軽井沢高原文庫

2026.3.14~2026.4.21



「避暑地の文学・140年のものがたり」











1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

本日、辻邦生山荘見学会2026①②③のご案内を軽井沢高原文庫ホームページにアップいたしました。

 本日、辻邦生山荘見学会2026①②③のご案内を軽井沢高原文庫ホームページにアップいたしました。このイベントにご関心のある方はどうぞご覧ください。

 作家・辻邦生が1976年から24年間、創作活動を行った軽井沢山荘を、現地にて当館学芸員がご案内いたします。2013年にご遺族より軽井沢高原文庫に寄贈され、2014年より年数回、特別公開しています。今年で13年目。

 今年の開催日時は次の通りでございます。①2026年6月6日(土)13時~、②同9月12日(土)13時~、③同10月3日(土)13時~。

 なお、このイベントの参加にはご予約が必要です。各回の予約受付開始は次の通りです。①6/6開催分:3月28日(土)午前9時~、②9/12開催分:5月30日(土)午前9時~、③10/3開催分:6月27日(土)午前9時~。EメールかFAXのみで受けつけます。定員は各16名。

 現在、辻邦生さんの東京の仕事場、パリの仕事場は残っておりません。作家・辻邦生の創作現場が唯一残っている軽井沢山荘見学会によろしかったらご参加ください。建物は磯崎新氏の設計です。

 なお、1週間ほど前、2026年3月14日から、東京・目白の霞会館記念 学習院ミュージアムで「生誕100年 Re:辻邦生―いま、ふたたび作家に出会う[Part1]」が始まりました。そこを見学に訪れ、辻邦生への関心を一層深めたという東京都在住の女性から、最近、当館発行の「高原文庫」第24号(2009年)、第40号(2025年)の辻邦生展特集号のご注文をいただきました。いつか辻山荘を見学したいとのお言葉も添えられていました。 (大藤 記)

 

辻邦生山荘(2025年9月7日撮影)

本日から軽井沢高原文庫は令和8年度がスタートいたしました。

 本日から軽井沢高原文庫は令和8年度がスタートいたしました。展示室では「避暑地の文学・140年のものがたり」を開催しております(4/21まで)。また、敷地内に移築されている堀辰雄1412番山荘、有島武郎別荘〝浄月庵”、野上弥生子書斎〝鬼女山房”も公開しています。

 今日の軽井沢の予想気温は最低-3℃、最高9℃。春の兆しが感じられるとはいえ、軽井沢は朝晩はまだ氷点下です。軽井沢にお越しになる際は、上に羽織る服をお持ちになることをおすすめします。

 ここに、さきほど、軽井沢高原文庫、堀辰雄山荘、有島武郎別荘、野上弥生子書斎、立原道造詩碑、中村真一郎文学碑を撮影しましたので、ご紹介させていただきます。軽井沢高原文庫入口付近、有島別荘庭、野上書斎庭に白く見えているのは、解けずに残っている雪です。 

 新年度オープンを機に、あらためて、皆さまが1年間、お元気でお過ごしになられますよう、心よりお祈り申し上げます。 (大藤 記)

 

軽井沢高原文庫   (1985年開館)

 

堀辰雄1412番山荘   (1985年移築)

 

有島武郎別荘〝浄月庵”   (1989年移築)


野上弥生子書斎〝鬼女山房”   (1996年移築)

立原道造詩碑     (1993年建立)

 

中村真一郎文学碑   (2003年建立)

 

町田市民文学館「堀辰雄展」、世田谷文学館「ドナルド・キーン展」を見に行ってきました。

 きのう、わずかの時間がとれたので、ふと思い立って、町田市民文学館の「堀辰雄展」と世田谷文学館の「ドナルド・キーン展」を見に行ってきました。正式タイトルは、町田市民文学館ことばらんど「堀辰雄展 しあわせのヒント 「風立ちぬ」から90年」と、世田谷文学館 開館30周年記念「ドナルド・キーン展」です。

 どちらも見ごたえのある展示でした。軽井沢高原文庫では実現できない規模の展覧会です。ちなみに、ドナルド・キーン展のほうはきょうが最終日。

 私は、一昨日まで数日間、深沢紅子野の花美術館開館30周年記念特別展の飾りつけを行っていて、それがほぼめどがついたので、疲労はあったのですが、疲労は時間が解決してくれますから、出かけて行ったのでした。

