さくらがたり | sgtのブログ

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歌うことが好きです。コロナ禍で一度はしぼみかけた合唱への熱が''22年〜むしろ強まっています。クラシック音楽を遅まきながら学び始める一方、嵐の曲はいまも大好きです。


ある曲の映像を起点に、伊勢物語の中の一首の歌が合わさって、こんなお話が浮かんできました。
かなりのベタで申し訳ありませんが、未熟者なのでこの程度のイメージがせいぜい。

楽しんでいただければ嬉しいです。が、退屈でしたらごめんなさい。読み進めても面白くはなりませんので、その際はどうぞ中断してください。








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さくらがたり










あるところに、大きな桜の樹がありました。

その樹はまもなく命を終えようとしていました。

かつては枝を広々と伸ばし、そのすべてにこぼれんばかりの花を咲かせて人々の目を楽しませていたのですが、ある時を境に徐々に花の数が減ってゆき、ついには咲く力を全く失ってしまいました。

年月を経て、勢いをなくした枝たちは吹く風に折られ、幹はかさかさに乾いて空洞のよう、根はごつごつと節くれ立って地面にしがみつくのが精一杯という姿で、いまは誰にも見向きもされずに、ただ静かにそこにあるだけでした。





その樹の根かたに、今まさに桜と同じく力尽きようとしているひとりの男がいました。

男は歳こそまだ若かったものの、人に騙されていわれのない罪を着せられ、やむなく逃亡の日々を過ごすうちにすっかりやつれ疲れ果て、漂泊の末にたどり着いたのが、生まれ故郷のこの朽ちかけた桜の樹だったのです。

樹の、二股に分かれた根元にぐったりと寄りかかりながら、男は夕暮れの空を見るともなく眺めていました。





おれもおまえも変わり果ててしまったな。

男は桜の樹の、老人の指のように乾いた根を撫でながら思いました。

おまえの枝で首でも括ろうかと思ったけど、いまのおまえにおれの重さを吊るしたら、そこからたちまち折れてしまうだろう…それではあんまり可哀相だ。

そんなことしなくても、いずれおれは野垂れ死ぬだろう。
ここはおれのいつもの場所だった。
ちびの時からずっと一緒に過ごしたここで、おまえに受け止められて死ねるんならそれでいいや。

できれば追手に見つかる前にこと切れてしまえるといいな。
捕まって、拷問されて、ありもしないことを白状させられて辱めを受けるくらいなら、ここで鴉や獣の餌になる方がずっとましだ。
それに、そうなれば、おれの体の喰い残された部分は腐って、おまえの養分になれるかもしれない。


そしたら、

いまおまえはこんなだけど、もしかしたら、もう一度昔みたいに綺麗に咲けるかもしれないだろ?

そうなったら嬉しいな…その時おれはもう死んでるけど。




男は自嘲ぎみに笑って、目を閉じました。

まだ浅い春の宵は、弱りきった男の体温を少しずつ奪っていきました。

それでも男は、かつて美しく咲き誇っていた桜の姿を瞼の裏に思い描くと、おのずと穏やかな微笑みが浮かんでくるのでした。








そんな男の姿を見つめる者がいました。




わたしはあなたを知っている。

姿はずいぶん変わっているけれど、わたしにはあなたがすぐにわかった。

物心ついた時からひとりぼっちだったあなたは、いつもわたしのところへ来て時を過ごしていた。

あなたはわたしを、まるでただひとりの友のように親しく、優しく接してくれた。

あなたにもう生きる力がないと言うのなら、せめて最期に、美しかったときのわたしの姿をあなたに見せてあげたかった。

あなたがわたしの許を去ってから、わたしは張り合いを失って、少しずつ、力が抜けて、

やっとあなたが帰ってきてくれたのに、わたしはこんなにやつれ衰えてしまった。

あなたの帰りを待てなかったわたしが愚かだった。

わたしはもうじき斃れるだろう。

でもその前に、わたしを愛してくれたあなたを、せめてほんの一瞬でも癒してあげたい。











冷たい夜空に月が冴えざえと輝いていました。

男がふと目を覚ますと、自分の肩が何かに温かく包まれている気がしました。



なんだ?



男が目を凝らして見ると、それは白い二本の腕でした。

驚いた男が思わず身を起こした途端、腕はすっと男の体から離れてしまいました。

瞬間、男は寒さに身を震わせ、はっきりと意識を取り戻しました。

いま起きたことは何だったのかと、僅かな力を振り絞って桜の根に手をかけ、もう一度体を支えようとした男は、

根の手触りが、昼間とはまるで違っていることに気づきました。

むくろのようだった根はつややかに湿り気を帯び、大地から吸い上げる水の流れる音まで聞こえきそうなほど、力がみなぎっているのです。

幹もまた力強く脈打ち、ほんのりと光沢さえ放っています。

男がまさかと思って上を見ると、

月の光を背に満開の桜が花開いているのが見えました。



これは、夢か?



男は思い切って立ち上がってみました。
すると、何日も食うや食わずで疲弊しきっていたはずの体は、あたかもこの樹の周りで遊んでいた頃のように、軽くなっているのがわかりました。



ああ、これは夢なんだ。
でなければおれがこんなに生気に満ちているはずはない。



男は、それならばさっき自分を包み込んでいた白い腕の主を探そうと、辺りを見回しました。

すると頭上から、はらり、はらりと小さな花弁が、月の光をひらめかせて舞い落ちてきました。

時とともに花弁はその数を増し、男の目の前にほの白く霞のように漂って、

その霞の真ん中にぼんやりと人影のようなものが見えてきました。

花びらが降りかかるにつれ霞は明るく、影は濃くなってゆき、やがて一陣の風が花霞を吹き払うと、

影のあったところにひとりの女の姿が現れました。

桜の花と同じ色の衣を着たその女は、哀しげな目で男を見つめて立ちすくんでいました。



おまえは誰?
さっきおれを抱いていたのはおまえか?



男が尋ねると、女は何も答えずに、月光のいちばん明るく照らすところへ進み出て、ゆるやかに舞いはじめました。










明日(以降?)へ続きます…