シンプルな言葉は心にしみる…
主というものは、無理を言うものだと心得よ。 ~豊臣秀吉~
実に短い言葉で、言っていることは当たり前のことかもしれませんが、豊臣秀吉が言うところに説得力がありますよね。
彼の主人、言うまでもなく信長は「仕えにくき人」でした。
あらためてルイス=フロイスが記した「信長像」をみてみると…
軍事訓練に日々励んでいる。
名誉心が強く厳格で睡眠時間は短く早朝に起床する。
家臣の意見にわずかしか従わない。
家臣はみな信長を恐れていた。
自分以外の大名をすべて見下していた。
占い、迷信、慣習などをひどく軽蔑していた。
人を愛さず道具を愛した。
こんな主人… ちょっと仕えにくいですよね…
そりゃ、秀吉さん、こういう言葉を言うと思います。ここに描かれている人物像は、マキァヴェリの著した『君主論』に出てくる「君主像」にそっくりです。
秀吉にかぎらず、信長に仕えて名を為した武将に共通するところはたった一点。
主の道具になることに徹した人物であった、ということです。
ルイス=フロイスのみた信長の性格。「人を愛さず道具を愛する」ということに気が付いていたのでしょう。
ならば、道具になれば、主から愛されるではないか。
秀吉はもっとも明確にこのことを実行したのだと思います。それも、便利な道具になることに徹した…
が、しかし、よくよく考えれば、仕事をする者にとって「愛される」ということは「使われる」ということに他なりません。
かかれ柴田に、退け佐久間
木綿藤吉、米権左
という言葉があります。信長の四人の家臣、柴田勝家、佐久間信盛、木下藤吉郎、丹羽長秀に対する評価です。
柴田勝家は、常に信長軍の先鋒をつとめていました。先陣をきって突撃する… 柴田には先陣をまかせる、という役割を与えていました。
佐久間信盛は、殿(しんがり)です。退却する際、最後尾にあって敵をくいとめる… よほどの統率力と戦の流れを読む力がある人物だったのでしょう。殿軍はいつも佐久間がまかされていました。
「米権左」は丹羽長秀。いろいろな意味の解釈があるのですが、「米」ですから兵糧。補給・兵站が確保できない軍事はありません。兵の割り振り、陣地の準備、食料の調達… 地味だが必要不可欠、という人物だったわけです。
で、「木綿藤吉」が、豊臣秀吉。木綿は「ふだん使い」の便利なもの。いっつも便利に使われていた、ということでしょう。
主人は無理を言うものです。
徹底的に「道具」に徹してみる。
それは自分自身を磨くことにもなります。