 町田の堀辰雄展には軽井沢高原文庫から資料24点を貸し出していました。他方、ドナルド・キーン展は4年前、軽井沢高原文庫でも、生誕100年展を開催させていただいたので、私にとっては記憶にまだ新しく、他の館がどのようにドナルド・キーン先生を紹介するのか、少し関心がありました。

 町田市民文学館では、展示担当者の本松碧さんがちょうどお休みの日で、代わりに本松さんの上司で、今回の展示のもう一人の担当者・神林由貴子さんが1時間あまり、つきっきりで展示をご案内くださいました。  

 今回の町田での展示は、堀辰雄の代表作「風立ちぬ」に焦点を当てているのがひとつの特徴でしょうか。資料は堀辰雄文学記念館、軽井沢高原文庫、神奈川近代文学館、富士見高原療養所などから出品されていて、とくに堀辰雄文学記念館からの資料は質量ともに他を圧していました。これだけの堀辰雄自筆資料を一堂に見ることができるのはそうそうないので、堀辰雄にご関心のある方は、どうぞ足を運ばれることをお勧めいたします。3月22日まで。

 本松さんからいただいたご連絡では、四国や中部など、ふだん町田市民文学館に訪れないような遠方からのお客様も訪れているようです。私なりの個人的な感想は、きのう、神林さんにお伝えしましたし、本日、本松さんにもご連絡しました。細かい話なので、ここでは省略します。

 一方、世田谷文学館のドナルド・キーン展のほうは、会場に到着するや、偶然、キーン先生のご子息・キーン誠己さんにお目にかかることができ、ご挨拶できてよかったです。私は軽井沢で年数回、誠己さんにお会いする機会があるのですが、別の場所でお会いするというのも不思議な感じがいたします。

 ところで、世田谷文学館のキーン展は、既存の世田谷文学館の2階展示室を大幅に手を入れて、まったく新しい展示空間に作り替えてしまっている点、また、後半部に色々なお楽しみコーナーをつくるなど工夫がなされ、来館者の興味を飽きさせない努力が見られました。担当者および関係者の腕の見せ所でしょうか。なお、各コーナーの主な資料には、通常のキャプションとは別に、キーン誠己さんによる手書きの説明メモが付箋のように取り付けられていて、それをついつい読んでしまい、楽しむことができました。このように、ニュートラルなキャプションとは別の次元の説明があるというのは、ほかではあまり見かけないので、面白いと思いました。

 学芸部長の中垣理子さんはあいにくお休みでしたが、ちょうど展示担当者の原辰吉さんが館におられ、しばらく立ち話をさせていただきました。

 堀辰雄とドナルド・キーンという、軽井沢にとって大事な文学者の展示を見て、私なりに大いに学ぶことがあり、思いきって出かけて行ってよかったと、帰りの新幹線の座席に身体を沈めながら、思いました。

 ここに、町田市民文学館の正面(入口ドア左にポスターの拡大版が貼られているのをご覧ください)と、世田谷文学館のドナルド・キーン展会場入口の唯一撮影許可OKの場所の写真を載せます。 (大藤 記)

 

 

軽井沢高原文庫は3月14日(土)から令和8年度がスタートいたします。お雛祭り。つるし雛。

 3月に入りました。このところ、しばらく暖かい日が続いていましたが、あす未明からあさってにかけ、軽井沢では雪が降るという予報が出ています。あす日中の予想最高気温は1℃。

 皆さまのところはいかがでしょうか。この時期は寒暖差が大きいですから、くれぐれも体調管理にお気をつけください。

 さて、軽井沢高原文庫は3月14日(土)から令和8年度がスタートいたします。すでに先月、ホームページを更新しましたが、深沢紅子野の花美術館、ペイネ美術館の春展チラシ画像も載せましたので、あわせてご覧ください。

 軽井沢高原文庫では、3月14日(土)から4月21日(火)まで、「避暑地の文学・140年のものがたり」展を開催いたします。今年は、軽井沢がカナダ人宣教師により避暑地として見出された1886年(明治19年)から数えてちょうど140年になります。その間、軽井沢には多くの文人が訪れ、多くの文学作品を創作してきました。そうした文学作品を著作、自筆原稿、初出紙誌、絵画などの様々な資料約 200点によってご紹介します。

