からだに恥をかく体操〜えんぴつみがき〜 -163ページ目

アラクネ(10)

再度の出棺が済み、焼き上がりを待つ間、今度は本格的な昼食が用意されていた。カズタカは迷うことなく上座の、明らかに遺族達が座る一角に座し、タケハルも続いた。ヒロフミの両親と併せ四人の不可侵な塊になった。マユミ達は下座も下座に陣取り、少ない列席者には広すぎる部屋に、ぽつんぽつんと、いくつか人間の塊が出来た。後にカズタカは上座に座った理由を、「いやぁ、ここだけの話、なるべく目立たないよう奥の隅っこに座ってたらさ、いやまったく。焦ったね。すっかり上座下座なんか忘れてた。気がついた時には、時既に遅し。凄い後悔してる」と、言い放った。どうやらそれは本心で、上座に座ったのは決して義侠心や哀悼の意や列席者の少ないヒロフミの両親を気遣った訳でもなく、単なるケアレスミスだったようである。タケハルはカズタカになんとなく続いたとのこと。

この雰囲気なら。

献杯が済むと、マユミはアヤに謝った。静かに素直に謝意を述べる。ここぞとばかり、しんみりしている周りの空気を利用するという計算も働いた。その謝罪は、マユミの計算通り、受け入れられた。安心したマユミはコップに注がれたビールをぐいっと飲み干し、アヤに睨まれた。

焼きが終わって、列席者は炉の前に集まる。遺骨を骨箸で拾うからだ。マユミは何とはなしに外に出た。暖房の為かビールの為か、少し火照った体に突き刺さる冬の冷たい空気が心地よかった。雪の降り注ぐ空を見上げる。安い眼鏡に雪が当たる。目に水が入った時などにたまに見えることがある、昔、理科の教科書で見たアオミドロの拡大図のような、自身の眼球内の体液の流れ越しの空。一面灰色の空模様の中では煙突から出たであろう煙を認識出来なかった。この時代、もう煙など出ないのかもしれないが。

斎場の人間が粛々と遺骨を頭蓋骨とそれ以外に分け、作業が始まった。マユミは遺骨に色があることに少し驚いた。棺に入れられた花々の色素が伝染ったのであろうか、赤、緑、黄色、色とりどりの薄いチョークのようである。水分の無くなった遺骨は骨箸を通して、乾燥したカルメ焼きのような、軽石のような、陶器の割れた面のような、がさついた感触を、おかしいかな、マユミの口内に伝える。嫌な感触だ。アルミ箔を噛んだ時のよう、背中の産毛が逆立つ。

最後に頭蓋骨を骨壷に納め、封印し、葬儀は終わった。その瞬間、ヒロフミの母親がとうとう壊れた。今まで、涙も枯れ果てた呈をしており、感情という感情が死んだ如く不気味な程静かに佇んでいたのだが、突然鈍牛のような、うおぉうおぉ、と、その小さな体のどこから出ているのかと思うような低音で泣き喚いた。もはやそれは人の声ではなく、地獄の門番が死者を呼ぶ声のようである。狂い泣き、膝は折れ、髪を引きちぎり、真珠のピアスを引きちぎり、止めようとする夫を払いのけ、耳から振り飛んだ血でところどころ赤く染まった顔を殴り、夫の腕に噛みつき、歯が折れ、口周りを真っ赤に染め、隙あらば床を正拳に握った拳で叩く。ぐちゃぐちゃである。それを見ていた列席者の一人の赤い顔をした中年男が、「遺伝したんだな」と、呟いた。それを聞いてしまったミシモとカズタカがその男を睨みつけた。男は「ああ、うむ」と、言うと、スタスタと場を後にした。

なんとか、係員と夫が狂い叫ぶ妻を、昼食をとった部屋に連れ込むと、ヒロフミの母親に呼び留められた格好であるマユミ達は、帰るわけにもいかず、無言のままロビーで、ただ時が過ぎるのを待っていた。カズタカとタケハルは係員と共にヒロフミの父親に付き、部屋の前で待機している。彼らが付かざるを得ない程、人が居ないのだ。

