2025.12.1~2026.3.
*冬季休館中
福寿草が庭に咲きました。
きょうは、軽井沢でも最高気温が15℃まで上がり、一気に春のような陽気となりました。皆さまのところはもっと暖かかったことでしょう。
きょう、軽井沢高原文庫の庭を歩いていて、福寿草が咲いているのを見つけました。ここに写真を載せます。場所は前庭のハルニレの木の根元。
福寿草は、雪解けとともに黄色い花を咲かせる春を告げる花です。写真の右上に青いシートが見えると思います。シートの中身は立原道造詩碑です。軽井沢高原文庫は3月上旬まで冬季休館中ですので、やがて新年度オープンとともにこのシートは取り外されます。
立原道造といえば、一昨日(2/13)の朝日新聞に、作曲家の信長貴富さんが連載エッセー「くちびるに歌を」の中で立原道造を書いてくださっていました。信長さんは、去年の年の瀬に立原の詩に曲を付けた合唱曲「この歌のしらべ」を書き上げたそうです(初演は5月)。このエッセー、信長さんが青春時代に立原の詩と出会った時のことが披露されていて、誠に興味深いです。
軽井沢高原文庫所蔵の立原道造資料を立原道造記念会と共同協力のような形で14点出品した企画展「美しいユートピア~理想の地を夢みた近代日本の群像~」(東京・パナソニック汐留美術館)にも先日、ようやく行ってきました。立原道造コーナーは、水色の壁紙が貼られた独立した小部屋のようなところに、パステル画や設計図、自筆原稿などが上手に展示されていました。展示担当者の大村理恵子さんとも立ち話ができました。
さて、きょうは、私にとって記念すべき日となります。軽井沢高原文庫の2026年の展覧会およびイベント内容がほぼ確定しました。まだ決まっていなかった催しに関して、その内容が決まったからです。早速、2026展覧会&イベントスケジュール表を作りました。ともかくほっと胸をなでおろしているところです。皆さまに公表できるのは3月中旬以降になりますが、それまでしばらくお待ちください。 (大藤 記)
東京・石神井公園に行ってきました。
大寒(1/20)を過ぎ、1年の中で最も寒さが厳しい時期を迎えています。先日も、強い冬型の気圧配置となり、強い寒気が日本列島に流れ込み、日本海側を中心に各地で警報級の大雪に見舞われました。皆様の所は大丈夫だったでしょうか。あすからあさってにかけ、また所によって降雪があるようですから、十分にご注意ください。
軽井沢は、幸い、現時点で平地に雪はほとんど見られません。しかし、1月23日は最低気温-14.1℃、最高1.3℃と、今季一番の冷え込みとなりました。そして、厳しい寒さは今も続いています。
さて、しばらく記しませんでしたので、最近5日間ほどの出来事を、記憶を頼りに記します。
きょう、東京のパナソニック汐留美術館の大村理恵子主任学芸員から「美しいユートピア 理想の地を夢見た近代日本の群像」展の展覧会図録をお送りいただきました。立派な図録です。この展覧会には、立原道造記念会と共同協力のような形で、軽井沢高原文庫から立原道造資料14点をお貸ししました。
きのう、深沢紅子野の花美術館の令和8年度の事業計画について相談するため、東京・石神井公園近くの深澤家へ車で行ってきました。例によって、イタリア家庭料理教室を葉山や重要文化財・明日館、東京・石神井などで長年、主宰されてきた紅子さんの孫・加藤真夢さんが、イタリア料理と岩手の郷土料理を作って、待っていてくださいました。岩手の郷土料理というのは、芋の子汁やがっくら漬けなど。それらをご馳走になりながら、著作権継承者の深澤大岳さんを中心に、展覧会やイベントについて相談してきました。来月、95歳になられる故深澤龍一(紅子・長男)夫人のとしさんにもお目にかかり、おおとうさんも変わらないですねえ、と声をかけていただきました。
