こどもクリニック四方山話
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東日本大震災から10年 Vol.2

 3月11日で東日本大震災から10年を迎え、かわむらこどもクリニックでは、薄れてきた記憶、そして想いを伝え、震災を風化させないことを目的に「あの日を忘れない」を企画しました。 

 このような活動が少しでも社会に役立つことを期待しながら、改めて企画をブログで紹介することにしました。

 

・No.4 動画「止まったままの時計」;https://youtu.be/Ddvo5ze9r_Q

 2015年6月10日時の記念日に静岡第一テレビ「アイちゃん」で、2014年4月号「東日本大震災から3年-止まったままの時計-」が朗読されました。震災後の状況被災地巡回、生まれ故郷の気仙沼への医療支援の映像を加えて動画にしました。

 

・No.5 CLINIC NEWS特集号「東日本大震災から10年〜あの日を忘れない〜」https://bit.ly/2O7WFCi

 前回紹介したNEWS震災号の続きで10年目の特集号です。10年はとても大きな節目なので、「あの日を忘れない」企画として、ご協力を呼びかけました。お陰様で趣旨をご理解をいただき写真とメッセージと「花は咲く」動画の写真を合わせて50人以上の協力を得ることができました。

 

・No.6 動画「見上げてごらん夜の星を」:https://youtu.be/-y7v6LXwwEg

 これが最後の企画でが、未来へと続いていくものです。

 CM で使用された復興応援ソング「小さな星の小さな光が ささやかな幸せを うたってる」。震災への想い、加えてコロナ を乗り切るためのメッセージとともに、師匠とのサックスセッションで届けます。さあ、一緒に歌いましょう。

 個人的な企画にもかかわらず、多くの方々のご協力をいただき心より感謝します。

 現在の大きな問題は新型コロナウイルス 感染症です。これからも皆さんと共に手を取り合いながら、様々なことに取り組んでいこうと思います。

 

ありがとうございました。

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東日本大震災から10年 Vol.1

追:掲載が遅れましたが、記録として残します。

東日本大震災から10年 Vol.1

 3月11日で東日本大震災から10年を迎え、かわむらこどもクリニックでは、薄れてきた記憶、そして想いを伝え、震災を風化させないことを目的に「あの日を忘れない」を企画しました。 

 震災から10年、被災地の多くは一見すれば復興という言葉で表現できるほどになりました。しかしながら、まだまだ問題解消の見通しさえつかないところもあります。被災者のなかには、心の時計が止まったままの方々もいるに違いありません。

 “『あの日を忘れない』ことが、支援となると信じています。そして経験を伝え、未来に活かすことが我々に与えられた使命なのでしょう。支援のために誰もができると、医師としてできること、小児科医でなければできないことを考えながら企画しました。”

 このような活動が少しでも社会に役立つことを期待しながら、改めて企画をブログで紹介することにしました。

・No.1 ブログ「こどもクリニック四方山話」第1回「大地震だ!」https://ameblo.jp/kodomo-clinic/entry-10827639055.html...

 。発災2時間で第1回目の配信を行い、状況、情報を伝えました。全部で33編あります。かかりつけの患者さんからの報告や感謝の気持ちも伝わってきます。是非読んで、当時の状況を想像してください。

・No.2 動画「花は咲く」https://youtu.be/fy4162Mb62k

 復興応援ソングをクリニック、薬局、25人以上のかかりつけの子どもたちの協力を得て作成しました。是非、一緒に歌ってください(^-^)/

・No.3 CLINIC NEWS&ママゴン 

 ★かわむらこどもクリニックNEWS

 1993年創刊の院内報で、今月で331号は特集号「東日本大震災から10年」発行予定です。震災関連のNEWSを紹介します。

・2011年4月号「東日本大震災」:https://bit.ly/3bqhXE4

・2014年4月号「東日本大震災から3年」:https://bit.ly/3kVrqX6

・2016年3月号「東日本大震災から5年」:https://bit.ly/2MV9Tl3

 ★育児情報誌「ママゴン」

 愛知県東三河地域(豊橋市・豊川市・蒲郡市・田原市)の情報誌(23,000部発行)。2003年創刊時から「名医が語るお母さんへの手紙」を担当。小児科医の視点で病気だけでなく子育てに関する様々な話題を執筆。

・2011年5月号「東日本大震災被災地レポート」

https://bit.ly/2PKxFRV

・2021年2-3月号「東日本大震災から10年目を迎えて」:https://bit.ly/2O9Rkdy

 是非読んで、当時の状況を思い起こしましょう。

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・掲載が遅れましたが、記録として残します。

読者の広場:2021年3月号

 「読者の広場」はコミュニケーションを目的とし、実際に寄せられたメール・メッセージと院長のコメントを紹介するコーナー。新聞発行に合わせて、毎月1回提供しています。病院とのかかわりあいのヒントを掴んでください。(掲載が遅れました)

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2021年3月  331号: NEWS PDFはこちら!

