第 7 章 若即(5)
これまで家に戻ってきても何時でも部屋はひっそりとしていた。
またも十一時。
以琛はドアを開け、指は壁に向かってスイッチを手探りするのが習慣になっている。すぐに指はスイッチを押さえた時の状態のまま停止した。
明かりが点いている。
彼は手を下ろして部屋の中をぐるっと見回すと、テレビはついているのに人の影は見当たらない。
歩いて行ってテレビのスイッチを切り、ソファーを過ぎた時にソファーの上で丸く縮んで寝入る人が目の端にちらっと入り突然立ち止まる。
以琛はぐっすり眠る顔を目を見開いて眺め、彼女を揺り起こして散々怒鳴りつけたいと思う。
こんな寒い時間に他でもなくソファーの上で眠る彼女に脳はあるのか?
明らかに怒り更に腹を立て、しかし彼には身を屈める事しかできずに極めて慎重に注意深く彼女を抱いて立ち上がる。
柔らかい身体は彼の空虚な胸を満たし、暖かな息は彼の冷たいスーツの上で浅く静かな呼吸をする。
この年齢で、今までこんな日が現れると夢見る勇気がなかった。
彼女をこのように手で触れることができ、手を伸ばし頭を下げている黙笙の全てはすでに彼のもの。
微かに頭を下げると頬と彼女の柔らかい頬が擦れ、あんなふうに長く外で眠っていたのにまだ暖かい。
胸の中に抱く黙笙は急に不規則に動き、彼が触れるのを避けようとするので以琛は息を止める。
目を覚ました?
しかし彼女はもっと心地よい空間を探して頭を彼の胸の中に向かって埋め、更に深い眠りに落ちる。
全く彼女の小さな動きのせいで心が波立つ人が居ると知りもしないで
君は・・・やれやれ
彼は密かにため息を吐く
その益々柔らかくなる心はもう二度とコントロールが効かなくなる。
肘でベットルームのドアを押し開けて彼女をベットの上に置き、パジャマの上にカーディガンを一枚着せてから以琛はすぐに躊躇い、手で触れて脱がせる。
ボタンを一つ一つ外していくと呼吸が少しずつ乱れていく。
優しく彼女を抱き上げるとカーディガンは腕から下に抜け落ちてパジャマから離れ、その背中の柔らかい肌の手触りも彼の鼓動を加速させ、自分自身を抑えることができない。
布団を引っ張って彼女に掛けると素早く立ち上がりその場を離れることにした。
更に待ち続けて、彼には自分がある種の方法で騒ぎ彼女を目覚めさせないことを保証する勇気がない。
部屋の外のバスルームですぐに綺麗に洗い、以琛は客間に向かって歩き出し、ベットルームを通り過ぎる時にふと思いだして足を止め、部屋のドアを押し開けてベットの上を見ると
やっぱり!
布団は彼女の身体半分にしかかかっておらず、もう半分は床に垂れて片足の大部分は外にむき出しになっている。僅か十数分でこのような寝姿に変わる。
以前、彼女は自分の寝相はただ”ちょっと悪い”だけだと言っていたが、見たところ全くもう控えめすぎる言葉だ。
彼女の寝相が悪いのは知っていた。
唯一、一緒に過ごしたあの冬、黙笙は何度も続けて風をひく。こともあろうに二か月の内に五回も風を引いたのだ。理由を彼女に尋ねたら、初めどうしても話すのを躊躇って、その後やっととてもきまり悪く口を開いた
「夜、眠っていると寝相がちょっと悪くなるの。ただね、ちょっと悪いだけなのよ。何時でも布団をけって、家に居る時はお父さんが遅くに帰って来たついでに布団をかけてくれたけど、ここにはそれをしてくれる人が居ないだけなのよ。寝てから真夜中まで何時でも布団を引っ張っている。だから風邪を引いても私の過失にはならない」
その後、言っていたのはすでに風邪をひくのは理に敵っていて、自分には関わりない様子だった。
今、見たところ彼女の寝相はただちょっと悪いだけなのだろうか。
以琛は床に半分落ちた布団をすくい上げて改めて彼女に掛け、手を放すと彼女は寝返りを打って布団はまたしても反対側の床に落ちていく。
なんて寝相だ!
以琛は手を伸ばして布団を引っ張って来るともう一度しっかりと布団を掛けて、実に穏やかに寝ている黙笙を少しだけ腹を立てた眼差しで見つめる。
彼女はきっとまた蹴飛ばし始める。
彼は彼女の”寝姿”を夜通し直すことを気にしない。
残念なことにその後はずっと大人しく寝て、既に動くことさえなくなり最後には寒がるようにして布団の中で縮こまった。
こうした時、例え寝ている黙笙であっても是非とも記憶して知っているべきである。
何時頃?
昼間、やはり夜?
一体どうやってベットで寝たの?
布団の中から起きて座り、頭の働きはまだそれほどはっきりしていない。寝ぼけた眼でぼんやりとしてベットから起き上がったのに何処にもスリッパが見つからない。
あれっ、何処にいったの?
以琛がキッチンから出てきて、パジャマ姿でリビングの中をぴょんぴょん飛び跳ねる黙笙が目に入ると思わず眉を潜める
「君はいったい何をしてる?」
「私のスリッパ・・・」
ソファーの近くにあるのを見つけて、再び飛び跳ねて着地に成功する。スリッパを履いて顔を上げると、賛成しない眼差しで自分を見つめる以琛が目に入り
「ほら、スリッパを探して・・・」
理由がないと気後れしてしまう。
「着替えてこい」
彼はぎこちなく幾つかの文字を投じると身体の向きを変えた。
俯いて自分のパジャマ姿を見て黙笙の顔は赤くなる。
忘れるとこだった。
この家の中には別の人が居る・・・
服を着替えて出てくると、以琛はもう朝ごはんを食べ始めている。
黙笙は躊躇いながらも彼の隣に座ってテーブルの上のお粥と小菜をみる。
以琛と一緒に食べる朝食・・・
ぐずぐずと手を出せないでいる彼女に気が付くと以琛は瞳を上げて
「中華の朝食は口に合わないのか?」
「えっ?いいえ」
ぼんやりとした中から我に返ると素早く頭を上げて一口飲み込んだ。
あっ、とても美味しい
「以琛・・・」
どうやら彼女が何を聞くつもりなのかわかっている以琛は目も上げずにあっさりとした口調で
「近所で買った」
「・・・とても美味しい」
「そうだな」
以琛はうわの空で一言返す。
しゃべることがなくなり、黙笙は黙々とお粥を飲み、傍らのコーヒーテーブル上に整理された書類を目の端で一瞥して
「今日も事務所に行くの?」
「ああ」
「とても忙しいの?」
「まあまあ」
実際の忙しさで頭がおかしくなりそうなのに、更にこのように忙しいのはわかっている。間違いなく、最近ある人が自分を害したせいで彼は頭がおかしくなったのだと。
「そう」
低く消えてそうな口調はとうとう彼の注意を惹き、お粥を飲み込んでいる彼女を見ると細い髪の毛がお粥の中に垂れて入っている。
彼らはどうやら新婚のようである。
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むふっ
なんか・・・愛が溢れてる・・・(笑)
小菜・・・小皿に盛った塩漬け・味噌漬けの漬物