今年は、深沢紅子野の花美術館が1996年に開館して30年という節目を迎えます。建物が(旧)軽井沢郵便局舎という歴史的建造物(登録有形文化財)であることや、あまり予算をかけた大事業はできないという制約などがある中で、ともかくも30年間、活動を続けてこられたことは、何よりも美術館にこれまで関係してくださった多くの皆様、そしてご来館くださったすべての皆様のおかげであると、心より感謝申し上げます。30年という歳月の間に収蔵品も格段に増えました。
2日前は、愛知県の一宮市三岸節子記念美術館で今秋に開かれる深沢紅子展へお貸しする40点ほどの絵画のうち、画像データのない作品を撮影するため、地元の写真スタジオに絵を届けてきました。
4日前は、知人が軽井沢のある職場に就職したお祝いをかねて、くつかけステイ中軽井沢で食事をしました。和食のお店で、思いがけず、越前せいこがにという旬のカニを食することができました。
5日前は、長野県上田市の池波正太郎真田太平記館の運営委員会があり、参加してきました。(株)オフィス池波の石塚晃都社長や東京・台東区教育委員会中央図書館長の穴澤清美さんも東京からお見えになっていました。
毎日がこんな感じでございます。
ここには、先日、ふと思い立って、軽井沢の旧三笠ホテルに行ってきた写真を紹介します。私は昨年10月1日のリニューアルオープン式典にも参加していて、約3か月ぶりの訪問でしたが、冬ということもあり、空気がとても澄んで、建物も美しく見えました。明治38年の竣工ですから、121年前の建物です。1月19日の撮影。
皆様も、お身体をお大事にお過ごしください。 (大藤 記)
本日(1/13)から軽井沢タリアセンは冬季休園・休館に入りました。3月上旬まで。
本日(1/13)から軽井沢タリアセンは冬季休園・休館に入りました。3月上旬まで。
昨日をもって、すでに昨年12月より休館に入っていた軽井沢高原文庫、旧朝吹山荘「睡鳩荘」をのぞく、軽井沢タリアセンの各施設が令和7年度の営業を終えました。
一年間、誠にありがとうございました。
日本海側を中心に大荒れとなった一昨日、夜の間に軽井沢もわずかながら降雪がありました。約3センチ。しかし、これでも軽井沢では今季で最も多い積雪です。
朝、私は勤務先の明治四十四年館周辺や北ゲート駐車場の雪かきをし、また、歩道の雪をブロワーで吹き飛ばす作業を1時間ほど、行いました。
年度の最終日に雪に見舞われた格好ですが、お客様、とりわけお子さんたちはむしろ大喜びの様子でした。すぐ隣の会員制ホテル、東急ハーベストからのお客様も少なからずお見えになっていました。
写真は、きのう朝、撮影した軽井沢高原文庫の周囲の様子です。本館もすっぽりと雪で埋まってしまっています。実際には、もっと明るい銀世界なのですが、スマートフォンで撮ると、このように少し青みがかってしまいます。
きのうは、深沢紅子野の花美術館の店頭商品の棚卸し作業や、18世紀のルドゥーテの銅版画30点(額装)を一時的に仮置きしてあった場所から元の大きな2箱に戻す作業などを行い、夕方には凍結防止のため水を止め、不凍液を洗面所やトイレなどに注入して帰りました。
きょうは、軽井沢高原文庫において、きのうから書き始めた軽井沢高原文庫の夏の展覧会の関連イベントの講師の方へのお願いの手紙を書き終え、送りました。
一日一日、あまり物事が進んでいないようにも思えますが、ともかく牛歩の歩みでもよいので、自分なりのペースで、コツコツと進めてまいります。 (大藤 記)
明けましておめでとうございます。
明けましておめでとうございます。どうぞ今年もよろしくお願いいたします。
ここに載せる写真は、今年1月1日、軽井沢タリアセンの敷地内から浅間山を真ん中に入れて撮影した写真です。浅間山は上部に雪をかぶっているものの、平地に雪はありません。
軽井沢高原文庫は、12月1日から冬季休館に入っております。
私は、1月2日から深沢紅子野の花美術館の入る明治四十四年館で仕事をしています。2枚目の写真は、きょう撮影した明治四十四年館です。
1月5日、来月に筑波大学大学院博士課程の入学試験を受けるという、中国・南京からの留学生が来られ、2時間ほどいろいろ質問を受けました。中国と日本の避暑地を研究テーマとする女子学生でした。私は学生時代、魯迅をよく読みましたので、そのことを伝えると共に、中国革命の父、孫文が中国では孫中山と呼ばれることなどを教わりました。
