一宮とバスの中で初めて会話する、少し前のこと。
GW明けはやはり席替えになった。
くじ引きで一番前の席を引いたおれは、身長が高いので後ろの邪魔になってしまうけれど問題ないかと申し出たら、後方の席を引いた視力の弱いやつと交替することになった。
そうして移った席は、一宮の斜め後ろ。
そうとわかった瞬間思わずにやけた。
しかし連休明けの一宮は、新学期当初より明らかにトーンが暗くなっていた。
先月はぼんやりしていてものどかな感じだったのに、このごろの一宮は新緑の中に溶けてしまいそうなほど存在感が薄い。
五月病?とも思ったけれど、どうやら部活で何かあったらしい。
一宮を心配してか、彼のもとに代わる代わるやってくる顔触れから、彼はサッカー部員だとわかった。
周囲から愛されているんだな…それでも、人数の多い部活にいると大変なことも多いんだろうか。
やがて一宮は、そんなサッカー部の面々に自ら距離を置いて、一人でいることが増えていった。
それとともにぼんやりする度合いがさらに増して、見ていてなんだかはらはらする。
おれは、一宮のことが明らかに気にかかっていた。
彼の名前の中に弟の名前と同じ字を見つけたこと…一宮は「圭輔」、弟は「輔たすく」…と、彼の良くも悪くも素直な行動が結びついて、おれの中で彼の存在は「弟みたいなもの」になってしまっている。
その身長の低さも要因だ…一宮には失礼な話だが。
弟の輔は8歳の誕生日の直後に死んだ。
おれが小学4年の時のことだった。
輔は生まれつき心臓が弱くて、長く生きられないと言われていたのだ。
一宮のまっすぐで愛敬のある姿は、もし輔が元気に生きていたら、という想像を呼び起こさせる。
輔が死んでそろそろ7年、他人に輔の面影を重ねるなんて初めてだった…顔だって全然似ていないのに。
まさか自分がこんなにブラコンだったとは。
バスの中で声をかけたのも、元気がなくなっていく一宮を、ただ傍らで手をこまねいて見ているだけの状態では満足できなくなったのだ。
こんなお節介な感情が自分にあるなんて。
すべての原因はブラコン?
我ながら苦笑ものだ。
第一おれに何ができる?
運動部員の苦労なんかわからないのに。
そもそも、すくすくと健全に育ってきた(だろう)一宮少年に、おれのような屈託の多い人間が関わることは彼のプラスになるんだろうか。
…いや、考えても仕方ない。
おれが一宮を励まそうなんて思うこと自体がおこがましい話なのだ。
そんなことは差し置いても、実際おれは彼に近づきたがっていて、
何かきっかけを求めている。それだけのことだ。
おれが一宮にとって毒になるか薬になるか、あるいはどちらにもならないかは彼が決めることだ。
今いっとき沈んでいても、一宮なら、いずれはきっと自分の力で立ち直るだろう。
そしてその姿を見てみたい…と思うくらいなら罰は当たらないはずだ。
ともかくおれはおれの心に従って動いてみよう。
初夏の陽光の眩しい朝、おれは妙な決意をもって、一宮の横顔に「おはよう」と声をかけた。