「混乱に乗じて、あのおっさん殴っときゃよかったな」

雰囲気を変えようと、ミシモが先程の無礼な男のことを話すと、

「じゃあ、今から一緒に殴りに行こうか、って、ははは」

と、マユミが力無く笑う。

「あんたらこの場でよくそんなことが言えるわね」

アヤが人非人に対して言うが如く、蔑みを込め、吐き捨てるように言った。その眼はうっすら涙が溜まっている。勿論、ヒロフミの死によるものではなく、この騒動の衝撃によるものである。

「ああ!?てめえ、ふざけんなよ!いい子ぶりやがってよぉ!お前なんだよ!この場にふさわしくないのは!みんな頑張ってんのにお前だけどこに居るんだ!」

ミシモがキレた。決して喧嘩っ早いミシモではないが、あまつさえお世辞にも喧嘩が強いと言えないのだが、侮辱されたと感じた時には誰であろうと向かっていくのがミシモである。アヤに近付くと、左手で胸倉を掴み、右手を弓なりに引いた。その拳は握りしめられている。グーで殴る気だ。

マユミが、一発殴ったら止めよう、と、妙に冷静に状況を観察していると、突然視界に黒い大きな物体が現れ、ミシモに抱きつくような体当たりをした。カズタカだ。勢い余ったカズタカは、それでも器用に、ミシモを抱きかかえながら背中から落ち、ミシモと繋がっていたアヤも巻き込まれ、三人の人間の塊はくるくると二回、床の上を転がった。

「待て待て、それはまずい。普段なら他人の厄介ごとは歓迎なんだが、今日はもうややこしさが渋滞してる。ていうか、大丈夫か?」

カズタカは半笑いで、寝っ転びながら尚アヤを蹴ろうとしたミシモを制した。アヤはもうだらだらと涙を落としている。

「なんなのよ!」アヤが叫ぶ。

「ここは一つ、私を殴って怒りをお治めください」ミシモの様子を観察し、その様がどうやらキレた状態から脱したようであると判断したマユミが、立ち上がったアヤの前に躍り出る。

「あんたのせいよ!」

「ええ?私ですか?」

バチッ。アヤは思いっきりマユミの頬をひっぱたいた。マユミは殴られ慣れている。酔っ払った翌日、迷惑をかけた女友達にボコボコにされたこともある。それに女子校時代、ミシモとプロレスにはまり、連日の如く、プロレスごっこをしていた時期がある。プロレスは相手に手加減を加えるものだが、まだマユミ達がプロレスをリアルな格闘技だと思っていたということもあるが、総じて「プロレスごっこ」はガチンコで行われるものである。ひっぱたかれる耐性は十分持っていた。

「うーん、私のせいかぁ?」痛いことは痛いが、マユミにショックは無い。冗談で言ったのだが本当に殴られる準備もしていた。

「あんたが変なこと言うからぁ」ひくひくとしゃくりあげながらアヤが言った。

「あー、ま、なんだ。各人言いたいこともあるだろうが、今日はもう帰れ」

カズタカがズボンをはたきながら言う。

「っと、その前に」

カズタカは内ポケットから六通の封筒を取り出した。表には筆ペンで書かれたであろう達筆な字で、マユミ達それぞれの名前が宛名書きされている。

「あっ、何それ?」ホノカが興味津々で身を乗り出した。

「鈴木、お前はバカ犬か?はたまた三歩歩いたら全てを忘れる鶏か?なぜそこまで精神の急ハンドルをきれる?」

「あっ、そうか、ごめん」ホノカはそう言うと、一歩下がった。

「まあいいけどさ。それで、おばさんがお前らを呼び留めたのはこれを渡すためだ。ヒロフミからの遺書的なものらしい」

「なんだ遺書か」

「ホノカ!」カナコがアヤの頭を叩く。

「ごめん」

「もはや凄いとしか言えねえな。しっかし、ま、あれだ。そうだ。お前ら帰れ。俺達はまだ少し残るから。何かあったら俺かタケハルに連絡してくれ。ま、特に何も無いだろうけどな。じゃあ、仲良くしとけよ」

