母が亡くなって数年後のことだった。

父の二郎から私と妹の妙子が呼び出された。

二郎「わしももう体が悪くて長くはないと思うけん、お前らに言うとかないかんことがある。」

二郎「わしの財産はこのマンションと現金があるが、大きな財産はマンションや。」

財産分与の話かな?

余程体が悪いんかな?

?????

二郎「このマンションは清巳にやろうと思う。やっぱり長男やからのう。妙子もそれでええな。」

それから二郎の細かい説明が始まった。

 

固定資産税がいくらいくら。

管理費がいくらで、もしマンションを事業に使う場合は管理費が二倍になる。

修繕積立金が毎月いくら。

マンションの管理組合長に二年前に自分がなったから30年以上その役は回ってこないから安心せい。

こまめに改修工事をしているからか、このマンションの金銭価値は周りと比べてあまり下がってないんぞ。

ほぼお金の話だが、やたら細かい。

 

何かおかしい。

清巳「このマンションを担保に金でも借りとんやないんか?」

二郎「それはない。」

そして

二郎「マンションはお前にやる。もうお前の名義に変えてやってもええぞ。」

ときた。

そしてすぐに返事を求めてきた。

二郎「清巳、それでええな。お前の名義に変えてやるぞ。」

 

直感的に何か怪しいと思った。

もしこれが本当に財産分与の話なら、今のマンションのおおよその金銭価値はいくらで、現金がいくらあって

と、財産の全部を言ってから、私にこれを、妹の妙子にこれをというのが普通ではないか。

マンションの価値も下がってないというだけで、それがいくらか言わず、現金がいくらあるかも一切言わず、

妹への分与のことは何も言わない。

私にマンションを相続させる、今すぐ名義を変えてやる・・・という話だけ。

なんか話が普通じゃない気がする。

だが、そのときは二郎の意図が分からなかった。

 

そこで私が苦肉の策で二郎に言ったのは

清巳「そうか、、、意向は分かった。」

 

二郎の思惑の答えと違ったんだろう、食い気味に言ってきた。

二郎「意向は分かったじゃなくて、それでええんかどうか返事せんか。」

清巳「なんで今返事せんといかんの?」

二郎「なんでと言うて、わしが聞きよるんじゃけん返事せいや。」

清巳「死んでもないのに今決めることもないやろ。」

二郎「ほなお前はわしが死んだら、財産全部確認してから妙子と二人で分けるというんか?」

清巳「そんなことは一言も言うてないやろ、意向は分かったと言よるだけやろ。」

二郎「ほな逆に聞くけど、お前は何で今返事をせんのぞ。」

「何で?」が出た。「何で?」「何で?」と次々に被せてくるのだろう。昔から二郎の得意のパターンだ。

昔はいつもこれで言い負けていた。

 

そこで

清巳「じっくり考える時間を与えずに即答を求める相手には、絶対に即答しないと決めとるからや。」

 

こう言ってもまだ「何で?」と返ってくるなら、

「じっくり考える時間を与えず即答を求める奴は人を騙そうとするやつやからや。」

と言うべく心の準備をしていた。

が、これはあまり言いたくなかった。

 

不機嫌な顔でしばらく考えて、二郎は「そうか、この話はここまでじゃ。」

言わずに済んだ。その日はそれで終わり、帰宅した。

 

 

数日が過ぎ、返答を焦らせる状態では見えてこなかったものが見えてくる。

 

第一に、マンションは母の名義になっていること。

 

二郎のやることだから、払いは母の恩給からで、名義は二郎にしていると思っていたが母名義だった。

母の恩給からマンションのローンを支払っていたから、母の名義にしかできなかったのだろう。

母が亡くなって、母の財産分与の話などは全くなかった。

相続放棄の話すら一切無かった。

そういう話題になったことも無い、というか二郎は自分に都合が悪くなるかもしれない話は振らない。

で、文句が出なければ相手はそれで納得したと勝手に決めているのだ。(以前当人がそう言っていた)

母が亡くなって、財産が欲しかったわけではないが、相続放棄をしていないので、法的には父二郎に二分の一、私と妹の妙子が四分の一ずつということになる。

マンションはそもそも二郎だけのものではないので、それをお前にやろうとは「これ如何に?」である。

 

第二に、お金の話だけやけに細かく説明するときはおかしい。

 

以前にも似たようなことがあったなと思い出した。

平成3年、矢内電気の事務所のローンの借り替えである。

二郎「今年金利が安くなったから、ローンを借り替えたら、金利が安くなって家族全員が助かるんじゃが。お前が連帯保証人になってくれたらローンを借り替えできる。家族みんなのために連帯保証人になってくれ。」

というようなことを言われて、1600万円くらいのローンの連帯保証人になった。

 

その時の契約書に署名捺印するとき、やたら詳しいお金の話が二郎から有った。

以前の金利がいくら。今度の契約の金利がいくら。事業として借りるから返済は住宅として借りるより多い金額で月々の返済はいくらになる。だから借り替えをすると、いくらいくら得になる。

