社長のたわごと:日本廣業社田中眞一のブログ
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1300年前の長屋王 現代中国に感動を呼んだ

武漢市発生のコロナウイールスの猛威が世界中を混乱に落とし込んでいる。

私の記憶では正月ごろ、武漢市で肺炎を引き起こすウイールスが発生した。小さなニュースが頭の片隅にあった。

ニュ-スである以上、現地では数か月前から、この現象はあったのだろう。

 

コロナウイールスの猛威に、漢語水平考試(HSK)日本事務局が中国湖北省に送った支援物資の段ボールの箱に添えた1枚のメッセージの8文字が中国の人々を感動させた。

「山川異域 風月同天」

国が違い自然が異なっても 風と天は同じ。我々国は違えども同じ世界に生きているんだ。我々は同じ人間なのだ。

このような意味かと思う。

 

コロナウイールスの猛威に今日明日が知れない絶望的気持ちに落ち込んでいる湖北省の人々に、日本からの救援物資とこの8文字は、我々は孤立していない。海の向こうの日本からのメッセージが、かれらの追い詰められた心に響いたのだ。

中国のあるネットニュ-スには7000以上のコメントが寄せられ、31万を超える「いいね」が付いた。

 

この文章は奈良時代聖武天皇のころ左大臣長屋王が唐の国へ送った文物の中に、千枚の袈裟があった。長屋王は熱心な仏教者であった。

「山川異域 風月同天 寄諸仏子 共結来縁」の文字が袈裟に刺しゅうされていた。

この文字を見た鑑真はこのような心の人間のいる日本へ渡ろうとの決心をさせた。鑑真は命がけで日本に来た。

その文章なのでした。

 

しかし此の文を書いた長屋王(天智天皇の孫)は藤原不比等の4人の息子たち武智麻呂・房前・宇合・麻呂仕組まれた陰謀「長屋王の変」で一族自死を迫られ729年3月6日54歳で自死した。自死は皇族に与えられた名誉の死、縊り殺されるか、縊死するかである。一族自死であった。

無念であったであろう。当時聖武天皇の御代、20人以上の兵を動かすには許可が必要であった。

訴えたのも、位階の低い者と無位の二人であったことは、陰謀説しかも聖武天皇も承知していたことになる。なんとも残念な事件で後味が悪い。聖武天皇の弱みつまり男子後継者不在に藤原4兄弟は漬け込んだに違いない。

聖武天皇痛恨の訣であっただろう。

 

でもでも長屋王の唐に送った千枚の袈裟の刺繍は鑑真和上を動かし、1300年後の中国の人々の心に響いてきた。泉下の歴史の中の長屋王もって瞑すべきか!1300年前の文章が生き生きと躍動していることに今日は感動して長い休みのブログの再開とさせていただきました。

 

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