に下賜したものが根津博物館に残っています。もちろん、重要文化財。名前もそのものズバリ「柴田」となっています。
柴田勝家は、茶をたしなんだのでしょうか…
ドラマや小説の中で描かれている勝家は、勇猛な武将と描かれていますが、信長から下賜された茶器は実にたくさん残っています…
申しましたように、柴田勝家の私生活の記録はほとんどありません。
たくさん残っている、ということは、使わずにしまいこんでいた証拠、ともいえますし、ほんとにそれだけ手柄が多かったからたくさんもらえた、ともいえますし…
誰が出世したとか誰が領地をもらったとか、まったく私には興味はない。
信長さまに仕えて、大きな武功を二十四も立てているわたしからみれば、どれもこれも小さい話だ。
と、勝家は自信たっぷりの余裕です。
茶器の数は、その功績を裏付けている、ともいえそうです。