今回取り上げる季語は炬燵で冬の季語となります。
歳時記の説明には櫓に掛けた布団の中に炭火などを入れて暖をとる器具と書かれていますが、既に私の世代(50代)では炭火を使った炬燵は無く、どの家庭でも電気炬燵でした。
昨今は炬燵に代わり部屋の暖房にも使える床暖房が普及し始めて徐々に炬燵を目にする機会が少なくなっています。
冬の暖房の主役が炭から石油、そして電気を使ったエアコンに変わっていったように炬燵も冬の団らんの主役の座を他に譲っていくのでしょうか?
さて、季語としての炬燵で最初に気がついたのが例句の多さでした。
私が持っている歳時記の例句はたいてい一つの季語に対して数句程度ですが、炬燵に関しては10句以上掲載されていました。
ここで炬燵から思い浮かぶものをざっと書き連ねてみると、炬燵に蜜柑、炬燵で触れあう脚、炬燵に入りながらのゲームに一喜一憂する声、煎餅をぼりぼり、お茶やコーヒーをすする音、炬燵で暖まった蜜柑を剥く時の甘酸っぱい臭い、さらに炬燵で食べるアイスクリームは格別です。
ざっと思い浮かべてみるだけでも枚挙にいとまがありません。
このように炬燵から連想されるものの多様さが例句の多い所以なのかもしれません。
このように見てくると炬燵という季語での作句ではある程度類想にとらわれざるを得ないのかなというあきらめもあります。
俳句を詠まれる皆様はよく使われているかと思います、私は苦手で余り上手く使えないのですが、季語から直接連想するものから少し離した言葉を連想して、その言葉からまた連想する言葉をつなげていき、それらの言葉から句を作るという方法を使って類想という魔物から抜け出させないものかなと思案しながら作句をしてみたいと思います。
良き話良き夢となる炬燵かな
新妻の脚崩しゐる炬燵かな
(俳句ポスト投句)
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。