ふだんが肝心…
戦国大名の北条氏…
北条氏の始祖は伊勢宗瑞。通称は北条早雲でしられています。
卓越した作戦指揮とバツグンの経営手腕で、小田原城を占領します。そして子・孫の三代で北条氏は相模・伊豆・武蔵・上総・安房・上野の六か国に、常陸・下野・駿河の三ヶ国の一部を加えた大大名となりました。
初代早雲、二代氏綱と名君が続くのですが、なかでも私は三代目の氏康が好きです。
『小田原記』には「日本広しといえども、古今例なき名将なり」と記され、36回戦ってたったの一度も敗戦の記録がありません。
家来や客人たちがそのことをたたえると
「日本広しといえども、私ほどの臆病者はいないよ」
と、ニッコリ笑って答えたそうです。
『小田原記』や他の史料によると、子どものころは雷をおそれ、虫も触れず、水練(水泳の訓練)も嫌がり、刀や弓矢も怖がっていたそうで、武将としての先行きが心配されていたそうです。
ただ、現代でもそうですが、子どものときの「臆病」は、あんまり心配はありません。
「できないことをおそれる」というのは、自分の現段階での能力を知っている、すなわち「己を知る」という兵法の基礎ができる素地でもあるからです。
先が見え、あれこれ考えることができるがゆえに「野蛮な無謀」を避ける… それが「臆病」に見えるだけ…
こういう子は、大人になると「絶対に成功する計画を立ててからでないと動かない」という性格に育ちやすいのです。
「戦って勝つ」のではなく「勝ってから戦う」
氏康はそういう男でした。
さて、この氏康が自分の息子の氏政といっしょに食事をしていたときのことです。氏政は、お椀に入っていた味噌汁を、ご飯にかけて食べていたのですが、しばらくして、もう一度お味噌汁をかけて、また食べ続けました。
その様子を見ていた氏康は、ため息をつき
「北条氏も、どうやら私の代で最後だな」
と言うではありませんか。え? どうしてそのようなことをおっしゃるので? と、家来が聞くと…
「今、あの子は一椀の飯に汁を二度かけて食った。だいたい身分の低い者でも食事は毎日とるものだ。だからふだんから訓練されて目分量がわかるのに、こやつは最初に汁をかけ、それが足らぬとみたのか、またかけた。そんな程度の見積もりもできないヤツに、国が保てるわけがない。」
そ、そんなしょーもないことでダメ出しされるの??
と、思うなかれ。
その「ふだんの」ささやかな出来事の「延長線」上にまちがえていることが重要なのです。
この予言は的中し、北条氏は氏政の、見通しのきかない優柔不断な政策が原因で、豊臣秀吉に滅ぼされることになるのです…
見ている人は見ています。
ふだんの、何気ない、ささやかな行動の中に「あなたの本質」が見え隠れしているのですよ。
どーかお気をつけください。