小さな話 3 | sgtのブログ

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歌うことが好きです。コロナ禍で一度はしぼみかけた合唱への熱が''22年〜むしろ強まっています。クラシック音楽を遅まきながら学び始める一方、嵐の曲はいまも大好きです。


ある商人が背負ってきた一つの「つづら」が、
都に集まった商人たちの間で大きな話題を呼んでいました。


そのつづらはきっちりと丈夫ながら他のどのつづらよりも軽く、
飾りはひとつもないのにどこか優美で、
とにかく見たことのない造りなのです。


こんな素晴らしいつづらなら自分も作ってほしい、
これを作った職人は誰なのか、と大騒ぎになり、
その顛末が殿様の耳にも届きました。


港を構え貿易の盛んなこの都の殿様は、
商いだけでなく芸術にも関心が深くて、
潤沢な資金をもとにお屋敷の周りに腕自慢の職人を集めて住まわせたので、
この都は技芸の町としても知られていました。


その殿様が、ものの目利きにうるさい商人の間で大評判のつづらを見ていたく感心し、
その製作者にぜひ会ってみたいと言い出したので、
つづらの持ち主の商人は、
山里の若い匠のもとを訪れました。


匠は、自分の作ったものがそんな評価を受けていると知らされて、
おもはゆいやらむずがゆいやら、不思議ないい気分になりましたが、
都へ出て殿様に会ってほしいと頼まれると、考え込んでしまいました。


里ののんびりとした暮らしが好きな匠は、
ここからわざわざ山を二つも越えて、
気ぜわしい都に行くのはどうにも気が進みません。


けれども行かなければ、遠路はるばる殿様の意を伝えに来た、この商人の顔を潰してしまいます。


渋る匠の背中を押したのは女房でした。


「都にはいろんな職人さんがいるって聞いたわ。

そういう人たちのお仕事を見せてもらえたら、あなたもきっと面白いんじゃないかしら」


文字通り野育ちの女房の思い切りの良さに匠も心を動かされ、
女房も一緒に、という約束を取り付けて、
都へ向かう決心をしました。














「おぬしがあのつづらを作った男か…
思っていたよりずっと若いな」


殿様は匠の軽やかな風采に驚いていましたが、
匠の技術を心から尊敬していて、
不躾に呼びつけたことを詫び、長旅の疲れを丁重にねぎらいました。


匠も、生まれながらに権力者の地位にあるはずの殿様が、
身分の低い相手にもおごらず穏やかに語りかけるのに感動し、
互いに初めて会ったとは思えないほど、二人は親しく語り合いました。


「この度おぬしに来てもらったのは他でもない、
実は奥方が、北の山国からここへ嫁いできてもうすぐ節目の年を迎えるのだが、
子ができないためか、奥方はどうにもふさぎがちで、
このままでは祝いどころではない気配なのだ。

そこでおぬしには、
奥方の心を慰めるような祝いの品を作ってほしい。

おぬしの作るものには飾り気はないが、使う者への心遣いが随所に表れている。

わしが思うに、
いまこの城下で技を競い合っている職人たちの、出世欲の透けて見えるようなきらびやかな意匠は、
奥方をかえって疲れさせてしまいそうだ。

おぬしの作るものの方が、今の奥方の心に沿うのではないかと思う。

だから、奥方への贈り物だなどと、格式など堅苦しいことは一切考えなくてよい。

おぬしらしいものを作ってくれれば良いのだ」


匠はこの話をじっと聞いて、
奥方様のことを心底から想う殿様の気持ちに打たれ、
難しいとは感じつつも、殿様のためにこの仕事を引き受けることにしました。


次の日、匠は女房を伴って、都の職人町を見物して歩きました。


都を訪れる決心のきっかけとなった女房の一言の通り、
さまざまな素材を見事な技術で加工するこの町の魅力に、
若い匠の心は躍りました。


中には気前よく、少しばかり仕事道具に触らせてくれる職人もいて、
おまえなかなか筋がいいな、俺んとこに弟子入りしないか、と
匠に声をかけてきたりしました。


長旅の疲れか、女房は都に着いてから少し元気がなかったものの、
目を輝かせて職人たちと触れ合う匠の姿を見て、
やはりここに来て良かったと思うのでした。
















まだつづきます。
当分ゴールは見えません。