近年、瀬戸内海のカキ大量死や陸奥湾のホタテ不漁が深刻化しています。
ニュースでは「海水温の上昇」や「地球温暖化」が主な原因として語られていますが、本当にそれだけなのでしょうか。
私は、この問題の背景には、戦後日本が進めてきた里山の破壊と、それに伴う里海の衰退という、より根本的で構造的な問題があると考えています。
瀬戸内海のカキ・陸奥湾ホタテ大量死が示す現実
瀬戸内海のカキや陸奥湾のホタテの大量死は、海水温の上昇や植物プランクトンの減少など、気候変動や海洋環境の変化が重なり、地域の基幹産業を直撃した深刻な事例です。
広島県や兵庫県では、自治体がいち早く養殖業者への支援に乗り出し、その後、国も養殖カキに対する総合的な支援策を打ち出しました。これを受け、青森県でもホタテ養殖に対して同様の支援を求め、県や関係市町村が国に要望しています。
高水温に強いカキ開発など、生産現場の努力
温暖化による海水温上昇は今後も避けられません。そのため、生産者側でもさまざまな対策が進められています。
例えば福井県小浜市漁業協同組合では、福井県立大学や地元業者と連携し、高水温に強いカキの開発を進め、昨年5月には試験販売を開始しました。
青森県でも、沖合養殖による低水温域の活用、稚貝確保技術の開発、プランクトン調査の強化、他地域からの親貝導入など、総合的な対策が実施されてきました。しかし、2025年春の調査では成育状況が1985年以降で最も低い水準となり、回復には数年を要すると見込まれています。
補助金や技術対策だけでは限界がある理由
こうした現状は、補助金や短期的な技術対策だけでは根本的な解決に至らないことを示しています。
地球温暖化は、いわば「ゆでガエル」のように、気づかぬうちに産業の持続性をむしばんでいきます。被害が顕在化してから対処しても、問題の本質には届きません。
耐性品種の開発や養殖技術の革新、産地の分散は重要ですが、それだけでは十分とは言えないのが現実です。
戦後の里山破壊と森林構成の変化
この問題の背景には、戦後日本が進めてきた林業政策があります。
住宅再建と経済復興のため、全国でスギやヒノキの植林が進められ、その過程で、古くから人の手によって維持されてきた広葉樹中心の里山は大規模に伐採され、単一樹種からなる人工林へと置き換えられていきました。
現在、日本の国土の約7割は森林に覆われていますが、そのうちおよそ4割、約1,009万ヘクタールが人工林です。さらに人工林の内訳を見ると、スギやヒノキといった針葉樹林が約7割を占めています。これは森林全体ではなく、人工林の中での割合ですが、日本の森林の多くが戦後に造成された限られた樹種による人工林で構成されていることを示しています。
里山の機能低下が川と海に及ぼした影響
本来の里山は、落葉や下草によって豊かな腐植層が形成され、多様な生物を育む「生物のゆりかご」として機能していました。そこで生まれた養分や微量元素は地下水や湧水として川へ流れ込み、川の生態系を支え、最終的には海に届いて海藻や貝類を育ててきました。
しかし、手入れの行き届かない人工林が広がったことで、土壌の保水力や養分供給力は低下しました。その結果、栄養分に乏しく、温度変動の大きい水が川へ流れ込むようになり、川では魚や水生生物が減少し、生態系の単純化が進みました。

「死んだ海」が生まれた理由
さらに、森からの養分や鉄分の供給が弱まったことは、沿岸海域にも影響を及ぼしました。海藻が十分に育たなくなり、藻場が衰退することで、貝類や魚類の生息環境が悪化し、各地でいわゆる「死んだ海」と呼ばれる状態が見られるようになりました。
森・川・海は決して別々の存在ではなく、本来は一体として機能しています。そのつながりが弱まった結果が、現在の環境問題として表面化しているのです。
里山・里海再生こそが持続可能な農林水産業への道
これらの変化は単一の要因によるものではありませんが、戦後に進められた里山の破壊と人工林への転換が、森・川・海を含む生態系全体に長期的な影響を与えてきたことは否定できません。
だからこそ今、長期的な視点で里山を再生し、里海を取り戻すことが必要です。それこそが、将来にわたって持続可能な農林水産業を育てる本質的な道だと、私は考えています。
私自身の実践としての農業の取り組み
私が北海道弟子屈町で、不耕起栽培に近い農業によってジャガイモを育てているのも、自然の基盤を壊さず、その回復力を活かすという同じ考え方に基づいています。
農業であれ水産業であれ、人間が自然を「管理する対象」ではなく、共生する存在として捉え直すことが、これからの時代には不可欠だと考えています。
最後に読者一人ひとりにできること
― 消費者の選択が、里山・里海を支える
里山や里海の再生は、行政や専門家だけに任せる問題ではありません。私たち一人ひとりの「消費者としての選択」もまた、その行方を左右する重要な要素です。
例えば、住宅や家具、紙製品などに使われる木材について、国産材や広葉樹材を選ぶことは、手入れの行き届いた多様な森を維持することにつながります。また、地域で生産された農産物や水産物を積極的に選ぶことは、里山や里海と向き合いながら生産を続ける人々を支えることになります。
こうした選択は一見すると小さな行動に思えるかもしれません。しかし、消費の積み重ねは確実に生産の方向性を変え、結果として森林のあり方や海の環境にも影響を及ぼします。自然を犠牲にした安さや効率だけを追い求めるのか、それとも自然と共に成り立つ循環を支えるのか。その選択は、私たち自身の暮らし方そのものでもあります。
里山・里海の再生は、遠い理想論ではなく、日々の買い物や暮らしの中から始めることができます。自分は何を選び、何を支えたいのか。その問いを持つこと自体が、持続可能な農林水産業と健全な自然環境への第一歩になるのではないでしょうか。