なお、ここで少し明治四十四年館の補足説明をします。この建物は、明治44年(1911)に旧軽井沢の通りに軽井沢郵便局として建てられました。以来、外国人宣教師をはじめ、川端康成、室生犀星、堀辰雄などの文人、その他多くの別荘避暑客に広く利用されてきました。
旧三笠ホテル(明治38年)(国の重要文化財)、軽井沢駅舎(明治43年)とともに別荘地軽井沢の歴史を担ってきた代表的な公共建築物であり、保存の必要性が各界より保有者である軽井沢町に寄せられましたが、老朽化していたため現地保存は難しく、平成6年春に移築のため解体されました。そして、平成8年(1996)7月、軽井沢タリアセン内に移築復元されました。
それから30年が経過しました。時間が過ぎるのは本当にあっという間ですね。私の関わる深沢紅子野の花美術館では、今年は秋に愛知県の一宮市三岸節子記念美術館で「深沢紅子展(仮称)」を開催していただくことが予定されています。きのうも展覧会担当学芸員の丹野汀さんと電話で話しました。
なお、昨年暮れのことですが、例によって、軽井沢高原文庫の2階展示室と階段のワックスがけを行いました。その時の写真もここに載せておきます。
皆さま、今年一年がよい年でありますよう、心よりお祈りいたします。 (大藤 記)
来年1/15~、パナソニック汐留美術館「美しいユートピア」展へ立原道造資料14点出品
年の瀬が近づいてまいりました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
おととい、軽井沢は2度目の平地での積雪がありました。約2センチ。私はその日、深沢紅子野の花美術館(明治四十四年館/登録有形文化財)にいました。開館前、来館者が歩く道を、今季初めての雪かきをしました。
ここに載せる写真は、同じ朝、塩沢湖畔を歩いていて、旧朝吹山荘〝睡鳩荘”の方角を撮影した1枚です。地面は真っ白ですが、昼間、よく晴れましたので、雪は夕方までにほぼ融けてしまいました。
さて、きょうは、来年1月15日から東京のパナソニック汐留美術館でスタートする展覧会、「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」のために、軽井沢高原文庫所蔵の立原道造関連資料14点(内、画像5点)を出品しました。上田市立美術館の山極佳子学芸員が美術品輸送の業者の人たちと来館され、お渡ししました。1点1点、丁寧に資料調書を作成しておられるのに驚きました。この展示会はパナソニック汐留美術館の後、上田市立美術館(長野)、高崎市美術館(群馬)を巡回する予定です。
今回、お貸しした資料の多くは、近年、立原道造記念会および宮本則子同会会長より当館にご寄贈いただいた資料群に含まれる資料です。したがって、今回、立原道造記念会と軽井沢高原文庫の両者で協力した形となります。
出品資料は、パステル画「御岳の山並み」、「住宅・エッセイ」(『建築』再刊第1号)、自筆原稿「建築衛生学と建築装飾意匠に就ての小さい感想」、絵画「豊田氏山荘」4点、絵画「Lodge and Cottages」、絵画「[部屋のスケッチ]」など。
今回の展示は、文学では宮澤賢治、美術では竹久夢二や松本竣介、建築ではブルーノ・タウトやアントニン・レーモンドなども取り上げられるようで、そうした中に立原道造も含まれます。
ここで、若干の説明を加えます。そもそも「ユートピア」とは、イギリスの16世紀の思想家トマス・モアの小説のタイトルに由来します。「どこにもない場所」の意。また、同じくイギリスの19世紀の社会思想家ウィリアム・モリスは自著『ユートピアだより』の中で、暮らしと芸術の総合を唱え、目の前の現実の課題を見つめるとともに、どこにもない理想を夢見ています。その思想が紹介された20世紀の日本においても、「ユートピア」は暮らしをめぐる課題と理想となり、美術、工芸、建築など幅広いジャンルを結ぶ共同体が模索されました。(展覧会チラシ参照)