カズタカは半笑いのまま階段を上って行った。アヤが一人斎場を出て行くと、じゃあね、と言葉無く別れの挨拶を済まし、カナコとホノカはアヤを追った。残された形になったミシモとマユミ。

「しっかし、しっかし、ま、あれだな。二人してアヤとの関係が泥沼になっちまったな」

ミシモがカズタカの口調を真似て笑った。

「なはは。しっかし、アヤ達何に乗って帰るんだろ?同じ電車に乗ったら気まずくない?」

「どっかで甘いものでも食べようか」

「そりゃいい。今日は色々ありすぎた。昨日からかな」

「無理してでも甘いもの食わなやってられない。厄介なものもあるしさ」

「あー。わかるわかる」

決して苦い顔をしないよう、笑い合いながら二人も斎場を後にした。降りしきる雪の中、甘いものを食える場所を目指して。

次の日、菱山カナコが死んだ。


わからないかなぁ、だから、何度も言ってるでしょ

だから、ね?何度言ったら伝わるの?おれは超巨乳グラドルの風子が好きなんじゃなくて、巨乳グラドルの風子から巨乳が無くなったら好きってことよ。だから、だからね?風子は別に好きじゃないんだってば。そうだよ、だからそれは、お前が巨乳に重きを置いているからであってだな、何?そんなの鼻の短い象じゃないかって?ばかやろう。お前なぁ、なに?巨乳が好きなのか嫌いなのかはっきりしろって?お前ばかやろう!おれが好きって言うときはそれに命をかけられる時だけだ!うん、まあ、好きだけどさ。あれは衝撃的だったなぁ。おれの中で衝撃の出逢いベストフォーに入ったよ。え?いや、麻生まりもだよ。準決で負けたなぁ。負けた。タマムシを捕ろうとした時誤って屋根から落ちて、気がついたら病院で医者と話してた時にいたやたらかわいいナース、に負けた。あのナース絶対医者とできてんだ。あのナース絶対医者とできてんだ。あのナース絶対医者とできてんだ。うん、おれ18歳の時の話。ま、それも決勝で負けたね。優勝はあれだから、家でハンバーグ作る時のソース、だから。あのハンバーグ焼いた後フライパンに残った肉脂にウスターソースとケチャップ
混ぜたやつ。勝てないよな。あのソース味わいたいが為にハンバーグこねてる時あるからな。玉ねぎは炒めない。炒めた方がうまいのだろうが、家で作るハンバーグってうまいまずいで食べるものじゃないからね。あれって、ま、そんなことはどうでもいいんだよ。風子だ風子。小風子。え?だから、風子から巨乳をとったらそりゃお前便宜上小風子だろうが、いや、巨乳は好きさ、ああ、好きさ、ロシアンルーレットするかもしらんぐらい好きさ。いやするね。あー、おっぱいしでかせるなら一発だけ銃弾が入ったリボルバーの引き金三回引くね。引くだろ。一回は左おっぱいに、一回は右おっぱいに、一回はちょっとはずみで。命かけられるから。ああ!?藪から棒にブス専とかいうな!浅見れいなにも謝れ!おれは非美人が好きなタイプなだけで不美人がタイプなわけじゃねえ!ましてやかぎっ鼻はありえねえ!いいか?おれは、そうだな、お前の中で100点満点の風子を想像してくれ、ウダウダ言ってないで想像しろ。100点満点だぞ100点満点。そっから50引いたぐらいが好きなんだよ!わかるかなぁ。わっかんねえだろうなぁ。終わり。


二回目から適当に合いの手を入れながら読んで下さいね。そんな暇じゃねえか。そっかそっか。

アラクネ(9)

