にゃんたのマル秘ファイルの話『徳川実紀』 | こはにわ歴史堂のブログ

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朝日放送コヤブ歴史堂のスピンオフ。こはにわの休日の、楽しい歴史のお話です。ゆっくりじっくり読んでください。

コヤブ歴史堂のHPをごらんになるとわかりますが、


アノ時代のアノ人物のびっくりエピソード!?

歴史上の最新のおもしろ雑学を芸人たちのコントやトークとともにお届けします!


と、書かれています。

まったく何の裏もなく、このままの番組です。


その「エピソード」というのは、いわゆる昔に書かれた「史料」です。


史料、というのは、上級史料と下級史料に分けられます。上級、というのは、同時代の人が書かれたもの、あるいはその時代の信頼できる記録… 貴族の日記や寺院の僧の記録などなど… できれば当事者よりも第三者が説明しているモノやコトがあれば、それは一級の史料となります。


でも、同時代の史料でも、当事者が書いたモノや自慢話は、ちょっと「盛られている」な、と、考えればよいわけです。


中には、専門の歴史学者のみなさんから言わせれば、ああ、その史料はアヤシイものだよ、そんなのフィクションだよ、というものもたくさんあります。

でも、歴史は伝言ゲームです。どんな一級史料でも、残した人の立場、時代、文化というバイアスがかかっていて、「何かしら脚色」があるには違いありません。

とんでもないウソが書かれている史料であったとしても、それがそう残されている、ということには何らかの意味や時代のメッセージがあります。


前に、にゃんたのマル秘ファイルは二度おいしい、と、申し上げました。一度目は「びっくりエピソード」として楽しみ、二度目は「最新のおもしろ雑学」として楽しんでもらえればそれでよいわけです。


いろいろな角度、誇張やら伝説やらデマやら… そういうものから歴史をみていくと、案外と一級史料よりも、歴史の真実に近づく場合も多いんですよね。


さて、これから何回かにわけて、コヤブ歴史堂で、取り上げた「マル秘ファイル」そのものの解説をしていきますね。


まず、徳川将軍やそれに関わる人たちのエピソードがコヤブ歴史堂では出てきます。

そんなときに、とりあげられることが多いのが


『徳川実紀』


です。これは19世紀に編纂された幕府の正式の記録… もちろん、幕府が書かせたものですから、まぁ将軍の話の大部分は「顕彰する」(何か出来事を利用してほめたたえる)ことが目的となっています。

ところが、ほめるつもりが、持ち上げるつもりが、かえって別のおかしいな事実を透かせてみせる結果になってしまう…


実は、『徳川実紀』という名の本は無く、たとえば


家康 『東照宮御実紀』

秀忠 『台徳院殿御実紀』

吉宗 『有徳院殿御実紀』


というように、東照宮とか○○院という将軍のおくり名を冠しています。徳川実紀、というのはこれらの総称なんですよね。


さて、第25回に取り上げた徳川秀忠さんのエピソード。


秀忠さんの「人間の大きさ」「まじめさ」を顕彰しようとして書かれた『台徳院殿御実紀』だったはずなのに、よくよく読むと「かえって別のおかしな事実」を浮かび上がらせました。


このときのゲストが吉本新喜劇の川畑泰史さんです。


「いや、この人、ようするにテンネンだっただけですよね」


と、おっしゃったのですが、まさにそれ! するどい分析です。余計な知識や考え方なく、虚心に史料を見ると、史料のウソの裏の真実が、チラっと透けてみえます。


この点、われらが歴史堂の主管、コヤブさんは実に鋭く、紹介した「マル秘ファイル」から透けて見える「別のおかしな事実」を見逃さず、


「いや、これ、ようするにこういうことでしょ。」

「ああ、でもこれね… わたしはこう思うんですよね。」


というところをパッと指摘して、わかりやすいたとえ話にしてくれます。ふだんの日常でみられる出来事と歴史の出来事を重ねて、そこから色々なことを見つけていく…


「なるほど。その話からこう来るか」と感心させられることがたびたびあります。


第5回の徳川吉宗、第6回の大岡忠相、そして第25回の徳川秀忠。これらのエピソードでコヤブさんが指摘されたお話しなどは、まさに史料から「かえって別のおかしな事実」に気づかれたことでした。


さて、『徳川実紀』。実は現代語訳が出版されています。


吉川弘文館『現代語訳徳川実紀』です。逸話編がありますので、ここから入れば楽しく読めるかな、と、おもいます。


コヤブ歴史堂のように、原文、史料に直接あたっておもしろがる、というのは大切なことだと思います。