稗(秋の季語) | 蔵六の雑記帳

蔵六の雑記帳

過去にそしていま感じたまま、思うままを記していきたい思っています。
面白くない話かもしれませんが、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

今回取り上げる季語は稗で、秋の季語となります。

 

 

稗は五穀(現代では米、麦、粟、黍、豆が一般的ですが、米、麦、粟、稗、豆を五穀と呼んでいた時代もあったようです)の一つとして数えられています。

 

日本での稗の栽培は縄文時代から行われていたようで、縄文時代の遺跡や土器から稗が見つかっており、五穀の中では最も古くから栽培、食されていたと考えられています。

 

 

その後も稲が育たない冷涼な土地(東北、北海道)では盛んに栽培され、特にアイヌの人々にとっては主食であり、神に捧げるための酒も稗から造っていました。

 

また冷害に強く、荒れた土地でも収穫できる救荒作物として明治期まで各地で栽培されていました。

 

しかし、昭和に入ると稲の品種改良が進み冷涼な土地でも米の収穫ができるようになり、徐々に稗が植えられていた畑に米が植えられるようになっていきました。

 

また、同じ稲科の粟や黍に比べて稗の脱穀は手間がかかり、重労働でした。宮崎県の稗搗き節は稗を脱穀する重労働のつらさを紛らすために生まれた民謡といわれています。

 

 

また稗は米よりも単位面積当たりの収量が劣ることから、さらに稗の栽培は廃れていきました。

 

近年は水田にぽつりぽつりと稲より少し高く伸びた雑草としての稗を見かける方が多くなってきました。

 

 

また稗の実としては鳥の餌ぐらいでしかお目にかからなくなってきましたが、近年の健康ブームで五穀米がもてはやされており、市販されている五穀米の中に稗の実を見ることがあります。

 

 

しかしながら、栽培面積の減少と脱穀の困難さから近頃の稗は高価なものとなってしまっています。

 

さて、季語としての稗について考えてみたいと思います。

 

歳時記にある稗の例句は難解で稗に含まれる感情を正しく読み取れなかったようで、最初は稗の本質を忘れ去られつつあるものが持つ悲しさに似たものと勝手に解釈していました。

 

 

しかし、ネットでさらに例句を調べていくと、季語としての稗には縄文時代から日本人の食と生活を支えてきたものが持つ力強さを感じました。

 

 

稗という季語と直接は関係ありませんが、俳句の教書には俳句では悲しい、楽しい等の直接的な感情表現は詠み込まず、それらは季語に託して詠みましょう、とよく書かれています。

 

いままで例句から季語にどんな感情が含まれているかをよく考えず、勝手に解釈した感情を季語に託していました。

 

そうすると、あなたの句は季語がそっぽを向いていますという指摘を受けるようになってきました。

 

 

もっと早く気付くべきだったのでしょうが、季語の本質にある喜怒哀楽などの感情を歳時記の例句から読み取り、季語にある感情、感覚を正しく読み取ることで季語と句の内容がしっかり向き合った俳句ができるのではないだろうかという考えに至りました。

 

俳句を始めてもう数年が過ぎましたが、季語の本質を捉える力はまだまだのようです。

 

稗搗くや座敷童の宿ここに
(俳句ポスト投句)

 

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。