第 10 章 不避(5)
彼は元の動きを維持はしているが気持ちはむしろ引き離され、全ての人はまるでこの予想外の質問によって他の世界に送り込まれたようになり、舞台下の聴衆を忘れている。場外で大型スクリーンを見ていた学生らは更に彼の目の中に隠すことのできない暗闇を見る。
徐々に会場は落ち着きを取り戻し、学生らはお互いの顔を見て声は出なくなり、その質問をした女生徒の顔にも不安が現れ始める。
司会者はこの問題に触れたことが應暉の我慢の限界だと思い、急いで前に出ると場所を防ぎ
「ねえあなた、あなたが尋ねたことはプライバシーよ。あなたはパパラッチが変装して姿を変えて誤魔化して中に入って来てるんじゃないでしょ」
学生らは何も助けないでまばらな笑い声を発する。
身近に居たアシスタントの忠告は應暉をすぐに我に返させ、ゼスチャーで司会者を阻止すると
「大丈夫です。急に妻を思い出しただけです。暫く彼女に会っていないので」
低下にあるほんの少しの意味不明な声で明確に答え
「勿論私は結婚していた」
講演会場の内と外にこのように多くの人が居たとしても、恐らく黙笙だけが講演台のその人の言葉の中に含まれている真実を理解する。
結婚していた
默笙も以琛にこう言った
結婚していた。だけどそれは名ばかりのことで今はもう何もない。
講演はもう終わりに近く、大型スクリーンの最後の画面では学生らが講演台に突進していて、間違いなく應暉を真ん中に取り囲むことになるだろう。
それからすぐに中継は停止して、C大百年創立記念日のプロモーションフィルムを上映し始める。
講演に集まった人の群れは次第にあちらこちらに散らばって行き、默笙も歩き出して人の群れに従って離れると突然、彼女は以前帰国する時の事を思い出す。
應暉は空港まで彼女を送り、搭乗する前に最後の話をした
「もし、君がアメリカに戻ってこないのなら、私たちは暫く連絡を取ってはいけない」
決して残念でないわけではない
本来、彼らは仲の良い友人でいられた
もし・・・
あんなにもいろんな事が起こらなかったなら
胸のあたりが悶々として、黙笙は少し目がくらむ
この無防備さで太陽の光が満ち足りている午後、その長い間隠してきた不快感が應暉を見たせいで現れその上かき回されて、まるで悪夢のようなシーンが再び現れる。
アメリカに初めて降り立った時、知人もなく土地にも不案内で怖気づき、言葉が通じずに差別された恥ずかしさと怒り、下手な発音のせいで馬鹿にされ笑われそして次第に慣れていった沈黙。
アメリカにやって来て二か月余り後、新聞で見かけた父親が裁きを恐れて自殺をした時の崩壊・・・
その時の全ては悪魔が編んだような一張の網で、もがいても切り開けない底なしの闇。
「二匹の虎、二匹の虎、走るの速い・・・」
突然に鳴り響く”二匹の虎”の着メロが黙笙を昔の泥沼から引き出し始める
この子供っぽ過ぎる着メロは以琛が忙しくて彼女の相手をする時間が無くて、黙笙が彼の携帯電話でゲームをしてた時についでに選んだもので、以琛はこれを聞いて長いこと顔を顰めながらもずっと変更しないでいる。
着メロは二回響いてから黙笙はやっと受ける
「默笙」
以琛の低く純朴な声が聞こえた瞬間、黙笙は自身の胸の中に感動に似た気持ちが何故生まれたのかわからない。心の中にまるで一陣の暖かい風が吹き抜けるように全世界が安らかで優しくなり
目に涙が浮かぶ
「以琛、私あなたを想っている・・・」
默笙は自身の想いを耳にする。
それは自分自身の、その見知らぬ異郷での趙黙笙の以琛に対する想い・・・
私はあなたを想っている
以琛、あなたは知っているでしょ
昔、異国の街頭に立つと見渡す限り違う肌の色で、あなたに似てる後ろ姿さえ見つけられないの
今やっとあなたに伝えられる・・・
私はあなたを想っている
目の中に溜まった涙は終に留めることが出来ずに流れ落ちる。
電話の向こう側の声はしない。耳の辺りにはただお互いの密かな呼吸を残して遥か遠くに聞こえる車の音が騒がしい。
僅かの時間の後、袁氏の大声が携帯電話の中から聞こえてくる
「以琛、おまえは歩いているうちに何で止まった。道の真ん中でまだ止まっている!」
以琛は驚いて目を覚ますようにすぐに咳をして
「ああ、わかってる・・・」
大弁護士は口下手ですぐに少し止まって
「・・・君は何処に居る?」
默笙は周囲をちょっと見て
「私にもわからない」
講演が終わった後、彼女は人の流れに沿って闇雲に歩いて自身も何処に居るのかわからない。
「道に迷った?道理で・・・」以琛の声は出なくなる
「もういい。君は直接大学の北門の真正面にある濱江大酒店(濱江ホテル)に来てくれ。俺は入り口で君を待っている」