「それって、やっぱり」カズタカの云わんとしていることは、マユミに三つの意味を以て伝わった。それは彼女の死に両親、もしかしたら幼いヒロフミ、が関わっているという疑惑。そして、近所の住人が殺したという疑惑が地域コミュニティーに蔓延したということ。もうひとつは、その両方である。

「ばか野郎。寝言は寝て言え。田舎とはいえよぉ、警察の捜査力をなめるなっつうの。家族なんか真っ先に疑われただろうよ。それでシロならシロなんだよ。それでいいんだ」カズタカの頭の中には、両親が殺した、以外のことは入っていないようである。ましてや、ヒロフミが関わっているなど思いつきもしていないようだ。

「ま、変死であることには変わりない。しっかしあれだな。娘さんと息子を共にこんな、言っちゃ悪いがこんな理解不能な、なんだ、不可思議っつうかさ、得体の知れぬ死に方で亡くすなんてな。あ、ヒロフミの死因は知ってるよな?」

「そりゃね。近所だし。ニュースでやってたし。氷川神社の前でしょ?女富士のあるあそこの」

マユミが女富士と呼んだのは富士塚のことである。富士の溶岩を積んで作られたこの富士塚は女子供しか登ってはいけない、と、子供の頃親だか教師だかに教わって以来、マユミは女富士と呼んでいる。それは、おそらく、富士塚が富士に登ることの出来ない者、すなわち、女子供老人障害者の為の模擬であり、富士に登れぬ彼らが富士を信仰する為のものである、という説明をマユミが曲解したことによるものだと思われる。

「そう。あそこでヒロフミは自分の腹を自分の手で引き裂いて死んだ。なかなかどうして、ヒロフミ君もおつな死に様をチョイスしたもんだ。まったく。何でもはらわたを引きずり出し、ズタズタに裂きながら、最期は心臓を自分で握り潰したっていうじゃない。ったくよぉ」カズタカは変わらずに淡々と語る。

カズタカの死は平成のハラキリ事件として当初大々的に、しかしグロい事実をはぐらかしながら、報道されたが、上述したように、どうやら精神異常者の“犯行”であることがわかると、事件は無かったことにされた。

「俺もう二度ともつ鍋食えねえよ。とんだ呪いを残してくれたもんだ。へへ」カズタカの軽口は精神の均衡を保つ為であろう。

「お前らあいつの顔見たか?」

「いや、まだ見てない」ミシモが答える。

「そうか。それなら、なるべく見ない方がいいかもしれないな」

「そんなに酷いの?」

「酷い」

カズタカが発した、たった三音の乾いたシンプルな言葉だが、車中の雰囲気を変えることに於いて十分過ぎる言葉だった。

「ま、今日まで棺にも入れられず、あいつんちでドライアイス入れた布団の上に寝かされてたんだけどさ。火葬はなるべく早くしろって教訓になったよ。あんなもんがあっちゃ、おばさん達、それはそれはつらかったろうな」

カズタカの声が一つフィルターを挟んだように車中に流れた。

「おい、ちょっと、こんな雰囲気の中で悪いが、お二人のどちらか、タケハル達の誰かに電話しろ。番号わかんなかったら俺の携帯使ってタケハルにかけろ」

「わかるけど、なんでよ?あ」

言いながらマユミは携帯電話を探り、指に当たると壊れていることを思い出した。

「実は結構前からあいつら見失っちまった。大体の場所はわかるが、俺こっちの方の道わかんねえんだよ。どうせお前らも場所知らねえんだろ?」

「とことん頼りねえなお前は」

「タクシーじゃねえんだよ俺は。しっかし、あいつら、わざとだろ。お前が昨日野崎に何かしたからじゃねえか?」

「うっ」

ミシモがカナコに電話をかけ、ミシモの的確なナビゲートの末、路面に出来た轍の上を車は走り、まっすぐ火葬場に着いた。無論、霊柩車は先に着いている。丁度ヒロフミの棺桶が蜂の巣の穴のように開かれて並んだ祭壇スペースに安置されたところだった。タケハル達も車中で同じような会話をしてきたらしかった。