 なお、敷地内の有島武郎別荘1階に入っているカフェ「一房の葡萄」は4月11日(土)オープン予定です。

 軽井沢高原文庫の2026年の年間スケジュールおよびイベント情報を公開するのは、辻邦生山荘見学会の公開日なども含め、3月中旬以降となります。ご了承ください。

 きょう、私は、4月25日から軽井沢高原文庫で始まる春の企画展のチラシ原稿&画像の用意がようやく整い、デザインを依頼する人にデータを渡したところでした。

 ところで、あす3月3日はお雛祭りです。きのう、私は群馬県伊香保に行っていました。帰りに、榛東村にある地球屋榛名というお店に偶然、立ち寄ったところ、そこにギネス世界記録という世界一大きな吊し飾りがありました。ここに写真を載せます。

 帰ってから、調べたのですが、つるし雛というのは、桃の節句に飾られる、布で作った小さな人形や縁起物を糸でつなぎ、天井から吊るす飾りのことで、雛人形が高価だった江戸時代、一般家庭で女の子の健やかな成長と幸せを願って、母親やおばあちゃんが手作りしたのが始まりだそうです。「さげもん」(福岡・柳川)、「雛のつるし飾り」(静岡・稲取)、「傘福」(山形・酒田)などが有名とのこと。

 私の場合、たまたま出くわしたわけですが、天井から吊り下げられた巨大なつるし雛を見上げて、私まで幸せな気分になりました。 (大藤 記)

 

福寿草が庭に咲きました。

 きょうは、軽井沢でも最高気温が15℃まで上がり、一気に春のような陽気となりました。皆さまのところはもっと暖かかったことでしょう。

 きょう、軽井沢高原文庫の庭を歩いていて、福寿草が咲いているのを見つけました。ここに写真を載せます。場所は前庭のハルニレの木の根元。

 福寿草は、雪解けとともに黄色い花を咲かせる春を告げる花です。写真の右上に青いシートが見えると思います。シートの中身は立原道造詩碑です。軽井沢高原文庫は3月上旬まで冬季休館中ですので、やがて新年度オープンとともにこのシートは取り外されます。

 立原道造といえば、一昨日(2/13)の朝日新聞に、作曲家の信長貴富さんが連載エッセー「くちびるに歌を」の中で立原道造を書いてくださっていました。信長さんは、去年の年の瀬に立原の詩に曲を付けた合唱曲「この歌のしらべ」を書き上げたそうです(初演は5月)。このエッセー、信長さんが青春時代に立原の詩と出会った時のことが披露されていて、誠に興味深いです。

 軽井沢高原文庫所蔵の立原道造資料を立原道造記念会と共同協力のような形で14点出品した企画展「美しいユートピア~理想の地を夢みた近代日本の群像~」(東京・パナソニック汐留美術館)にも先日、ようやく行ってきました。立原道造コーナーは、水色の壁紙が貼られた独立した小部屋のようなところに、パステル画や設計図、自筆原稿などが上手に展示されていました。展示担当者の大村理恵子さんとも立ち話ができました。

 さて、きょうは、私にとって記念すべき日となります。軽井沢高原文庫の2026年の展覧会およびイベント内容がほぼ確定しました。まだ決まっていなかった催しに関して、その内容が決まったからです。早速、2026展覧会&イベントスケジュール表を作りました。ともかくほっと胸をなでおろしているところです。皆さまに公表できるのは3月中旬以降になりますが、それまでしばらくお待ちください。 (大藤 記)

 

 

 

東京・石神井公園に行ってきました。

 大寒(1/20)を過ぎ、1年の中で最も寒さが厳しい時期を迎えています。先日も、強い冬型の気圧配置となり、強い寒気が日本列島に流れ込み、日本海側を中心に各地で警報級の大雪に見舞われました。皆様の所は大丈夫だったでしょうか。あすからあさってにかけ、また所によって降雪があるようですから、十分にご注意ください。

 軽井沢は、幸い、現時点で平地に雪はほとんど見られません。しかし、1月23日は最低気温-14.1℃、最高1.3℃と、今季一番の冷え込みとなりました。そして、厳しい寒さは今も続いています。

 さて、しばらく記しませんでしたので、最近5日間ほどの出来事を、記憶を頼りに記します。

 きょう、東京のパナソニック汐留美術館の大村理恵子主任学芸員から「美しいユートピア 理想の地を夢見た近代日本の群像」展の展覧会図録をお送りいただきました。立派な図録です。この展覧会には、立原道造記念会と共同協力のような形で、軽井沢高原文庫から立原道造資料14点をお貸ししました。 