やっぱりやたら詳しいお金の説明だった。

そして、

二郎「契約書にも同じことが書いてある。わしの言うことが信用できんならそこにある契約書を隅々まで読ん  だらええ。納得したら連帯保証人のところに署名捺印してくれ。」

そう言われたので、契約書に目を通すと二郎を信用してないと言ってるような気がしてやりずらい。

私は契約書を細かく読むことなく署名捺印してしまった。

あれは失敗だった。

 

数年後に分かるのだが、その契約書には「事務所を売るときには、新たに当銀行からお金を借りて、その新たに借りたお金でもって残りのローンを返済したうえで不動産を売ること、その時は必ず私清巳が連帯保証人となること。」と書いてあったのだ。

二郎はこのことについて一言も私に言わなかった。

(これが数年後私の身に降りかかることになる。ブログ042~045に記している)

 

確認しない私がうかつではあったが、この言い方は二郎の作戦だったのだろう。

連帯保証人には連帯保証をした契約書の写しが送られてくるはずだが、(当時の私はそれを知らなかった。)銀行から私には送られてきていなかった。

おそらく二郎が銀行の担当者に送らなくていいと言ったのだろう。

私が契約書を確認したら、隠しておきたいその契約内容が私にばれるからである。

 

実際は借り替えたことで浮いたお金は、「家族みんなが助かる」のではなく二郎の株の信用取引の軍資金になっていた。もっとも、信用取引でお金はすべて失ったのであるが。

つまり、家族みんなのためのローンの借り替えというのも大嘘で、自分の軍資金だったわけである。

子供に対してそこまで実の親が騙すとは、当時の私は思っていなかった。

 

ちょっと前置きが長くなったが、二郎があまりに詳しい説明をするときは要注意である。

やはり、長男だからお前に相続させたいというのは嘘であろう。

もし本当にそうなら、死んだ後で相続して名義変更の登記をすればいい。

二郎が生きていて、二郎が住んでいるマンションの名義を今私に替えると何がどうなるか冷静に考えた。

 

まず、役所からの固定資産税の請求は私のところに来る。

管理費と修繕積立金の金額も細かく言っていたということは、それも私に払わせるつもりだろう。

マンションに住んでいるのは二郎なんだが、管理組合には

「マンションは息子に譲ったから管理費や修繕積立金は息子からもらってくれ」と言うのだろう。

いままで散々やられてきたので、二郎のやり口は大体わかる。

マンションをお前にやろうと言いながら、実は私にそれらを払わせる算段なのだろう。

さらに、二郎は生きているのだから、これは生前贈与になるのではないか?

そうすると、私に贈与税がかかってくるのではないか?

まあ二郎にとっては自分の損にならないから贈与税のことなど考えていないだろう。

 

母が亡くなり、家計に母の恩給が入らなくなった。

小規模企業共済の退職金も、残り少ないのかもしれない。

どうすれば自分のお金を減らさず自由に使えるかを考えたら、自分がマンションに住んだまま名義だけを私に替えれば、固定資産税と管理費と修繕積立金を私に払わせることが出来ると考え付いたのだろう。

 

「やっぱりお前が長男やから、お前にこのマンションを相続させたい。すぐにでも名義を変えてやるぞ。」

何かおかしいとは思ったが、やはりこんなところだろう。

是が非でも即答を求めるようなことには絶対に即答しないのが正解である。

それが実の父でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母が認知症になって数年後のことである。

私と妹の妙子が父に呼び出されて両親のマンションに行った。

 

二郎「お母さんも認知症になって、わしの世話も行き届かんからの。お母さんを施設に入れてあげようかと思うんじゃ。お母さんもわしが世話をするより、施設の専門家が世話をする方が幸せじゃと思うんじゃ。」

清巳・妙子「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

二郎「ほんでの、わしも仕事をしよるけど、わしの働きだけでは施設のお金が賄えんのじゃ。ほじゃけんの、清巳と妙子に援助してほしいんじゃ。」

清巳「どういうこと、お母さんを施設に入れるのに僕らにお金の援助をせいということ?」

二郎「そうじゃ、わしもそのためにと働いとるけど、それだけでは足りんのじゃが。施設の方が世話も行き届いてお母さんもその方が幸せじゃとお前も思わんか?お母さんの幸せのために二人で協力してくれんか?」

清巳「ところで、仕事って何の仕事をしよるん?」

二郎「ほじゃけんの、わしの仕事だけでは足りんのじゃ。」

清巳「そんなことを聞きよんじゃないよ。何の仕事をしよるんかと聞きよんよ。しとる風にないから。」

二郎「いや、しよるんじゃが。」

清巳「だから何を?」

二郎は言わない。

何も仕事をしていないか、もし何かしていたとしても大方また株あたりだろうとは思うが。

 