早速簡単な告別式が始まった。あまり広くない祭壇スペースにまばらな人間。カズタカはヒロフミの死に顔をあまり見ない方がいいと言ったが、それは無理なことだった。

ヒロフミの表情に、マユミ達は度肝を抜かれた。そして何故カズタカが、見ない方がいいかも、と忠告したのかを理解した。

この世のものとは思えぬ顔をしている。少年の頃の面影などまるでない。苦痛の果てか、歯をむき出して食いしばっており、顔中に走る太い皺がその苦悶を物語っている。瞼こそ閉じられているが、つり上がった眼、鼻。額には、道路にでも打ちつけたのだろうか、傷を処理した跡があり、全体を見ると、まるでバードイータークラスの大蜘蛛がへばりついているかのようであった。

そうはいっても、葬儀中である。忌避の表情、行為をするような輩はいない。

ヒロフミの父親がぐぐもり、声を裏返しながらも、東北訛りで、暖かな挨拶をすると、皆で棺に花を手向けることになった。ヒロフミの母親は虚ろにヒロフミの棺の足の方を見ている。マユミは棺の中にソフトビニールで出来た色褪せた着せ替え人形があることを知り、何とも云えぬ、戦慄に似た感情に襲われた。


アラクネ(8)

信号に捕まると、ハンドルを押すように叩き、カズタカは遠い目を浮かべ車でごった返す環状線の間隙を縫う灰色の空に目をやった。ノスタルジーに浸ると共に、そのノスタルジーを語る旧友が居なくなり、ふとした時に訪れる虚無。今がそれのようだ。

「そんなことより、さっきの霊柩車の話でさ。怪我人が出たってんで救急車呼ぼうとして電話しようと思ったら」

「119の筈が109って押してたって?それこそどうでもいいだろ。くだらないよ」

「なんとかセンターに繋がったら繋がったで、場所は?って訊かれたら」

「渋谷ですってか?もっとくだらねえよ。もうこの人やだ。運転手じゃなかったら殴ってる、そして、香港だったら…」殺してる、と、いつか観た香港映画に出てきたセリフを吐こうとしてマユミは口を濁した。さすがに、殺してる、はまずいと思ったからだ。

「香港だったらなんだよ」

「香港だったら、こ、恋人が出来ないわ」

「なにそれ?意味わかんねえよ」

「意味を問うなんてお前には百年早い」

「あー、尾形、お前も大変だな」

くだらぬマユミとの受け答えの末、カズタカはなんとか虚無をやり過ごし、涙を溜めることなく運転を続けることが出来た。この無駄口。マユミには痛いほど理解出来る。

ドライに生きていたい。カラッカラの、干し椎茸のように生きていたい。ついでにいい味出したい。

これは昨夜のマユミがシイにこんがらがって叫んだ言葉だが、ドライに生きていたい、と望むということは現状に於いて非常にウェットであるということだ。うじうじじめじめしているからこそ、からっとさくっと、後悔無き人生を生きていたいと望む。そのうじうじじめじめした後悔の大半は自身の軽率な言動や自主性の無さ、そして酒の席での暴走によるものなのだが。

「あー、いつだったかヒロフミが俺とタケハルに言ったんだ。俺には姉が、いや、妹だったかな、ま、とにかく女兄弟がいたってさ。それで、話の流れからして彼女はもう死んでいるのだが、その彼女の死をきっかけにヒロフミは転校したって話だったな。子供は子供なりに気を遣って深いことは訊かなかったけど、あいつの家には彼女の仏壇があったから事実だと思う。着せ替え人形とかぬいぐるみとかが、あってな」