 きのう、深沢紅子野の花美術館の令和8年度の事業計画について相談するため、東京・石神井公園近くの深澤家へ車で行ってきました。例によって、イタリア家庭料理教室を葉山や重要文化財・明日館、東京・石神井などで長年、主宰されてきた紅子さんの孫・加藤真夢さんが、イタリア料理と岩手の郷土料理を作って、待っていてくださいました。岩手の郷土料理というのは、芋の子汁やがっくら漬けなど。それらをご馳走になりながら、著作権継承者の深澤大岳さんを中心に、展覧会やイベントについて相談してきました。来月、95歳になられる故深澤龍一(紅子・長男)夫人のとしさんにもお目にかかり、おおとうさんも変わらないですねえ、と声をかけていただきました。

 今年は、深沢紅子野の花美術館が1996年に開館して30年という節目を迎えます。建物が(旧)軽井沢郵便局舎という歴史的建造物(登録有形文化財)であることや、あまり予算をかけた大事業はできないという制約などがある中で、ともかくも30年間、活動を続けてこられたことは、何よりも美術館にこれまで関係してくださった多くの皆様、そしてご来館くださったすべての皆様のおかげであると、心より感謝申し上げます。30年という歳月の間に収蔵品も格段に増えました。 

 2日前は、愛知県の一宮市三岸節子記念美術館で今秋に開かれる深沢紅子展へお貸しする40点ほどの絵画のうち、画像データのない作品を撮影するため、地元の写真スタジオに絵を届けてきました。

 4日前は、知人が軽井沢のある職場に就職したお祝いをかねて、くつかけステイ中軽井沢で食事をしました。和食のお店で、思いがけず、越前せいこがにという旬のカニを食することができました。

 5日前は、長野県上田市の池波正太郎真田太平記館の運営委員会があり、参加してきました。(株)オフィス池波の石塚晃都社長や東京・台東区教育委員会中央図書館長の穴澤清美さんも東京からお見えになっていました。

 毎日がこんな感じでございます。

 ここには、先日、ふと思い立って、軽井沢の旧三笠ホテルに行ってきた写真を紹介します。私は昨年10月1日のリニューアルオープン式典にも参加していて、約3か月ぶりの訪問でしたが、冬ということもあり、空気がとても澄んで、建物も美しく見えました。明治38年の竣工ですから、121年前の建物です。1月19日の撮影。

 皆様も、お身体をお大事にお過ごしください。 (大藤 記)

 

 

本日(1/13)から軽井沢タリアセンは冬季休園・休館に入りました。3月上旬まで。

 本日(1/13)から軽井沢タリアセンは冬季休園・休館に入りました。3月上旬まで。

 昨日をもって、すでに昨年12月より休館に入っていた軽井沢高原文庫、旧朝吹山荘「睡鳩荘」をのぞく、軽井沢タリアセンの各施設が令和7年度の営業を終えました。

 一年間、誠にありがとうございました。

 日本海側を中心に大荒れとなった一昨日、夜の間に軽井沢もわずかながら降雪がありました。約3センチ。しかし、これでも軽井沢では今季で最も多い積雪です。

 朝、私は勤務先の明治四十四年館周辺や北ゲート駐車場の雪かきをし、また、歩道の雪をブロワーで吹き飛ばす作業を1時間ほど、行いました。

 年度の最終日に雪に見舞われた格好ですが、お客様、とりわけお子さんたちはむしろ大喜びの様子でした。すぐ隣の会員制ホテル、東急ハーベストからのお客様も少なからずお見えになっていました。

 写真は、きのう朝、撮影した軽井沢高原文庫の周囲の様子です。本館もすっぽりと雪で埋まってしまっています。実際には、もっと明るい銀世界なのですが、スマートフォンで撮ると、このように少し青みがかってしまいます。

 きのうは、深沢紅子野の花美術館の店頭商品の棚卸し作業や、18世紀のルドゥーテの銅版画30点(額装)を一時的に仮置きしてあった場所から元の大きな2箱に戻す作業などを行い、夕方には凍結防止のため水を止め、不凍液を洗面所やトイレなどに注入して帰りました。

 きょうは、軽井沢高原文庫において、きのうから書き始めた軽井沢高原文庫の夏の展覧会の関連イベントの講師の方へのお願いの手紙を書き終え、送りました。

 一日一日、あまり物事が進んでいないようにも思えますが、ともかく牛歩の歩みでもよいので、自分なりのペースで、コツコツと進めてまいります。 (大藤 記)

 

明けましておめでとうございます。

 明けましておめでとうございます。どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

 ここに載せる写真は、今年1月1日、軽井沢タリアセンの敷地内から浅間山を真ん中に入れて撮影した写真です。浅間山は上部に雪をかぶっているものの、平地に雪はありません。