ああ、いつもの善人面やな。断るとこっちが悪人になるような言い方やな。

しかも自分の都合の悪いことは言わない。

いつものやつや。

 

オイルショックの時に友人と共同経営してた会社が倒産して、しばらく母の働きで生活していた時もあった。

そのごろから浮気三昧。

母が長年看護師として働いた退職金を、二郎は自分名義の借金だけを返すのに使った。

それで銀行の信用を得て借り直したお金を軍資金にして、株の信用取引をして全てを(失ったお金はそれ以上ではあるが)失ってしまった。

母には夫婦といえども返し切れない恩義と責任があるはず。

母の認知症の原因も、度重なる浮気や退職金をすべて失ったというショックも大きかったと思う。

私としては、二郎が母の良美の面倒を見ることは当然だと思っている。

母の幸せのためなどと善人みたいなことを言っているが、要はただしたくないだけ。

 

清巳「ええ方法があるよ。」

二郎「ほう、何ぞ。」

清巳「お母さんの恩給を全部使ったら入れる施設はたくさんあると思うよ。」

二郎「・・・・・・・・・・・・・」

 

母の恩給を全部使うということは、今住んでいるマンションの支払いが出来ない。

母の幸せのためと強調するが、そこまでの覚悟があって母のためにしようというわけではない。

母の恩給は自分が自由に使い、この大きな間取りのマンションで生活し、子供の金で厄介払いをする。

もしかしたら、そのあとに知らない女がこのマンションに居るようになるかもしれない。

 

自分が何の仕事をしているかも言わない。

その仕事でいくらの収入があるかも言わない。

それで、自分が母のために働いているがお金が足りないから援助しろ。

相変わらずだ。

 

 

 

 

母は共依存

誰に依存しているかというと、それは父の二郎である。

これは間違いない。

子供のころ、父に逆らう私に対して

「あんたは負けて勝つということを知らん」

とよく言われたものだ。

当時はこの言葉に何か高尚な意味があるのかもしれないと思っていた。

また、父の言動や行動に対して

「お父さんの言うことはおかしい。ほかの家の人は違うように言うよ。」

などと私が言うと

「家の中ではお父さんの言うことが一番正しいんよ。」と返ってくる。

子供の頃はおかしいと思いながら、あるいは反発心を持ちながらも

父二郎の自分勝手な理屈と、母による「私の方がおかしい。お父さんが正しい。」という言葉に屈するしかなかった。

文句を言っても、「あんたはお父さんが働いているから生きていけとんよ。」の最終兵器が飛んでくる。

生殺与奪権をちらつかせるわけだ。

 

しかし私も社会に出ると、母の「私の方がおかしい。」は、もはや通用しない。

物の善悪や常識は、家庭という小さな枠の中ではなく、社会全体に横たわっているわけだから、

父母が私に押し付ける常識と、社会全体の常識とが合わなくなるわけである。

しかも、子供の時と違って、自分の生活や生命は自分で支えることが出来る。

だから、間違えていることは「間違えている」とはっきり言うことが出来るようになった。

 

二郎の自分の勝手な都合を私が断ると、まるで私が極悪人であるかのような口ぶりで(当然自分は善人に正当化するが)罪悪感をあおってきたり、時にはそうすることで何かわたしに得があるかのような言い回しで釣りに来たりもするが、手口は散々やられて分かっているのでそれに惑わされることもなくなった。

私が自分の思い通りにならないと、二郎はまず不機嫌な顔で威嚇をする。たまに怒鳴る。

しかし私もそれに挫けなくなった。そうすると二郎はしまいにふてくされる。

 

だが、母の良美は二郎よりさらに分からず屋であった。

というか、物事の道理や善悪など良美には関係ないらしい。

道理の通らない二郎の要求に対して、無条件に受け入れることを私に要求する。

また、その二郎の勝手わがままを、私清巳のことを考えて言っていると言い切るのである。

しかも、私にもそう思えと。

勿論私は応じない。

そういうことが何度も続いた。

 

母の良美はおそらく依存性人格障害だと思う。

二郎の勝手わがままを自分が受け入れることで、二郎に庇護してもらう。

これが良美の安全地帯。

それを守るために私にも自分と同じ態度で二郎に接しろということだ。

それをしなくなった私は、良美の安全地帯を脅かすだけの存在になってしまったようだ。

母の言うことを聞かない今の私は、母良美の中で自分の息子では無くなった。

私を見て清巳だと分からない母に、妹の妙子が

「清さんよ。」と言うと、母はこう言うようになった。

「清巳はもっと若い。この人は清巳よりずっとお兄さんじゃないの。」

母にとって息子の清巳は、二郎に逆らえない昔の子供の清巳であるようだった。

だから、今の私の顔を見ても、息子の清巳だと分からなくなった。というか、認めなくなった。

人の子として悲しいことだが、

私が私として、一人の独立した魂を持った一人の人間として生きていくためには、この道しか無かった。