敵を知り、己を知らば100戦して危うからず
有名な孫子の兵法である。
ずっと父、二郎の言うことになかなか逆らえなかったが、平成10年ごろには二郎の言っていることがおかしいと分かる時は、そのことに関しては随分非は非と言えるようになっていた。
しかし、うまく騙されたり、いいように使われたり、知らない所で何でも私のせいにされたりしてきた。
それに関しては、まだこの頃は対処しきれていなかった。
父の株の大損の全容が分かってくると、このままいつも騙されたり、いいように使われたりしたままでは、自分の身が本当に危うくなると思い、二郎がそういうことをするときの言動のパターンと、私の心の動きを分析し、対策を練ることにした。
第一パターン、「皆(誰か)の為になる、お前しかできない事なんだ」という言い方をしたときには要注意
二郎が私に頼みごとをするときは、よくこう言われていた。そういう時に限って、後でしまったと思うことになった。
こう言われた時の私の心の中
親が子供を養うことを当たり前だと思うなよ。親が血のにじむ思いで汗を流し、涙を流して手に入れたお金でお前は生きているのだ。それなのに親の恩を分からない子供と言われて、自分は悪い子なんだと心の奥に罪悪感を持っていた。
家族のためになると言われると、それをすることで子供のころの得体のしれない罪悪感から救われるような気がした。
また、子供のころから父に認められたかったのに認められなかったという思いがあり、お前にしかできないと言われると、何か認められ、頼られた気がして嬉しかったのだ。
第一パターンに対する対策
一般論としては、「皆のためになる」を連発する人は実は自分の為だということを隠しているということを知るべきである。
また、自分は恩知らずの悪い子ではないと思えればいいのだが、これがなかなか難しい。
第二パターン、一部だけやたら詳しく説明するときは要注意
こちらが聞いていないのに、ある一つのことを事細かく説明するときがある。
このパターンの場合は大抵細かく説明した後に、「分かったか、質問は無いか?」と聞く。
これをやられると、争点がその細かな説明の部分だけにあるように感じてしまって、他の大事な部分(金利を安くして今後の支払いを軽くするのが目的だというのに、何故今後返す額の倍以上を借りねばならないか)に自分の注意が向きづらくなった。
第二パターンに対する対策
『一部だけやたら詳しく説明するのは、隠しておきたい所に注意を向けさせない意図があるかもしれない』と思うことである。そして言われたことだけじゃなく、多角的に想定・分析を自分自身がしてみることである。
第三パターン、即答を求めるときは要注意
たいていの二郎のおかしな頼みごとの時は、必ずと言っていいほど即答を求められる。しばらく考えたいと言っても、直ぐじゃないと間に合わないとか何らかの理由が付いてきてせかされる。また、即答しないと段々二郎の顔が不機嫌になってくる。
私は元々頭の回転が速くない。即答を求められると冷静に考えられない。もちろん二郎もそれを狙っているのだろう。
即答しないと父の顔がどんどん不機嫌になる。子供の頃、この二郎の不機嫌が続くとそのうち爆発するので、この頃もまだ二郎の不機嫌な顔を見ると心のどこかでビビってしまっていた。
この反省をした十数年も後にも、即答して人生で1番の大失敗をしたことがある。この相手も自分の近親の者であり、心の一方で何かおかしいと思いながらも、信じれない自分を責めてしまって相手の言うことを聞いてしまった。一生後悔し続けるような大失敗になった。
それ以降は、相手が誰であろうと即答を求められた時点で機械的にすべてお断りしている。
第三パターンに対する対策
自分は頭の回転が遅いことを自覚し、絶対に即答しない。
考える十分な時間を与えず即答を求めるのは、冷静に考えられたら困る内容があると考える。
子供の頃は二郎が不機嫌になると手が飛んできたりもしたが、今は絶対にない。今の私は大人であるし、武道の有段者。二郎は自分より強い相手には決して向かっていかない。だから怖がる必要はない。
第四パターン、断ると角が立つような状況に置かれるときは要注意
二郎のおかしな頼み事は、それを断ると自分が悪人や情の無い人に思われるような言い回しをしてきたり、断ると他の誰かに迷惑が及ぶような言い回しをしてきたりする。
もちろん私は人に良く思われたいし、人に迷惑をかけたくないという思いはある。だから、このパターンにも弱かった。これは二郎だけではなく、かなりたくさんの人が意識的にか無意識的にか使っている。
第四パターンに対する対策
私自身が悪意を持って悪事をするわけではない。嫌なことを断るだけで悪者にはならない。
それでも悪者とされてしまうなら、それは仕方ない。でも私が悪者でないことは私が知っている。
可笑しいと思ったことには敢えて角を立ててみる。そして相手の反応を見る。
