第9回は、源頼朝でした。
みなもとって、いいかなー? よりともー!
というのは、番組の中で、にゃんたが出演者のみなさんに唱和させたネタです。
関東の武士たちは、自分たちの権利(先祖代々の土地や昔からの人間関係)を、平氏政権が誕生したことでたくさん失っていました。
もともと東北は、独立の気風が高く、中央から送られてきた国司などと、よくもめ事をおこしていました。国司と農民たちの間をとりもつのが、地元の有力者たち。
でも、時々、仲をとりもってうまくまとめようとした地元の有力者のメンツをつぶすようなときがあるんですよね。
国司のほうが約束を守らないときもあるし、また、農民のほうも別の有力者のほうをたよったり、せっかくうまくまとまったのに、朝廷がそれを認めなかったり…
こうしてもめ事に武力衝突がともなって、話がデカくなる場合もあります。
平将門の乱や平忠常の乱、前九年の役や後三年の役… 武士の反乱というのは、そういう性質のものであったり、それが拡大してしまったりしたものでした。
国司がおさめる土地や、都の貴族がもっている荘園の管理人… 現地で実際にとりしきっている人たち…
こういう人たちは、もともと自分たちが持っていた権利をみとめてほしいし、新しく切り開いた土地なんかは、国司のもんでも貴族のもんでもないわっ なんでいちいち税とろうとするねんっ みたいな意識が強い…
武士たちの反乱、というのは、政府を転覆して新しい政権をつくろう、というよりも、労働争議をおこして自分たちの権利を認めさせてやろう、というような性質を持っていた、と、考えると、平安時代末期から鎌倉時代初期の武士と中央の関係はわかりやすくなるかもしれません。
源頼朝でいくか? それでいこー!!
源頼朝は「関東武士組合」の委員長みたいな感じに選出されました。
鎌倉幕府って、「政権」というより、ほんとに武士や地元の農民たちの「既得権益」をみとめてやり、新しい権利の要求をしていく、という労働組合みたいな感じがして仕方がありません。
大きな会社の中の労働組合…
でも、もし、役員以外の社員が、課長も部長もみ~んな組合に入ってしまったら、役員の言うこと聞かずに組合委員長の言うことききますよね。
委員長は発表します。
「今後、社長や役員から、課長にしてやるとか部長にしてやるとか言われても、かならず組合を通してくださいって言って、いったん断ってね。」
こうして人事も組合がするようになっちゃう…
これに逆らったら制裁が待っています。
というか、うっかり受けてしまって、制裁受けた人いますよね。
源義経
です。株式会社日本の会長、後白河法皇から官位をもらってしまったもんだから、
おまえ、わかっとんのか!? たとえ弟でも、いや、弟だからこそゆるせないっ 他の武士たちに顔向けできないやないかっ
頼朝の激怒の理由もわかりますよね。
頼朝と義経の対立もこういう感じだったかもしれません。
後の時代からみると、鎌倉幕府は、「政権」のようなイメージが強いですが、別に貴族を倒して天皇を追放したわけでもありません。
というか… そもそも当時、「鎌倉幕府」という言葉はありません。
記録上、「鎌倉幕府」という言葉が用いられるのは明治になってから…
コヤブ歴史堂では定番のにゃんたのマル秘ファイル『吾妻鏡』を読めばわかりますが、「幕府」は政権を示す言葉ではなくて、将軍の館をさす言葉です。
そのうち、学校の教科書でも、鎌倉幕府、という言葉はなくなって、鎌倉政権、というような表現になるかもしれませんね。