入試「で」学ぶ楽しい歴史(7) | こはにわ歴史堂のブログ

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朝日放送コヤブ歴史堂のスピンオフ。こはにわの休日の、楽しい歴史のお話です。ゆっくりじっくり読んでください。

【センター試験】

大和政権の政治組織の説明として誤っているものを次の①~④のうちから一つ選べ。

① 大王やその一族へ奉仕をしたり貢物を納めたりする者を名代・子代とした。
② 各地に直轄地である屯倉を配置し、地方豪族への支配を強めた。
③ 服属した地方豪族には、直や君などの姓を与えた。
④ 部曲を遣わして、地方の屯倉を耕作させた。

新しい教科書では、「大和朝廷」という表記は姿を消しました。「大和政権」という表現もほとんどみられなくなり、現在では「ヤマト政権」あるいは「ヤマトの王権」という書き方がされています。

ヤマト政権の政治制度は「氏姓制度」とよばれるものです。
ヤマト政権は、いろいろな豪族の連合政権です。そしてその中心に大王(おおきみ)が存在していました。
それぞれの豪族たちは、血縁関係でつながっている一族を構成し、その集合を「氏」、その中の長を「氏上(うじのかみ)」といいました。
「氏」は、大王より「姓(かばね)」を与えられます。

豪族たちは、色々な性格を持った集団であり、外交や軍事、財政などそれぞれの集団の「得意な」分野の役割をあてがわれていました。

一般に、中央の有力な豪族は「臣(おみ)」「連(むらじ)」という姓を与えられている場合が多く、蘇我氏は大臣(おおおみ)、大伴氏や物部氏は「大連(おおむらじ)」という地位にありました。
地方豪族は「君(きみ)」「直(あたえ)」などの姓が与えられ、地方を治める国造(くにのみやつこ)などの地位を与えられていました。

ヤマト政権は、大王から姓を与えられた氏が、役割を分担して政治をおこなう、というものでした。

さて、氏は土地の私有をみとめられています。自分の土地を持っているんですよね。この私有地を「田荘(たどころ)」といいます。そして、その「田荘」で土地を耕している農民たちも、氏が所有しており、これを「部曲(かきべ)」といいます。

ですから、この問題では、④が誤りの選択肢ということになります。部曲は田荘を耕す農民のことですから。

かんたんにいうと、氏は、田荘を持ち、部曲とよばれる農民たちにそこを耕させていた、ということになります。

この点、大王も同じで、大王の所有する土地を「屯倉(みやけ)」といいます。そして、その「屯倉」で土地を耕作している農民を「田部(たべ)」といいます。

かんたんにいうと、大王は、屯倉を持ち、田部とよばれる農民たちにそこを耕させていた、ということになります。

名前が違うだけで、同じように土地を所有して、そこに住む農民も所有している…

「私地私民」

の状態なんですよね。

さて、地方の政治は、地方の有力者でヤマト政権に服属した者に、基本的にまかせています。(もちろん、地方にも、大王の所有地はありますが、それはやはり「屯倉」となります。)
地方の政治をまかされた豪族が「国造」です。地方豪族の領地内にいる農民の一部は、「名代・子代の民」として大王の直轄民で、大王及びその一族に奉仕したり貢納したりする人々でした。

政権に奉仕する人々もいました。技術者と事務方に大別できます。
代々、特定の仕事で政権に仕える人々は「伴(とも)」とよばれ、彼らのリーダーが「伴造(とものみやつこ)」です。

記録担当部署は、「史部(ふひとべ)」、生産技術部署では、金属冶金に従事する「韓鍛冶部(からかぬちべ)」などがあり、これらの総称を「品部(しなべ)」といいます。
彼らを伴造が率いて、政権での仕事をこなしていく、というわけです。

まぁ、企業やお役所の部署、担当者と同じですよね。

政治家が、姓をあたえられた氏。
いろいろな省庁の事務方トップが、伴造。
そのもとに伴、つまり官僚たちが、いろいろな部に所属して仕事をしている…

無理やりこじつけるとこんな感じかもしれません。