コヤブ歴史堂のスタッフのみなさんは(というよりABC朝日放送のみなさんというべきでしょうか)、みなほんとに感じのよい方たちばかりです。
その最大の理由は、やはり笑顔でしょう。
みなさん、いつもニコニコされています。暗~い感じがありません。
そして第二が「声」。
みなさん、お声に響きがあるんですよ。
番組中、声をかけあわなくてはならないからでしょうか、大きな声(というより聞こえる声)をふだんから出されているからでしょうか、多くの方が聞き取りやすいお声をされています。
ひょっとすると放送局、ですから、採用時に「良い声」の方を選んでいるのでしょうか?
人の感覚、というのは、トータルで、判断します。
顔の形だけでなく、声や、あるいは香りなどなど、五感すべてで判断して、何か一つだけで判断することはないと思います。
同じ意見でも、心地よい響きの声で、その意見の内容に合わせたトーンでしゃべると、格段に相手に通じるようになります。
もちろん、意見の中身を磨くことも大切ですが、ある程度のレベルの人たちの会議になると、主導権をとれるかとれないかは、「話し方」が左右します。話し始めるタイミング、などももちろん重要でしょう。
戦国三大音声(おんじょう)、という言い方があって、戦国時代には声の「大きな」武将が3人いたそうです。一人は確実にわかっていて、豊臣秀吉、だったそうです。
当時拡声器も通信機もありませんから、戦場で「声が大きい」(というかよく響く聞き取りやすい声、しゃべり方など)ことは武将にとっては大切な要件。
ルイス=フロイスの記録でも、信長の声が「甲高い」ということがわかっていますが、こういう声も響きやすい声なのでしょう。
秀吉の意見は、会議ではよく採用されていたことがわかります。
「わたしならばあっという間に城の壁を修復してごらんに入れましょう!」
「わたしなら一夜で墨俣に城を築いてみせましょう!」
「わたしに殿(しんがり)をおまかせください!」
これらは大きな声、というよりもよく響く声で、そして絶妙のタイミングで入れられたものに違いありません。
関ヶ原の戦いの前、家康は諸将を集めて、東軍西軍、どちらにつくのもみなさんの自由、と、どちらにつくのかをせまりました。
「なにをおっしゃる!」
と、絶妙のタイミングで入ったのは福島正則
「われらは内府(家康のこと)にお味方申し上げましょうぞ!」
この一言で、われもわれもと家康に味方するっ と、会議の空気が一変した、と、言われています。
(まぁ、どこか催眠商法みたいなところで、それを演出した家康がすごいのですが)
徳川家光が諸大名を集めて参勤交代を宣したときもそうでした。
「わたしは生まれながらの将軍だ。今後、諸君を家来として扱う。文句があれば戦をしかけてこいっ」
「上さま! もし、上様にそむくような者があれば、このわたくしに先鋒をおおせつかりまするようにっ」
と、これまた絶妙のタイミングで大音声をあげたのは伊達政宗でした。この言葉でいっせいに諸大名は頭を下げた、と言います。
どんな声をしていたか、どういう「間」で話しをしていたか…
当然、これらは記録には残っていません。でも、武将の発した言葉で、その後、どうなったか、ということを推測すると、みなその「発言」には、心地良い響き、タイミング、大きな声量、をともなっていたと思います。