今回、こうしたテーマに焦点を当てた展覧会の開催にあたって、歴史の闇のなかから詩人・建築家の立原道造も語り手のひとりとして手繰り寄せられたということでしょうか。うれしい限りです。
先日、パナソニック汐留美術館のポスター画像を山極さんからお送りいただきましたので、ここに載せます。画面右側、上から3番目画像が「立原道造≪Lodge and Cottages≫1937年、軽井沢高原文庫蔵」です。小さくて見えにくいかもしれませんが、この資料は、立原道造が東京帝国大学工学部建築学科を卒業する際に提出した卒業設計「浅間山麓に位する芸術家コロニイの建築群」に関連する作品です。卒業設計の原本17枚が行方不明の現在、大変貴重な資料と言えます。
パナソニック汐留美術館での展覧会概要を次に記します。ご関心のある方はどうぞ足をお運びください。 (大藤 記)
「美しいユートピア 理想の地を夢みた近代日本の群像」
会期:2026年1月15日ー3月22日
会場:パナソニック汐留美術館(東京都港区東新橋1丁目5番1号 パナソニック東京汐留ビル4階)
https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/26/260115/
軽井沢に初雪が降りました。谷川俊太郎『ひとりでこの世に』
けさ、全国各地に初雪の便りがあったようですが、軽井沢でも、平地に今シーズン初の降雪がありました。ここに、朝、仕事場に出てきた際、撮影した軽井沢高原文庫の様子を載せます。
積雪は約1㎝。いよいよ本格的な冬の到来です。きょうの軽井沢の予想気温は最低-7℃、最高1℃。一気に冷え込んできました。
既にお知らせしている通り、軽井沢高原文庫は12月1日から冬季休館に入っています。私は、だいたい平日は高原文庫でこの1年間のやり残した仕事を少しずつ行い、週末は高原文庫から250メートルほど離れた深沢紅子野の花美術館の入る明治四十四年館にいることが多くなります。
ここに、最近の出来事を記します。
12月1日(月)は、軽井沢町の「町勢要覧」の取材・撮影がありました。予想したよりも本格的な取材で、インタビューと撮影で午前中いっぱい、かかりました。
12月2日(火)は、午前中は町田市民文学館ことばらんどで開催される企画展「「風立ちぬ」から90年 堀辰雄 しあわせのヒント展」への出品要請のあった資料を用意しました。午後は、堀辰雄1412番山荘で11月30日まで開催していた「人文昆虫展『蟲の歌を詠む』」の撤去作業を、蝶やカブトムシなどの昆虫標本が桐箱の中で動かないよう注意を払いながら、行いました。
きのうの12月3日(水)は、町田市民文学館ことばらんどの神林由貴子学芸員と本松碧学芸員が来館され、堀辰雄、立原道造、室生犀星などの自筆原稿やノート、初版本など計24点を、同館で年明けから開かれる展覧会のためにお貸ししました。長野県以外での堀辰雄展は、昨年春の富山県立の高志の国文学館に続き、連続となります。その後、日光市から昆虫愛好家の新部公亮さんが「人文昆虫展『蟲の歌を詠む』」資料を受け取りに来られました。大きな段ボール箱7箱ほど。貨物軽自動車に積み込む作業を、私も新部さんのご長男と一緒に手伝いました。
きょうは、立原道造関連商品をたくさんご注文くださった方への発送準備などをしました。梱包を終えると、宅急便の軽井沢営業所へ持っていき、発送しました。
毎日がこんな感じでございます。
仕事柄、本をいただくことも多く、きょうは横溝正史の次女の野本瑠美さんから『父、正史 母、孝子』(角川書店刊)をご恵贈賜りました。300頁ほどもある大著です。早速、後半の『仮面舞踏会』の章を興味深く読みました。
最近、谷川俊太郎さんの遺作を含む最新詩集『ひとりでこの世に』(新潮社刊)を新潮社出版部の須貝利恵子さんからお贈りいただきました。とても素敵な本です。この本には、軽井沢高原文庫から谷川さんにお願いして書いていただいた2編の詩(「高原文庫」36号、同39号掲載)も収録されていて、私は懐かしい気持ちがこみあげてきました。この谷川さんの詩集はこれから話題になるでしょう。 (大藤 記)
