あおい目が見てた 1 | sgtのブログ

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歌うことが好きです。コロナ禍で一度はしぼみかけた合唱への熱が''22年〜むしろ強まっています。クラシック音楽を遅まきながら学び始める一方、嵐の曲はいまも大好きです。


先月9回に分けて投稿したお話の、続きというか、サイドチェンジです。

またまた長くなりそうです。

でもぼちぼち書いていきます。
自分の蒔いた種ですもの、自分で刈り取らなくちゃ、です。

楽しんでいただけるものになっているといいのですが、つまらなかったらごめんなさい。でもなんとか楽しめるように、頑張ります。










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あおい目が見てた










目の前の視界がやけに開けている。
おれの前にあるはずの、二人分の背中の垣根がえらく低い。

晴れた日の午後の現代文の授業。
窓から春の陽光が柔らかく差して、教壇には単調な喋り方の教師、そして大方の人間は弁当を食ったばかりで、安眠を誘う条件が完璧に整っている。

周りを見渡すと、この「条件」をのんで現実から旅立ったやつが何人もいて、いくらここが国語に疎い輩が集まりがちな理系クラスとはいえ、ちょっと教師に同情してしまう。

おれの列の先頭の真面目そうな女子は、お経のような教師の話にそれでも健気に耳を傾けノートを取っている。

二番目は男。こいつは完全に落ちている。机に突っ伏して、背中が上下するのが見える。

三番目、おれのすぐ前の男は、寝入ってしまうことに多少は良心の呵責を感じるのか、腕でなんとか上体を支えて、机に向かっている形を保とうと努力している。

だが時折、わかりやすくがくっと首が落ちる。その動きが結構大きいものだから、大っぴらに寝ているやつより却って目立ってしまって、なんだか気の毒になる。

と言っても本人は夢うつつのさなかで、さっきから教師に嫌な顔をされていることにも気づかず、それはそれで幸せそうだ。

その姿を見ていたらなんだか懐かしい風景を思い出した。







小さい頃、弟と二人で悪さをして、父親から叱られていたときのこと。
二人並んで正座させられて神妙に小言を貰っている、はずだったのが、
ふと見ると隣の弟が、
コクリコクリと舟を漕いでいる。
父親に「こらっ、聞いてるのか」と一喝されるとびくっとして姿勢を正すのだが、
1分と経たないうちに、また…
やがて父親の声さえも届かなくなる。
そうなるともう、父親も何を叱っていたのかわからなくなって、おれと顔を見合わせて目尻を下げて…







また目の前の頭がガクンとなった。いよいよ限界か?

新学期の、出席番号順の座席割で過ごすこと約1ケ月。

国語系の授業になると大抵寝てしまうこいつと、まだ話をしたことはないが、眺めているだけでもいろんなことが見えてくる。

ざっと見おれより10㎝は背が低そうで、日に焼けて無駄な肉がついていないから屋外の運動部だろう。髪が伸びているから少なくとも野球部ではないし、上半身の体格から見てテニスでもなさそう…陸上か、サッカーか。
ほぼ毎日何かしら忘れ物をする。でも周りのやつに助けを求めるのが上手くてなんとかなっている。実験の段取りの悪さから見て、手先は器用ではなさそう。はっきり得意と言える科目は体育…他にあるのかどうか。

この男、名簿によると一宮圭輔いちのみやけいすけは、後ろから勝手にプロファイリングされていると知ったらどう思うだろう。

だがこの素直な無防備さは楽しくて見飽きない。

連休が明けたら席替えになってしまうのが惜しいと思うくらい、おれは「観察」を楽しんでいた。










ある朝、学校に向かうバスに乗り込んだら一宮の姿が見えた。

おはよう、と声をかけてみたら、向こうも同じクラスのやつだくらいの認識はあるらしく、おはよう、とこちらを見て応えた。

すると、

一宮が怪訝な顔でおれの顔に見入っているのがわかった。

おれはこの視線には慣れている。

一宮が見ているのはたぶんおれの目だ。

というのもおれの目は、カラコンを入れたような変わった色をしている。

そのせいで昔から…いちばん古い記憶で保育園の先生から…「ハーフ?」と訊かれることがしょっちゅうあった。

しかしおれの両親は、父親が多少目鼻立ちがはっきりとしているが、れっきとした日本人だ。

ハーフ、と言っても、親を見られたらすぐバレてしまって面白くないので、中学あたりから、おれは目のことを尋ねられると「自分はクォーターだ」と言うことにしている。

もちろん嘘である。

しかしこの嘘はかなりの高確率で真に受けられてしまう。

一宮にも言ってみたら、やっぱり信じた。

しかし素直な人間を訳もなく騙すのはなんだか気が引ける。

だからすぐに、本当のことを話した。

すると一宮は再び混乱した様子で、


「え?じゃあ、あの、あれ…突然変異ってやつ?」


習い覚えの言葉で訊いてきたので、そこまではわからない、と答えると、


「そうか…でもなんかカッケえなあ、そういうの」


無邪気に感心するのが可笑しかった。

その姿が、また、弟を思い出させた。