第五パターン、断ると「何で出来んのぞ。」『なんで」「なんで」と『なんで攻撃』
二郎の頼みごとを断ると、大抵「何で出来んのぞ」とくる。第一パターン、第四パターンともかぶってくるのだが、「皆のためになるのに何で出来んのぞ。」「お前がせんかったら人に迷惑がかかるのに何で出来んのぞ」と。言ってみれば良心の呵責を起こさせる戦略なのだろう。
第4パターンは二郎の言うことをしない私が悪者になるような上手い言い回しをするということだが、
第5パターンはそれを断ると良心の呵責を起こさせるような集中砲火が待っているということ。
第5パターンに対する対策
いずれにしても、悪者であるかどうかという二郎の土俵で戦っては勝てない。理屈では、こういうことを長年してきた二郎に分がある。百戦錬磨だ。
やはり、悪者にされても構わない。むしろ悪者でどこが悪いというくらいの気持ちにならないとこの攻撃には心が折れてしまう。
こういう気持ちに自分が成れてくると、『なんで攻撃』を受けても冷静でいられて、道理が見えてくる。二郎の言うことが道理に合ってないことが見えてくるので、理屈の応酬でなく道理で対抗しやすい。
第六パターン、「世の中はそうなんだ。みんなそうなんじゃが」と自分の考えが一般論のように言う。
このパターンは既に論破済みである。
子供のころは何かにつけ「お前の言うことは間違えている。」と言われ、「そんなことは無い。」と反論すると決まって二郎は「お前は世の中に出ていない子供だ。わしは世の中でお前より長く生きとる。世の中の人はみんなわしの言うように考えとるんじゃ。」と言われていた。子供の時はそれに反論する手段がなかった。
社会人になってからも
「世の中の人はみんなわしみたいに思とるんじゃ。これが世の中の普通の考えなんじゃが。」
と言ったことがあった。で、逆に聞いてみた。
「具体的に言うて。誰がその考えと同じ考えじゃと言うん?」
「皆がそうなんじゃが。」
「皆じゃ分からん。個人名を挙げて。」
そういうと、個人名は一人しか出てこなかった。土建屋さんの名前が挙がった。
「何十年も生きてきたんやろ。何百人、何千人と言う人に出会ってきて、一人しかおらんのやろ。超少数やない。1%以下の特殊な考えじゃない。全然みんなじゃないじゃない。」
さらに、「掛川土建さんにはちょうど明日会うから、そういう考えを持っとるかどうか直接聞いてみようわい。」
二郎は黙りこくってしまった。言うまでもないが、この言い方は二度としなくなった。
第七パターン、考え方の違いだと逃げる
父の屁理屈にはなるべく付き合わない。父の土俵に上がれば屁理屈で勝てるわけがない。それは以前から出来ていた。理屈や感情は抜きにして、道理で話をする。このような海千山千には道理で対抗するしかない。
そうすると父はよく追い詰まる。それはそうだ。道理に合わないことを言ったりしたりするのだから、道理で詰めていけば追い詰まるのが道理だ。
そうなっても、父は自分が間違っていたなど決して言わない。「お前とは考え方が違うんじゃのう。」と逃げる。道理に合う、合わないを、考え方の違いということにすり替えるのだ。それもまた上手い。
「それはお前が正しいと思とることじゃろうけど、わしにはわしの違う考えがある。」
これだけを聞くとさもそのように聞こえる。
が、法律や道徳に合わないことを違う考えだと言っても、それはただの正当化に過ぎない。
第八パターン、最終的には生殺与奪権発動
子供の時は
「親の言うことが聞けんのやったら、家を出ていったらええんじゃが。そのかわり一回出て行ったら二度と家にも入れてやらんし、飯も食わさんぞ。」
変な言い方だが、二郎がこういうと、脅しではなく絶対そうするだろうという自信?のようなものが子供の私にはあった。
だから、この最終兵器が出てくると、子供の私は従うしかなかった。(一度逆らいはしたが【ブログ027】)
社会人になってからはそのような言い方はとりあえず無かった。が、矢内電気で仕事をしている限り、給料を出す出さないの決定権は二郎にある。だから、大きく逆らえば同じ構造の何かが出てくるかもしれないと思っていた。
ある日実際出てきたのだが、それはいずれ別の回に
第九パターン、父の失敗や都合の悪いことは、いつの間にか私のせいのように言いふらされている。
これはなかなか対処のしようがなかった。私の知らない所でやられている。
しかも、私が周りの人に真実を言っても、それを信じないような工夫がされている。と同時に私が悪者になるように設定されているようだ。実に巧妙である。
このように父から自分を守ろうと、父二郎の言動パターンを整理して常に心構えをしておくことにした。
親は子供のことをいつも大切に考えていると信じて生きていたいものだと思う。
しかし、こう文字にしてみると、まるで詐欺にあわないような対策みたいだ。
笑ってしまう。
悲しいけど。