さて、前回のお話の続きをさせていただきます。
バス停を降りたのは私ともう一方でした。
その方に黒崎教会堂の場所をお聞きしようと思ったが、地元の方なのかバス停を降りて、すぐに集落のほうへ向かわれてしまいお聞きすることができませんでした。
仕方なくバス停から周りをきょろきょろ探していると、道を挟んだ向かい側の丘の麓に「黒崎カトリック教会」と書かれた石碑を見つけました。
その石碑の前に丘の上へ続く階段がありました。
丘の上を見上げてみましたが、教会の建物らしきものは見えません。
しかし、この階段を登っていけばたぶん黒崎教会堂につくのだろうと見当をつけて階段を登り始めました。
石を組み合わせた階段は段差がまちまちで、使われている石も表面が加工されてなく、たまに先の尖った石を踏むと足の裏に突き刺さるような感覚があり、お世辞にも登りやすい階段ではありませんでした。
階段を登っていくと徐々に教会の建物とマリア像が見えてきました。
いままで絵画や写真で色々なマリア像を見てきましたが、立体的な造形のマリア像を拝見するのはこれが初めてかも知れません。
いままでの私ならお祈りもせず、直ぐにデジカメを出して、真正面から機械的に撮影を開始していたのですが、今回は撮影の前にまずお祈りしなければという思いが頭をに浮かびました。
いままで彫像のマリア様を見た記憶がほとんど無かったせいか、その優しいお姿と慈悲深いお顔、そして何も聞かずに黙って抱き寄せるように両手を広げられたマリア像の姿に思わず手を合わさずにはいられない、そんな気持ちになりました。
その心のままにしばらくマリア様の前で手を合わせて静かにお祈りをしました。
撮影後もマリア様の前を離れ難く、再度時を忘れてお祈りをさせていただきました。
何分ぐらいお祈りしていたのかよく覚えていませんが、ふと我に返りマリア像の下にある黒崎教会堂の歩み(年譜)を読ませていただきました。
この年譜によるとこの教会堂は用地の造成から教会堂の完成までに23年の時を費やされていることが読み取れました。
なぜ23年の歳月を要したかを年譜から読み取ってみると、建設途中での資金不足による中断があったためでした。
そして、資金不足の中でも教会堂を望む子供から大人までの信者の方々の熱意と勤労奉仕により建設は続けられようやく完成に至りました。
黒崎教会堂の年譜には信者の方の勤労奉仕によりこの教会堂が建てられたと書かれているので、下の道路から教会堂までの階段ももしかしたら信者の方が一つ一つ石を置きながら苦労されて作られたものかもしれません。
年譜を読んで信者の方々のご苦労も知らず「お世辞にも登りやすい階段ではない」と思った私の独りよがりと心根の浅ましさに恥じ入るばかりでした。
そんな黒崎教会堂の経緯を忘れぬよう、もう一度マリア様にお祈りをささげました。
まだまだ書きたいことがあるのですが、今回はこのあたりにして続きは次回に譲りたいと思います。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。