太平洋のさざ波 15(2章日本) | ブログ連載小説・幸田回生

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読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

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 夕飯をご馳走になり、プロレス三昧の締めとして、

 


「明日もサーフィンはどうですか?」

 


 ゲンさんの言葉に喉を詰まらされながら、

 


「一日考えさせてください」

 


 そう言ってはみたものの、俺の気持ちは変わることはなかった。


 ごはんと味噌汁と大根の漬物、塩鮭、卵焼きを頂いた後、

 


「ごちそうさまでした、とても美味しかったです」

 


 朝食を作って頂いた奥さんとご主人のゲンさんにお礼を述べ、
 昨日のサーフィンでの筋肉痛を理由に今日は遠慮しますと申し出た。



「残念ですね!」

 


 感情を表に出さない日焼けしたゲンさんの顔が少々曇った。

 


「吉田さん、無理をなさらないほうがいいですよ。
 主人みたいなサーフィン馬鹿になるより、
 吉田さんには吉田さんのやりたいことがある。
 そう、お顔に書いてあります。
 昨日は仕事に出たわたしも日曜日は休みですが、
 吉田さん、今日はどう過ごされます」

 


「勝浦の海に入る前にゲンさんに言われた鯨漁で賑わった和田浦に行ってみようかと思います」

 


「それもいいかもしれません」
 吉田さん、鯨に興味がおありですか?」

 


「はい」



「吉田さんはマウイ島で鯨の模型を見たあとに、小説や映画で有名になったエイブル船長と出会ったんですよね」

 


「船長さんに?」

 


 奥さんが身を乗り出した。

 


「わたし、子供の頃から、船長さんと結婚するのが夢でした。
 巨大な太平洋に臨む外房で生まれ育ったからかもしれませんが、海や船に漠然とした憧れがありました。
 プールで25メートル泳ぐのもままならない半ばカナヅチのわたしがサーフィン狂いの主人と巡り会い、結婚したのは何かの縁かもしれません」


「船長と結婚するのが夢だった奥さんには恐縮ですが、
 僕が出会ったというより目にしたのは本物の船長ではありません。

 


 昨日、ゲンさんには言い忘れていましたが、
 エイブル船長が広告塔を務めるマウイ島のこじんまりとした港町ラハイナの広場にあるレストランのすぐ近くからホエールウォッチングのフェリーが出ています。

 


 鯨や鯨を追ってマウイの沖まで迫って来る、命知らずのエイブル船長のような気の荒い白人御用達の船を見張るため、
 カメハメハ3世が作ったと言われる物見櫓のような白い灯台が遺されています。



 常夏と言われるハワイも1月はなんだかんだと寒く、
 朝早いマウイ沖の船の甲板は2月の外房の海に負けないほどです。
 港を離れて、20分もすれば船の周りに鯨の尾を目にするようになりました」

 


「吉田さんは鯨を目撃されたのですか?」

 


 奥さんが身を乗り出した。



「目撃と言われるほどではありませんが、
 海に潜む鯨が尾びれをちらりと見せてくれると、
 サーフィンでもできそうな大きな波が起きました。

 


 女性のガイドさんによると、子連れの鯨でフェリーとぶつからないのか心配にもなりましたが、フェリーーとじゃれるように親子が戯れている気もしました」

 


「吉田さんって、英語がお出来になるの?」

 


「ほんの少しです。
 音楽、映画、ニュースなどで耳慣れしているかなと自惚れていましたが、入国審査やホテルもそうですけど、ネイティブの発音に付いていくのが精一杯で、聞くのはともかく、ハワイで喋るのは今一つでした」

 


「それでも、すごいですよね。
 外人さんのサーファーともすぐ仲良くなる主人もブロークンながら英語が話せるんですよ」
 


 ゲンさんが照れていた。


「吉田さん、鯨港に行くのはいいですが、
 くれぐれも、鯨に掠われないようにしてください。
 勝浦の近海では江戸時代より昔から鯨が現れているようです。

 


 大型の鯨は少なくても、鯨は鯨です。
 イルカを大きくしたのが鯨でしょうが、
 中には気性が荒いのがいるかもしれません。
 どうぞ、お気を付けて」



「奥さん、ご忠告ありがとうございます。
 地元の方の教えはなによりです。

 


 それはそうと、
 ゲンさんはサーフィンの最中に鯨を見たことがありますか?」

 


「さすがに鯨はありませんが、鮫には遭遇しました。
 大阪から東京に出来て1年間過ごして、外房に住み始めたばかりで、妻と知り合う前の頃です。

 


 昨日、サーフィンした地点から北に数キロ向かった外房の海で波に乗ったボードの上から海中に潜む鮫を見た時、体が震えるというより固まった。
 周りの顔見知りに掛けるのが精一杯で、どうにか上手く波に乗ってビーチまで戻りました。


 ボードを持ったまま駆け足でビーチを走りながら、
 足がもつてボードもろとも倒れ込みました。
 あの日の恐怖を忘れることはできません。
 海水温の関係ですかね、この近海で鮫が現れることが稀にあります。

 人を襲わない鮫だと言われても、
 鮫の情報には敏感ですね。

 


 外房以上にハワイには鮫が現れます。
 日本人の犠牲者も出ていて、僕らはラッキーでした。
 吉田さん、お気を付けて、和田浦に行らしてください」



 奥さんとゲンタに別れを告げ、ゲンさんの車で勝浦駅まで送ってもらい、改札までプラットフォームまで同行しそうなゲンさんにここで結構ですと、丁寧にお断りして、駅前のロータリーで別れた。

 

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