小さな話 2 | sgtのブログ

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歌うことが好きです。コロナ禍で一度はしぼみかけた合唱への熱が''22年〜むしろ強まっています。クラシック音楽を遅まきながら学び始める一方、嵐の曲はいまも大好きです。

 
若い匠はぽかんと口を開けて女の話すのを聞きながら、
頭の中では考えがぐるぐると回り続けていました。


「…つまりおまえは、
ゆうべ木のうろの中に咲いてた、
あの白い花の化身ということ?」


なんとか言葉に表すと、
目の前の女は輝くばかりの笑顔で頷くのですが、
匠は自分の言ったことが本当のこととは思えなくて、
目をしばたたかせるばかり。


「わたしは木の精から授かった力で、
あなたが一緒にいてくれれば、
この姿でずっといられるの。


だから、お願い、わたしを、
あなたの女房にしてくださいな」


匠はただでさえ驚いているところへ、
さらにこの申し出に仰天してしまいました。


「女房⁉︎ おいら女房なんて、
考えたこともなかったなぁ…


おいらは金を稼ぐ才覚とかなくて、
何かものを作るしか能がないから、
いつも里の人たちの世話になってばかりで、
ひとりで気ままにやってきたんだ。


おいらと一緒に暮らしても、
贅沢なんかさせてやれないし、
女のおまえにとってはきっと楽しいことないぞ?」


すると女は意外そうに言いました。


「あなたがどんな人であるかは、
ゆうべあなたがたくさん聞かせてくれたわ。


そんなあなたが好きになったの。


だからわたしにとって楽しいことっていうのは、
あなたと一緒にいることなのよ?」


こう言われて匠は、
改めて女の姿を頭の上から足の先まで見渡しました。


黒檀のようにつややかな髪に
牡丹の花びらのような紅い唇、
昨夜見た花と同じくらいに白く透き通るような肌に柔らかな衣だけを身にまとった女は、
苔の上にひっそりと咲いたさまそのままにあどけなく可憐で、
見れば見るほど心を惹かれる姿でした。


じっと見ていると、きらめく瞳に吸い込まれてしまいそうなので、
匠は思わず目を逸らして、慌てて言いました。


「おまえ、そんな薄い着物一枚じゃ寒いだろ。
おいらのところに来てくれるのは構わないけど、
これから山道を下るのに裸足じゃ危ないぞ」


そう言って、自分の着ていた綿入れを女の小さな肩に着せかけ、
自分のわらじを脱いで頼りなげな女の足に履かせました。


「ありがとう…あったかい。
でもあなたは大丈夫?」


女が嬉しそうに言うのを匠はなんだか見ていられなくて、
下を向き、昨日集めた蔓を束ねて肩に担ぐと、


「おいらは子どもの頃、この山ん中は裸足で駆け回ってたくらいだから平気さ。


ほら、陽のあるうちに…帰ろ」


と、照れ臭そうに言って歩き出しました。


女は喜びにさらに顔をほころばせて、
背を向けたままの匠の後について行きました。
















若い匠が可愛い女房をもらったという話はまもなく里に知れ渡り、
人々は代わるがわる、匠のもとにお祝いにやってきました。


女房の野の花のように気取らない心根は人々にすぐに受け入れられ、
二人は似合いの夫婦だと誰もが言うようになりました。


女房が来てからというもの、
匠のものづくりは少しずつ変わっていきました。


以前は作るということそのものを楽しんで、
気の向くままに工夫を凝らし自由にたっぷりと時間をかけていたのが、
今は女房がすぐそばで褒めてくれるのが嬉しくて、
仕事に一層集中し仕上がりがぐっと早くなりました。


と言っても仕事が雑になったわけでは決してなく、
むしろ逆に使う人の喜ぶ顔を想像して、
愛情を込めて製作に励むようになったのです。


匠も、単に自分の楽しみだったものづくりが
女房を通して、こんなにも人を喜ばせているのかと初めて知り、
またそれにやりがいと充実感をおぼえて、
もっと女房の、人の喜ぶものを作りたいと思うようになりました。


女房は、つましい暮らしにも不平ひとつこぼさず、
匠のそばにいることを心から喜んでいる様子でした。


はかなげに見える姿とは裏腹に、
野草のようにしなやかな力を秘めている女房は、
風雨に音を上げることもなく、
険しい崖にも不気味な洞窟にも、
匠に寄り添ってどこへでもついて行きました。


「だってもともとわたしは、昼間も日差しがあまり届かない深い森の中に居たんだもの、
ちょっとやそっとの厳しいところくらい平気よ」


ある夜の寝物語に女房は言いました。


「わたしの種は水たまりの中に落ちて、
そこで水浴びをした小鳥の羽に引っかかり、
あの場所に運ばれてきたの。


どんなところでもわたしは咲けるけど、
木や草花のおしゃべりがたくさん聴こえる森の中と比べると、
あの薄暗い木のうろではおとなしい苔くらいしか話し相手がいないのが寂しくて、
なんて所に来ちゃったんだろう、ってちょっと恨めしく思っていたの。


でもそこへあなたがやって来て、
あんな場所に咲いたわたしを褒めてくれて、
まるで友達みたいに話しかけてくれたから、
わたし本当に嬉しくて、
ここにわたしが根付いたのは、
あなたと出会うためだったんだって確信したわ。


あなたと話したい、わたしを見つけてくれたお礼を言いたいって思っていたら、
あの折れた木の精が私に話しかけてきて、
わしはこの男が子どもの頃から知っていて、信じるに足るよい男だから、
もしこの男について行きたいのなら、わしの力をおまえにあげるよって、
そう言われた途端にからだが熱くなって、気が遠くなって…


そうして気がついたら人間の女の姿になっていたから、
本当に木の精の力が働いたんだってわかったの。


だからわたしは、あなたのそばにいられるなら、
あとはなんにもいらないの」


女房の話すことは、匠にはまるでおとぎ話のように聞こえましたが、
ほのかに花の香りのする女房の髪を撫でていると、
ここにいる女房のこの肌の温もりこそが真実だと思えてくるのでした。


(おいらたちはほんとに奇妙な出会い方をして、
おまけにこいつは人間じゃない。


でもこいつはおいらのことをもったいないほど好いてくれていて、
おいらもいつの間にかこいつのことを、かけがえのないつれあいだと思っている。


ひとり身の暮らしをあんなに楽しんでいたおいらが、えらい変わりようだ…
それもこれもこいつのおかげだな)



まどろみの中で匠は、この女房と二人で、この幸せを大切に生きて行こうと改めて思うのでした。














若い匠の評判は、やがて都の殿様にも伝わることになりました。














まだつづきます。
どうも長くなりそうです。
題を替えた方がいいかしら。