「何で彼女は亡くなったの?」後々、訊かなければ良かった、と、マユミは思うはめになる。

「嘘か本当か知らねえが、あいつが言うには、毒だよ」

「毒!?それって殺人ってこと?」

「いや…違う。ほら、あいつ福島から引っ越して来たろ?東北弁をからかわれたりしてさ。可哀想に、身を取り巻く環境が激変したんだ、あいつは身も心もズタボロだったろうよ。子供って残酷だよな。帰りの会で、佐藤君が何を喋っているのかわかりません、って発言して先生に殴り飛ばされたのはお前らだっけか?」

「違う。それは高橋達だ」今まで黙って二人の話を聞いていたミシモがややムスッとした口調で言った。

「あー、そういやそうだな。あれ?高橋…高橋アサミだっけ?あいつ今日泣いてたぞ。号泣だよ。うぉんうぉんひーひー泣いてた。ろくにヒロフミと話したことも無いくせにさ。悲劇のヒロインにでもなりたかったのかねぇ。体の方は相変わらずの大女のくせに泣き喚いてさ。女は怖いな。で、何の話だっけ?俺、運転しながら会話をするのって苦手なんだよ」皮肉を言おうとしたのか本当に忘れたのか、いまいち釈然としない。

「毒の話」というわけで、マユミもあっさりと返すしかない。なにより、早く話の核心部を聞きたい。

「あー、毒な。あいつんちは福島の山ん中でさ。ザ・田舎って風景らしい。ちょっと山に入ればワラビやらゼンマイやら行者ニンニク、えー、なんつったけ、タラのモエ?タラの芽?ま、どっちでもいいけど、山菜採り放題で、遠くからばあちゃんらしき人影を見つけて近付いてみたら猿だった。畑に猿がいると思ってよく見たらばあちゃんだった。そんな嘘みたいなこともあるぐらい田舎で、それで、えっと」

「毒だってば」

「あー、それで、山ん中には食べられるものだけがあるわけではなくて、そこいらに普通に沢山生えてたらしいんだよ。ニガヨモギ、じゃなくてトリカブトが」

トリカブト、言わずと知れた有毒植物である。キンポウゲ科の多年草の植物で、花粉や密を含む全草、特に根にアルカロイドの一種であるアコニチンを擁しており、致死量を経口摂取をした場合、呼吸困難に陥り、僅か数十分で死に至る即効性の強い毒草であり、尚且つ解毒剤が無い。その根は古くから漢方薬として用いられ、附子(ぶし、毒として使う場合は、ぶす)、烏頭(うず)と呼ばれる。

「それを何を思ったか食っちゃって、山ん中で倒れてたらしいんだよ。そして彼女を見つけた時には」さらりさらりと、カズタカは感情を排除して語る。

「トリカブト…大学の時に長野に行って教授に騙されてベニテングタケの塩漬けなら食わされたことあるけど」

「おいしかったけどね」と、ミシモ。

「ま、そんなことが起きればヒロフミのご両親が村に居られなくなったのもわかるよな」

「え、なんで?」マユミは何も考えず反射的に訊いた。

「土師よぉ、お前は名前の通り、恥じ、だな。何年生きてきたんだよ。わかるだろ。ま、これは俺の推測に過ぎないけど、山に一人で入って行くぐらいの子供がトリカブト食って死ぬなんて、有り得ないんだよ。そりゃ、俺達都会っ子ならまだわかるよ?でも地元の子がさ。小さな頃から親に連れられて山に行って、あれは食べれる、これは食べたら死ぬって教わってきた子がさ。その食べたら死ぬの代表格のトリカブトを食うかっての。ま、若いトリカブトはセリとかヨモギに似ているらしいけど、それでもだ。まだ、ヤマカガシに噛みつかれた、の方が現実味がある。な?わかるだろ?ご両親が周りにどう見られたか、どうして引っ越さざるを得なかったか、は。ま、あくまで一エロ漫画家である俺の推測だがな」


免許更新

寝過ごすところだった。しかもまだ更新期間に余裕があると思ってたら、おれの場合今回から免許取得日の前後1ヶ月じゃなく誕生日の前後1ヶ月になってた。危ない危ない。今から講習だ。