  


 軽井沢高原文庫は、12月1日から冬季休館に入っております。

 私は、1月2日から深沢紅子野の花美術館の入る明治四十四年館で仕事をしています。2枚目の写真は、きょう撮影した明治四十四年館です。 

 1月5日、来月に筑波大学大学院博士課程の入学試験を受けるという、中国・南京からの留学生が来られ、2時間ほどいろいろ質問を受けました。中国と日本の避暑地を研究テーマとする女子学生でした。私は学生時代、魯迅をよく読みましたので、そのことを伝えると共に、中国革命の父、孫文が中国では孫中山と呼ばれることなどを教わりました。

 なお、ここで少し明治四十四年館の補足説明をします。この建物は、明治44年(1911)に旧軽井沢の通りに軽井沢郵便局として建てられました。以来、外国人宣教師をはじめ、川端康成、室生犀星、堀辰雄などの文人、その他多くの別荘避暑客に広く利用されてきました。

 旧三笠ホテル(明治38年)(国の重要文化財)、軽井沢駅舎(明治43年)とともに別荘地軽井沢の歴史を担ってきた代表的な公共建築物であり、保存の必要性が各界より保有者である軽井沢町に寄せられましたが、老朽化していたため現地保存は難しく、平成6年春に移築のため解体されました。そして、平成8年(1996)7月、軽井沢タリアセン内に移築復元されました。

 それから30年が経過しました。時間が過ぎるのは本当にあっという間ですね。私の関わる深沢紅子野の花美術館では、今年は秋に愛知県の一宮市三岸節子記念美術館で「深沢紅子展(仮称)」を開催していただくことが予定されています。きのうも展覧会担当学芸員の丹野汀さんと電話で話しました。

 なお、昨年暮れのことですが、例によって、軽井沢高原文庫の2階展示室と階段のワックスがけを行いました。その時の写真もここに載せておきます。 

 皆さま、今年一年がよい年でありますよう、心よりお祈りいたします。 (大藤 記)

 

 

来年1/15~、パナソニック汐留美術館「美しいユートピア」展へ立原道造資料14点出品

 年の瀬が近づいてまいりました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

 おととい、軽井沢は2度目の平地での積雪がありました。約2センチ。私はその日、深沢紅子野の花美術館(明治四十四年館/登録有形文化財)にいました。開館前、来館者が歩く道を、今季初めての雪かきをしました。

 ここに載せる写真は、同じ朝、塩沢湖畔を歩いていて、旧朝吹山荘〝睡鳩荘”の方角を撮影した1枚です。地面は真っ白ですが、昼間、よく晴れましたので、雪は夕方までにほぼ融けてしまいました。

 さて、きょうは、来年1月15日から東京のパナソニック汐留美術館でスタートする展覧会、「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」のために、軽井沢高原文庫所蔵の立原道造関連資料14点(内、画像5点)を出品しました。上田市立美術館の山極佳子学芸員が美術品輸送の業者の人たちと来館され、お渡ししました。1点1点、丁寧に資料調書を作成しておられるのに驚きました。この展示会はパナソニック汐留美術館の後、上田市立美術館(長野)、高崎市美術館(群馬)を巡回する予定です。

 今回、お貸しした資料の多くは、近年、立原道造記念会および宮本則子同会会長より当館にご寄贈いただいた資料群に含まれる資料です。したがって、今回、立原道造記念会と軽井沢高原文庫の両者で協力した形となります。

 出品資料は、パステル画「御岳の山並み」、「住宅・エッセイ」(『建築』再刊第1号)、自筆原稿「建築衛生学と建築装飾意匠に就ての小さい感想」、絵画「豊田氏山荘」4点、絵画「Lodge and Cottages」、絵画「[部屋のスケッチ]」など。

 今回の展示は、文学では宮澤賢治、美術では竹久夢二や松本竣介、建築ではブルーノ・タウトやアントニン・レーモンドなども取り上げられるようで、そうした中に立原道造も含まれます。

 ここで、若干の説明を加えます。そもそも「ユートピア」とは、イギリスの16世紀の思想家トマス・モアの小説のタイトルに由来します。「どこにもない場所」の意。また、同じくイギリスの19世紀の社会思想家ウィリアム・モリスは自著『ユートピアだより』の中で、暮らしと芸術の総合を唱え、目の前の現実の課題を見つめるとともに、どこにもない理想を夢見ています。その思想が紹介された20世紀の日本においても、「ユートピア」は暮らしをめぐる課題と理想となり、美術、工芸、建築など幅広いジャンルを結ぶ共同体が模索されました。(展覧会チラシ参照)