「軽井沢高原文庫通信」第106号を発行いたしました。
このたび、「軽井沢高原文庫通信」第106号を発行いたしました(11月25日発行)。A4判12頁。
内容は、掲載順に次の通りです。堀口すみれ子氏(詩人、堀口大學・長女)「軽井沢と妙高への旅」、野本瑠美氏(横溝正史・次女)「父の創作に弾みをつけた軽井沢」、池辺晋一郎氏(作曲家)「長野県の文化度」、水無田気流氏(詩人、社会学者)「追分に行きたしと思へども」、新部公亮氏(昆虫愛好家)「小泉八雲と北杜夫と『虫』」、一色文枝氏「軽井沢と私」(「会員の声」)、松永はるえ氏「『軽井沢高原文庫』と私の人生観」(「会員の声」)、「生誕100年 辻邦生展 軽井沢と物語の美」出品リスト。
また、埋め草記事は次の通りです。夏季特別展「生誕100年 辻邦生展 軽井沢と物語の美」終わる、石井桃子『クマのプーさん』資料・壷井栄『二十四の瞳』資料を約600点受贈、感想ノートより、池内輝雄元館長ご逝去。
1部200円。送料110円。通信販売も承ります。
なお、ここで一つ、お詫びと訂正がございます。5Pに掲載の新部公亮氏のエッセイ「小泉八雲と北杜夫と『虫』」(画像)の中で、1か所、6文字が抜けていました。正しくは、3段目の画像のすぐ右の行のあとに、「い、世間に少」が入ります。ここに、画像を載せますので、6文字を補って、どうぞお読みください。
筆者、および皆さまに深くお詫び申し上げます。軽井沢高原文庫ホームページにもお詫びと訂正を掲載いたしました。 また次号107号にも訂正記事を掲載予定です。 (大藤 記)
軽井沢高原文庫は本日をもちまして本年度の営業を終了いたしました。一年間ありがとうございました。
軽井沢高原文庫は本日11月30日をもちまして本年度の営業を終了いたしました。一年間ありがとうございました。来年度は令和8年3月上旬のオープンを予定しております。
冬季休館中のお問い合わせや通信販売等のご連絡は、メール(e-mail:kogenbunko@yahoo.co.jp)、FAX(0267-45-6626)、郵便(〒389-0111 長野県北佐久郡軽井沢町長倉202-3)のいずれかにて、お受けいたします。
きょうは、ショップの書籍やポストカード・一筆箋などの商品の棚卸し(全アイテムの数量を数えること)、当館の定期刊行物の棚卸し作業に一日、忙殺されていました。数日前から行ってはいましたが、なんとか終えることができました。
次に載せる写真は、今年10月8日の軽井沢高原文庫の外観と前庭の様子です。「生誕100年 辻邦生展―軽井沢と物語の美ー」が終わる5日前です。わずか2か月前にはこんなに緑におおわれていたのですね。自然の千変万化にはいつも驚かされます。 (大藤 記)
2025.10.8
カワセミ
きのう、朝8時ごろ、軽井沢タリアセン内のレストラン湖水にいると、何かが建物にぶつかる音がしたので、外に出てみると、カワセミが地面に落ちて死んでいました。塩沢湖畔を低空飛行していて、慌てたのか、よそ見していたのか、あるいは、ガラスに映る湖面を現実の湖面と思い違いしてしまったのか、建物に衝突してしまったようです。ここに写真を載せます。
カワセミは、コバルト色の背と橙色の下面を持った、クチバシの大きな美しい小鳥です。 スズメくらいの大きさ。光線の具合により青にも緑にも輝くことから、〝水辺の宝石”とも呼ばれています。私も軽井沢で年数回の頻度で、ごくたまに見かけます。
2025.11.27
さて、最近の出来事をここに記しておきます。
3日前、私は来年のある行事に関する件で、東京銀座に行ってきました。東京は、パラパラと少し雨が降っていましたが、軽井沢に比べればだいぶ暖かい感じがしました。外国人観光客の姿を多く見ました。
