真実の大岡裁き | こはにわ歴史堂のブログ

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朝日放送コヤブ歴史堂のスピンオフ。こはにわの休日の、楽しい歴史のお話です。ゆっくりじっくり読んでください。

第6回は、「大岡越前」でした。

「大岡越前」の越前は名前ではなく、越前守、という官職名。本名は忠相(ただすけ)です。


8代将軍、徳川吉宗のときに、江戸町奉行に抜擢されました。当時の江戸町奉行就任の平均年齢は60歳くらいでしたから、41歳で任命された忠相は、異例中の異例の出世というべきでしょう。


さてさて、歴史を研究する者にとって、やっかいなのが「江戸時代」というフィルターです。

現在、戦国武将についての話や、鎌倉や室町時代のさまざまな人物のエピソードの多くは、江戸時代に「改ざん」とまでは申しませんが、ほんとうに色々と「改造」されています。


儒学や道徳、身分制度、など、江戸時代の習慣・文化というバイアスがものすごくかかって、多くの人物像が過大評価、過小評価、されて歪められてしまいました。


水戸黄門、遠山の金さん、鬼平こと長谷川平蔵など、実在の人物であるにもかかわらず、ずいぶんと歪められています。


戦国時代の武将たちも、なんせ天下をとったのが徳川家康ですから、家康をアゲ、他はサゲる、という人物像に仕立てられているものもあります。

徳川に都合の悪い話などは書き換える、また、直接的に幕府を批判できないものだから、遠回しに悪口を書いたりする… また、庶民文化の花開いた時代ですから、ウケねらいの「歴史物語」や演劇も多く書かれ、それが事実であったかのように人々の中に伝わっていく…


この「江戸フィルター」がクセモノで、わたしたちの知っている歴史上の人物の活躍が、事実とは大きく異なるものになっているケース、ほんとうに多いんですよね。


名奉行であった大岡忠相が裁いた「事件」、いわゆる「大岡裁き」というもののほとんどはウソです。


「三方一両損」

「どちらが本当の母親か、子どもの手を引っ張らせた話」

「お地蔵さんに縄をうって真犯人を捕まえた話」


みな、中国の昔話や、西洋の伝説などが日本に伝わって脚色されたものだったり、また、別人の業績が大岡忠相の手柄となっていたり…


え~ なんかほんとの話ないの?


というわけで、記録に残る、「大岡裁き」をみなさんにご紹介したいと思います。さて、大岡忠相は、次の事件、どのような「判決」を下したのか、ちょっと考えてみてください。


【事件】


白子屋の娘クマが、女中のキクを使って、夫の又四郎を殺害しようとして失敗した。(殺人未遂)


【事実】


白子屋の主人、庄三郎と妻ツネには娘クマがいた。白子屋は経営状態が悪かったので、富裕な家の息子、又四郎を婿にむかえることにより、又四郎の実家より、多額の結納金を得ることができた。

しかし、結婚したものの、クマは、又四郎を好きになれずにいた。

それどころか、クマは、結婚以前から、白子屋の手代、忠八とつきあっており(恋人関係)、結婚後も、女中のヒサの手引きで、関係を密かに続けていた。

母ツネは、それを知りながらも黙認していた。

クマは、離縁したいと何度も両親に申し入れたが、離縁だと結納金を返さなくてはならなくなるので、反対し続けていた。

そこでクマは、夫が死ねば忠八と結婚でき、結納金も返さなくてすむと考え、女中のキクを脅して、寝ている夫を殺害させようとする。しかし、失敗。

又四郎と、実家の親が奉行所に訴えた。


さて、ここには被害者、又四郎以外、以下6人の登場人物とが出てきます。


白子屋の主人庄三郎・妻ツネ・娘クマ

手代の忠八・女中ヒサ・女中キク


なんと、これらの6人、すべて大岡忠相は「有罪」判決を下しました。

え? 全員?? 関係無い人、いるんじゃないの??? となりそうですが…

出された「判決」は以下の通りです。


A:町中引き回しの上、獄門

B:町中引き回しの上、獄門

C:町中引き回しの上、死罪

D:死罪

E:遠島(流罪のこと。いわゆる島流し)

F:江戸所払(江戸から追放)


罪の重い順に並べてみました。A~Fに該当するのはそれぞれ誰でしょう。(ABは同じ罪です。)


どうでしょう。わかりましたか?


まず、獄門になった二人は、殺人を命じたクマ。そしてその不倫相手の忠八。

そして市中引き回しの上、死罪となったのは不倫の手引きをしたヒサ。

死罪は、又四郎を殺そうとした女中キク。

遠島となったのは、白子屋の妻ツネ。

江戸所払が主人の庄三郎。


え… まず、これ、殺人「未遂」ですよね? 実行犯とはいえ、女中キクは脅されて実行しただけです。なのに死刑?? しかも、現在の刑法では、手代の忠八はもちろん、女中ヒサは無関係ですよね。

ましてや、庄三郎と妻ツネなんか、なんで罰を受けているのかわからないと思いませんか?


まず、白子屋の主人、庄三郎は、家中の監督不ゆきとどきで。

妻ツネは、娘クマの密通を知りながら黙認していたから。


う~ん…


女中キクはかわいそうですよね… 脅されて又四郎を殺そうとしたが失敗。つまり殺人未遂。これ、現代だと、ちょっと有能な弁護士がついたら執行猶予がつくような罪かもですよ。

忠八は、別に殺人を手伝ったわけでもない… 女中ヒサと忠八は、そもそもこの「事件」には無関係。


が、忠八は不義密通で獄門。ヒサはそれを幇助した、ということで、忠八は獄門、ヒサは死罪。

主犯のクマは忠八と同じく獄門…


なんでこんな判決に??


と、なるかもしれませんが、この判決のポイントは、封建道徳・身分制度にあります。


女中キクの罪が重いのは、「主」に対する罪だからです。

身分が低い者が自分の主に手を出すことは、たとえ未遂で、しかも脅された上のことであったとしても、殺人と同罪にされるんです。

封建道徳では、家内のもめごとの責任は主にあるとされる。だから庄三郎も罪がある…

女中ヒサも母親ツネも、娘の不義密通を知っていたという点では同じだが、二人は家内の身分が違うので、一方は死罪で一方は遠島、になりました。


複雑な背景の事件を、「封建道徳」と「身分制度」に照らし合わせて「鮮やかに」裁く…

実に見事な「大岡裁き」です。