 今回、こうしたテーマに焦点を当てた展覧会の開催にあたって、歴史の闇のなかから詩人・建築家の立原道造も語り手のひとりとして手繰り寄せられたということでしょうか。うれしい限りです。

 先日、パナソニック汐留美術館のポスター画像を山極さんからお送りいただきましたので、ここに載せます。画面右側、上から3番目画像が「立原道造≪Lodge and Cottages≫1937年、軽井沢高原文庫蔵」です。小さくて見えにくいかもしれませんが、この資料は、立原道造が東京帝国大学工学部建築学科を卒業する際に提出した卒業設計「浅間山麓に位する芸術家コロニイの建築群」に関連する作品です。卒業設計の原本17枚が行方不明の現在、大変貴重な資料と言えます。

 パナソニック汐留美術館での展覧会概要を次に記します。ご関心のある方はどうぞ足をお運びください。 (大藤 記)

 

「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」

会期:2026年1月15日ー3月22日

会場:パナソニック汐留美術館(東京都港区東新橋1丁目5番1号 パナソニック東京汐留ビル4階)

https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/26/260115/

 

 

軽井沢に初雪が降りました。谷川俊太郎『ひとりでこの世に』

 けさ、全国各地に初雪の便りがあったようですが、軽井沢でも、平地に今シーズン初の降雪がありました。ここに、朝、仕事場に出てきた際、撮影した軽井沢高原文庫の様子を載せます。

 積雪は約1㎝。いよいよ本格的な冬の到来です。きょうの軽井沢の予想気温は最低-7℃、最高1℃。一気に冷え込んできました。

 既にお知らせしている通り、軽井沢高原文庫は12月1日から冬季休館に入っています。私は、だいたい平日は高原文庫でこの1年間のやり残した仕事を少しずつ行い、週末は高原文庫から250メートルほど離れた深沢紅子野の花美術館の入る明治四十四年館にいることが多くなります。

 ここに、最近の出来事を記します。 

 12月1日(月)は、軽井沢町の「町勢要覧」の取材・撮影がありました。予想したよりも本格的な取材で、インタビューと撮影で午前中いっぱい、かかりました。

 12月2日(火)は、午前中は町田市民文学館ことばらんどで開催される企画展「「風立ちぬ」から90年 堀辰雄 しあわせのヒント展」への出品要請のあった資料を用意しました。午後は、堀辰雄1412番山荘で11月30日まで開催していた「人文昆虫展『蟲の歌を詠む』」の撤去作業を、蝶やカブトムシなどの昆虫標本が桐箱の中で動かないよう注意を払いながら、行いました。

 きのうの12月3日(水)は、町田市民文学館ことばらんどの神林由貴子学芸員と本松碧学芸員が来館され、堀辰雄、立原道造、室生犀星などの自筆原稿やノート、初版本など計24点を、同館で年明けから開かれる展覧会のためにお貸ししました。長野県以外での堀辰雄展は、昨年春の富山県立の高志の国文学館に続き、連続となります。その後、日光市から昆虫愛好家の新部公亮さんが「人文昆虫展『蟲の歌を詠む』」資料を受け取りに来られました。大きな段ボール箱7箱ほど。貨物軽自動車に積み込む作業を、私も新部さんのご長男と一緒に手伝いました。

 きょうは、立原道造関連商品をたくさんご注文くださった方への発送準備などをしました。梱包を終えると、宅急便の軽井沢営業所へ持っていき、発送しました。

 毎日がこんな感じでございます。

 仕事柄、本をいただくことも多く、きょうは横溝正史の次女の野本瑠美さんから『父、正史 母、孝子』(角川書店刊)をご恵贈賜りました。300頁ほどもある大著です。早速、後半の『仮面舞踏会』の章を興味深く読みました。

 最近、谷川俊太郎さんの遺作を含む最新詩集『ひとりでこの世に』(新潮社刊)を新潮社出版部の須貝利恵子さんからお贈りいただきました。とても素敵な本です。この本には、軽井沢高原文庫から谷川さんにお願いして書いていただいた2編の詩(「高原文庫」36号、同39号掲載)も収録されていて、私は懐かしい気持ちがこみあげてきました。この谷川さんの詩集はこれから話題になるでしょう。 (大藤 記)

 

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>