 

 先月はわずか3通のメールでしたが、開院記念日お祝いメッセージ、何より東日本大震災から10年企画「あの日を忘れない」への動画、写真、メッセージをたくさんいただき、お陰様で動画「花は咲く」、特集号が出来上がりました。

 

 一面にも書きましたが、震災関連のメールを紹介します。

 

 震災直後は停電、通信環境の遮断で周囲との情報交換はできませんでした。そのような中最初に届いたメッセージは、中国赴任中の會田さんからでした。

 「皆さんご無事ですか?。中国でネットとテレビで日本の情報をずっと見ていますが、私も主人も家族の生存は確認できたものの、まだ電話も通じずにいます。

 とにかくひどい惨事でとても心配ですが、皆さんのご無事を祈っています。會田〇〇」。

 

 続いて届いたのはアメリカ赴任中の石鍋さんからでした。

 「かわむらこどもクリニック川村院長先生。フロリダの石鍋です。

 昨日、ニュースで東北の大惨事を知りました。愕然とする映像が流れ、ただ涙が出るばかりでした。

 先生にお変わりございませんかとなんでもないメールを送らせて頂こうかと思っていた矢先、このようなメールになってしまいました。

 ツイッターの存在を思い出して拝見し、先生がご無事でいらっしゃることが分かり、とてもほっとしました。

 先生、長期戦になるかと思いますので、どうか体調をくずされませんようお気をつけください。

 日本から遠く離れたところで何も出来ず、胸が痛みますが、スタッフの皆様や患者さんのご無事を心からお祈りいたします。石鍋〇〇 」。

 

 海外から心配してくれる、医師冥利につきる本当に嬉しいメールでした。

 

 2016年3月11日(震災から5年後)に届いた紺野さんからのメールです。

 「こんにちは、いつもお世話になっております。紺〇愛〇と莉〇の母です。

 子供達が小学生になっても、年に何度かは先生のクリニックにお世話になっていますが、就学前にくらべるとめっきり減りました(^.^;

 でも、覚えています。震災後、まだ水も出ない中、かわむら先生がクリニック診療を再開していてすごく助かったことを。当時の日記を読むと、莉〇が、震災直後の3月13日の夜から熱を出し、14日の夜には40度の熱。15日の夜遅くには41度の熱!16日も熱が下がりませんでした。当時携帯電話を持っていなかった私は、同じ社宅の友達に電話を借り、わらをもつかむ思いで、16日、かわむらこどもクリニックに電話しました。すると、クリニックを再開したとのこと。驚きと同時にうれしさが込み上げて、すぐにクリニックに駆けつけたことを覚えています。

 水やガスも出ない状況でしたので、いつもお化粧バッチリのスタッフの皆さんも、ノーメークで受付、診療に当たってくれていました。

 この大変な時期に、体調を崩す子供達のため、診療再開という決断をしてくださり、熱いものが込み上げてきたことを思い出します。薬局でも、水が出ないのでシロップは作れませんが~と粉薬を用意してくださり、この大変な時でもお薬をいただけて、本当にありがたいと思いました。

 子供はどんな時に体調を崩すかわかりません。そんな子供達のために、できる限りの最善を尽くして下さったかわむら先生、スタッフの皆さん、あの時はお世話になり、本当にありがとうございました。

 忘れることのできない、感謝の思いがよみがえってきます。2歳半だった莉〇も今では一年生。もうすぐ二年生になります。おかげさまで、毎日元気に学校に通っています(^-^)/」

 

 2016年3月11日紺野さんからのメールを含めてクリニックFacebookに震災の記事をあげました。写真にピースサインで写っている矢古宇さんからのF.B.へのメッセージです。

 「今でも忘れられません。あの瞬間を待合室で過ごした事。崩れ落ちたパソコンや、散乱したカルテ。みんな動揺してるはずなのに。

 『どうした?ん、薬は出せないが診る事は、出来るぞ』と、診察を続けた川村先生。感動しました。

 あれから待合室にあの時の写真。川村先生との何気ないお話にリラックス出来た私は自然とピースサインしてましたね。

 夕方自宅に戻り、一気に現実が。『川村先生のところに戻りたい』と、冷蔵庫の食べ物をクーラーボックスに詰めて玄関を出ようとしたところに、余震が…。体が震えて、足がすくみ。ひたすら、主人の帰りを自宅で待つことに。あの時はかわむら先生、スタッフのみなさんには助けられました。

 本当にありがとうございました。」

 

 このようなメールをもらえる小児科はなかなかないはずです。

 本当にありがたく、幸せ者と思っています。かかりつけ医として診療するだけでなく、かかりつけの皆さんと情報共有はもちろんのこと、記憶も共有して、一緒に前に進んでいきたいと思っています。

 

 コロナも震災同様、皆で力を合わせて乗り切りましょう!!

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