森と海の時代 | こはにわ歴史堂のブログ

こはにわ歴史堂のブログ

朝日放送コヤブ歴史堂のスピンオフ。こはにわの休日の、楽しい歴史のお話です。ゆっくりじっくり読んでください。

いまから1万年前、日本は島になりました。

もちろん、とつぜん島になったのではありません。

地球がだんだんあたたかくなり、雪や氷がとけて海に流れこみ、そうしてしだいに海の水がふえてきました。

日本は火山の多い国。おおきな地震(じしん)もありました。地震で沈(しず)んだ場所もたくさんあります。

こうして今のような日本のすがたができあがりました。

もともと平地はすくなく、山が多い国です。森もあっちこっちにたくさんありました。見わたすかぎり森だったかもしれません。

山から流れたひとすじの水は、やがて川になって、森をめぐって平地に出て、そうして海へと流れていきます。

森にはたくさんの動物たち。

川や海にはたくさんの魚たち。

浜辺(はまべ)には貝もすんでいました。

ゆたかな自然に囲まれていたのです。


ナウマンゾウやマンモスやオオツノシカはいなくなりました。

きびしい寒さもやわらぐと、そこで育つ草木も変わります。

そうすると、それを食べる生き物たちも変わりますよね。

気候(きこう)が変わる、育つ植物が変わる、それを食べる動物が変わる…

ひとつが変ると自然はどんどん変わっていく…

自然はみんな一つにつながっているんです。

するとそこで住んでいる人々の生活のようすも変わります。


森には食べられる木の実がたくさんできました。

森にすむ動物たちは、ナウマンゾウやマンモスよりも小さい、今いるイノシシやシカと同じくらいの大きさの動物たちです。

ウサギやムササビたちもたくさんいました。

小さくてすばしっこい動物たち…


気候が変って植物が変って動物が変って… だから、それらをつかまえる道具も変わるでしょう。


弓矢


が、使われるようになりました。それまで、自分の手が届(とど)くところのえものしかつかまえられませんでしたが、遠くにいる生き物もつかまえられるようになったのです。

それから海辺で貝も集めるようになりました。もちろん、海や川の魚もとります。


あみ


も、使われるようになりました。それから、釣(つ)りもするようになります。

動物の骨(ほね)や角(つの)を使ってつり針もつくりました。


この時代の人たちは、むだ使いをけっしてしません。

動物をつかまえる、肉は食べて皮で衣服をつくります。そして骨や角は、さらにけずってつり針などをつくって今度は魚をとる道具に使うのです。


石の道具も、きれいに磨(みが)いたものが作られるようになりました。

石おので、木をけずり、船(ふね)もつくりました。

もちろん、今のようなお船ではありません。大きな木を切りたおして、半分に切って、くりぬいて…


丸木舟(まるきぶね)


といいます。この船に乗(の)って、川や海で漁をする人々も出てきました。


それから石の道具は、いろいろなモノと取りかえることに使うときもありました。


わたしはイノシシの肉をもっているよ。

わたしはきれいに磨いた石の道具をもっているよ。

石の道具ほしいなぁ。

イノシシの肉食べたいなあ。

じゃあとりかえっこしようよ。


石の道具は、まるで今のお金みたいですね。

石はたいへん大切なものでした。道具をつくるためにかならず使うものだからです。


森では、木の実をとったりひろったりしていました。

でも、木の実… かたくて食べられないなぁ… どうやったら食べられるだろう…


煮(に)る


ということが考えだされました。

ねん土をこねて、火で焼くと固くなります。

それで器(うつわ)もつくられるようになりました。これが土器(どき)です。


木の実を煮ると、さぁ、料理をつくりましょう。

煮た木の実をすりつぶします。石でつくった、すりばち、もあったんですよ。

すりつぶして粉(こな)にします。そして水でといて、とろとろにします。

ひとつはまるめましょう。そうして石の上で焼きます。クッキーのできあがり。

ひとつはひらべったくのばしましょう。そうして石の上で焼きます。クレープのできあがり。

木の実は、ドングリやトチという名の木の実です。

どんな味がしたんでしょうね。


肉も魚も貝も、料理されました。

つくって食べたあとにはゴミが出ます。

それらはきちんと分けて捨(す)てられました。

ここは骨、ここは貝がら、ここは生ごみ…


一つの家族はだいたい10人くらい。

そういう家族が4~5組くらいでムラをつくっていたようです。

出てくるゴミは、ちゃんと捨てる場所、あつめるところをきめていました。

いろいろな約束(やくそく)や、暮らしていくためのきまりもあったかもしれません。


男の人は石器作り、女の人は土器作り…

男の人は狩りや漁、女の人は貝や木の実をとりに…


みんなで助け合って生きていました。

手分けをしないとできないことがいっぱいでした。

いまもむかしも、人は助け合わないと生きていけません。


≪くわしい解説≫


今から1万年前、日本は島になりました。森は豊かでまわりは海。多くの生き物たちがすんでいました。人々は狩りや漁をして生活をしています。

あらそいは起こりません。身分の差もありません。貧富(ひんぷ)の差もありません。豊かな自然があるので奪い合う必要がないからです。

環境(かんきょう)が変ると植物が変り、植物が変ると動物が変わります。するとそこに住む人々の暮らしが変わって、道具も変わります。

この時代の大発明が弓矢です。それまで自分の手のとどくところまでが「自分の世界」でしたが、弓矢の発明で、「自分の世界」も広がります。

石器も、打製石器も使われていましたが、磨いてつくった磨製石器も使用されます。

石器の材料となった黒曜石(こくようせき)はとれる場所がきまっています。でも、日本の各地で発見されています。つまり、黒曜石と肉や貝などを取りかえていくうちに広がっていったことがわかるのです。

動物の骨や角をもちいた道具。骨角器(こっかくき)も使われました。つり針になったり、魚をつくモリになったり…

丸木舟をつくって、けっこう遠くまで出かけていました。八丈島ではとれない黒曜石が八丈島でみつかっています。丸木舟で八丈島くらいまで出かけていたことがわかるのです。

さらにもう一つの大発明が土器です。

これで、それまでの「焼く」という方法に「煮る」という方法が加わりました。煮ることで殺菌(さっきん)もできますし、食べ物の消化(しょうか)もしやすくなります。

土器には、いろいろな模様(もよう)もつけられました。とくに、縄(なわ)目の模様がつけられた土器が発見されたことから、この時代を「縄文(じょうもん)時代」といいます。

でも、縄文時代は7000年もある長い時代… 最初のころと終わりのころではずいぶんと生活のようすも違います。ですから土器の種類も七種類くらいたくさんあります。

当時の人々のごみ捨て場のあとが、貝づか、と、よばれる遺跡(いせき)です。

東京都の大森貝づか、千葉県の加曽利(かそり)貝づか、福井県の鳥浜(とりはま)貝づかが有名です。

青森県で発見された三内丸山(さんないまるやま)遺跡では、ごみの分別(ぶんべつ)がおこなわれていたり、ヒョウタンやエゴマという植物がそだてられていたりしたこともわかっています。

縄文時代はけっしてまずしい時代ではありません。原始的な時代でもありません。

かなり豊かですぐれた時代だったといえるのです。