日本文化 振り子の如し | こはにわ歴史堂のブログ

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朝日放送コヤブ歴史堂のスピンオフ。こはにわの休日の、楽しい歴史のお話です。ゆっくりじっくり読んでください。

人間の感性、というのは、振り子のように、右に行ったり左に行ったりするんですよね~

まあ、つまりはワガママ、とは言いませんが、“好み”の問題…


たとえば料理。


日本料理は実に見た目が美しい。

板前さんの腕の見せどころ。

四季折々のさまざまな素材を生かして、“匠の技”でおいしく仕上げる…


ところがその一方で、まったく同じ日本料理でも、素材そのまま、何の飾りも技巧もなく、ぽ~んっと海老を一匹、炭火で焼いて、醤油をつけて、さぁ、めしあがれ、ていうのもアリなんですよね。


好み、といえば好みなんですが、一人の人間であっても、素朴な料理を食べてばかりいると手の込んだ料理を求めるし、手の込んだ料理を食べていると、素朴な料理を求めるようになる…


料理は、好みで求めるものが分かれるだけでなく、そのときの体調はもちろん、その人の成長過程(大人のときと子どものとき)などでも変わるのです。


つまりは、「空間と時間」によって人の嗜好は変わるわけです。


それに似て… というわけでもないのですが…


奈良時代の建築物。

唐風で、柱は朱色で瓦は青。金色の縁取りでいかにも極彩色の豪華さにあふれていました。


        あおによし 奈良の都は咲く花の におうがごとく 今さかりなり


「あおによし」の「あおに」とは、青と丹。瓦の青と、柱の赤が目にもまぶしく輝いている奈良の都…


ところが平安時代になると、貴族の住居は寝殿造。

いっさいの虚飾は無くなり、白木柱の檜皮葺。

木材そのものの良さを生かすものに変化しました。


平安時代の絵画、大和絵。

彩が美しく、日本の風景を描いたもの。

そこに出てくる人物描写はみな抽象化され、どの人も同じような雰囲気で表現されています。


ところが鎌倉時代になると、「写実」が重視され、ホンモノそっくりに描こうとする似絵が広がりました。


和歌などの心象表現もずいぶんと変化します。

“愛の告白”にたとえるならば…


   君のことが、めっちゃ好きだぁ! 大好きだぁ! 結婚して!


が、「万葉調」。万葉集の歌はまさにこんな感じ。


   君はぼくの太陽だ。君無しでは生きていけないよ…


が、「古今調」。古今和歌集の歌はまさにこんな感じ。


   君を世界で二番目に幸せな人にしてみせるよ。

   え? なぜ一番じゃないかって?

   きまっているさ。そうすればぼくが世界で一番幸せになれるからさ。


が、「新古今調」。新古今和歌集の歌はまさにこんな感じ。


ストレートに気持ちを表現するのが万葉集。

巧みな比喩で気持ちを表現するのが古今和歌集。

技巧をこらして、修飾が多くで、ときに気持ちよりも言葉の美麗がまさるのが新古今和歌集。


濃いのに飽きると薄口を求め、薄口がものたりなくなると濃いのを求める…

豪快-繊細、単純-複雑… 

日本文化の“振り子の揺り返し”です。