一昨日、「軽井沢高原文庫通信」第106号が納品されました。A4判12頁。三つ折りにする作業と封筒詰めをする作業を、一昨日と昨日、集中的に行いました。そして、けさ、軽井沢郵便局に持ち込んで、発送してきました。会員の皆さま、もうしばらくお待ちください。
同じく一昨日、軽井沢美術館協議会の今年最後の例会を軽井沢タリアセンで行いました。事務局・会長館は軽井沢高原文庫。加盟8館の内、3館はすでに冬季休館中で、ルヴァン美術館副館長、田崎美術館館長は東京からお見えになりました。
昨晩、雨が降ったようで、けさ、浅間山を見上げると、上部は雪に覆われていました(写真)。今季3回目くらいの積雪。浅間山に3回雪が降ると平地にも雪が降る、という古言があるようですから、遠からず平地にも雪が降るでしょう。
12月4日前後から日本列島に寒波が南下してくるという気象予報が出ています。早くも流行の兆しを見せているインフルエンザとともに(人込みの場所へ出かける際はマスク着用をお勧めします)、皆さまもくれぐれも寒暖の変化にお気をつけください。 (大藤 記)
2025.11.28
今年の営業は残り一週間となります。落ち葉集め終了。信濃毎日新聞「辻邦生への序章」5回連載
しばらくご無沙汰いたしました。皆さま、お変わりございませんか。
軽井沢は木々が落葉し、すでに初冬の様相を呈しています。朝、仕事場に出てくる時、地面には霜が降りていて、サクッ、サクッと踏んできます。
4日ほど前、軽井沢高原文庫の周囲の落ち葉を車のライトエースに数回、積み込んで、腐葉土をつくる場所へ運びました。これで今年の落ち葉集めは終了となります。
きのうの軽井沢の気温は最低-2.2℃、最高9.5℃。きょうの予想は最低-1℃、最高13℃です。軽井沢は平地にまだ雪は降っていませんが、そろそろでしょうか。
さて、軽井沢高原文庫の今年の営業は残り一週間となりました。11月30日で今年度が終了します。1年というのは本当にあっという間ですね。
ここで、最近の出来事を思い出すままにいくつか、記しておきます。
数日前、「軽井沢高原文庫通信」第106号がようやく校了となりました。数日後には納品されます。
同じく数日前、ある短歌雑誌から頼まれていたエッセイ原稿を書いて、送りました。
10日ほど前、全国文学館協議会第10回展示情報部会が前橋文学館で行われ、参加してきました。発表者は、調布市武者小路実篤記念館の伊藤陽子さん、世田谷文学館の竹田由美さん、前橋文学館の高坂麻子さん。テーマは「地域と文学館」。全文協の集まりに私は忙しくてなかなか参加できていないのですが、今回、各館の様々な取り組みを聞くことができて、大変勉強になりました。北は北海道から南は鹿児島まで、現場担当者が参加されていました。
なお、すでに1か月以上が経過していますが、信濃毎日新聞が「辻邦生への序章 生誕100年 信州で培った文学世界」と題して5回シリーズの記事を文化面に掲載しました。信州にゆかりの深い作家とはいえ、辻邦生生誕100年の機会を捉えて、このように地元紙が大きく特集してくださったことに対し、深甚なる感謝を申し上げたいと思います。執筆は文化部の塚田岳さん。塚田さんは学生時代、辻さんの講演を聞いた経験があり、その際、辻さんと言葉を交わしたそうです。ここに辻邦生と軽井沢の関係を扱った初回記事を載せます。ご興味のある方は他の記事もどうぞご覧ください。丁寧な取材で辻文学の普遍性や今日性を探っていて、一読に値します。①2025.10.9。②同10.15。③同10.22。④同10.23。⑤同10.24。
さて、あすは、軽井沢町追分宿郷土館の「浅間根腰三宿のビスタ」展へ貸していた資料の返却があります。3日後に、「通信」第106号が納品されると、その発送作業が待っています。いま、ショップ等の商品の棚卸し作業も進めています。11月30日には堀辰雄山荘で開催中の「人文昆虫展 『蟲の歌を詠む』」が終了しますので、その後、撤去作業を行います。
皆さま、日に日に気温が下がってきております。どうぞお身体を大切にお過ごしください。 (大藤 記)















