太平洋のさざ波 8(2章日本) | ブログ連載小説・幸田回生

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読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 8

 マキと名乗る若いミャンマー人女性と新宿で再会を果たした後、こちからメールするのも、いかがなものかと、
 想っている間に1週間が過ぎた。



 土曜日の夕方、気分転換に近場のハブに出掛けることにした。
 西船橋に2年近く住みながら、いきつけの飲み屋の一軒もなく、今日こそは発掘しようと、スマホのグーグルマップで目星を付け、十数分歩いて辿り着い先は英国風のパブだった。



 外国にルーツを持つ飲食店にありがちな店の内外に国旗が掲げられていると思いきや、どこをどう探しても、
 英国のユニオンジャックも、分解図のようなそれぞれの国旗も、アイルランドのナショナルカラーの緑も、
 ウェールズの赤い竜も掲げられることはなく、
 モニターに映るプレミアリーグのサッカーの試合を横目にカウンターの椅子に座った。



 ギネス・ビールを飲みつつ、カウンターに背を向け、
 吊らされたTVモニターに映るサッカーを観ていると、
 テーブル席に座る黒髪の白人女性と目があった瞬間、
 連れの大柄な男性が近づいて来て、声を掛けられた。



「よろしかったら、僕らとご一緒しませんか?」

 


 1週間前、新宿で出会った、流暢に日本語を操るミャンマー人女性のマキと比べるのは無理があるが、妙な抑揚がない聴きやすい日本語がすんなりと耳に入った。
 考える間もなく、「はい」と言葉が出ていた。



 目が合った黒髪の女性は俺が座るカウンターから数メートル離れた木製の丸テーブルの高椅子にグレーのパンツ姿の長い足を伸ばすように腰掛け、もう一人の黒のタイツ姿の金髪美人はしっかり膝を畳んで、腰を掛けていた。


 紺のジェケット姿の大男に誘われるまま、ギネスの中ジョッキ片手にテーブルまで足を運ぶと、黒髪と金髪女性が立ち上がり、
「はじめまして!」声を合わせた。
「はじめまして、今晩は」
 俺がそう応えると、男の太い指が伸びて、椅子に座るように促した。



「ありがとうございます」

 


 俺が椅子に座るのに続いて3人も腰を下ろすと、
 対面になった男性が切り出した。

 


「ギネスを飲みながら、楽しそうにしてサッカーをご覧になっていましたが、
 サウサンプトンの吉田麻也という日本人をご存じですか?」

 


「はい。知っています。
 特別、サッカー好きではありませんが、
 吉田選手は日本代表ですし、ワールドカープにも出ていますから」

 


「麻也をご存じでよかった。
 母国イングランドではフットボールと呼ばれていますが、
 僕もあなたと同じく、僕も特別、ファンというほどではありませんが、麻也がいるプレミアリーグ、サウサンプトンFCは地元の港町サウサンプトンのクラブなので、少しばかり彼に注目しています」



 TVモニターに目を移し、サッカーのハーフタイムにトイレ休憩を入れながら、得点やPKには、身を乗り出した。

 


 ハーフタイムを挟んで試合が終了するまでの1時間以上、
 3人の外国人と時間を過ごした訳なのだが、
 彼らはファーストネームなり、ニックネームを呼び合い、
 自己紹介では日本に来たいきさつや出身地や氏名を語っていたが、ギネスが入り、ほろ酔い気分だったこともあって、
 彼らの声の調子、身長、髪の毛の色、肌の白さ工合などの身体的な特徴を断片的に覚えていたが、それ以上は霧の中に包まれていた。



 太く通る低い声、視界からはみ出す大男、肌が白いというよりも、どこかしらアメリカのトランプ大統領を想わせる、ピンク色に染まったプロレスラー並の体躯に、一瞬、腰が引け、身構えてしてしまうと同時に、
 若くして、禿げ上がり、どのような髪の毛が頭部を覆っていたのか、想像するのも難しい、細く短い斑に生える薄い産毛を目にして、緊張感が和らぎもした。



 若いイギリス人男性には珍しく、特別なサッカーファンでもないという彼も時にこうして仲間とパブに集まり、TVモニターを囲み、ビールを飲みながらサッカーを観ることもあるそうで、学生時代に東南アジアを旅行したのがきっかでタイ料理が大好きになって、イギリスに帰国後、
 友人知人と地元サウサンプトンやロンドンで評判のタイ料理店を食べ歩くのが趣味と化した。


 
 この大きなお腹は美味しいタイ料理で詰まっているとおどけてみせる一方、タイではなく、どういう訳か日本に住み着くなったようで、日本と同じく海に囲まれたイギリスで、港町のサウサンプトンに生まれ育ちながらも、フィッシュ・アンド・チップスが苦手で、というより、チップスは好きですが、同じ油で揚げたフィッシュが苦手だと。


 
 日本の料理も悪くないのですが、
 刺身というか、生の魚が苦手で、かといって、サーモンやツナなど、食べられる魚や寿司もあるのですが、
 巻き寿司、いなり寿司、カッパ巻き、たまごは大好きですが、
 イメージなのか、食べず嫌いなのか、どうしてかタコが苦手で、観光で訪れた本場の大阪では、東京、船橋でも、
 タコ焼きは一度もチャレンジしたことがないと。


 
「タイ料理ともう一つ、僕が大好きなのがプロレスです。
 この大きな体を見て、実際にプロレスをしていると想われるかもしれませんが、プロレスを観るのが大好きなだけで、
 自分がプロレスをするのはどうにも想像できません。

 


 子供の頃は体が小さい上に体が弱く、冬になるといつも風邪で学校を休んでいましたが、日本でいう中学生の頃から大きくなり始めて、気がついたら、いつの間にか、こんな大きくなっていました。



 そんなにプロレスが好きなら、
 大きな体を活かし、プロレスラーになればいいじゃないかと、
 僕の子供時代を知らない人には半ば冗談で言われるのですが、
 太っているせいもあるかもしれませんが、
 少し動くだけで息がぜいぜいと息があがり、血を見るのも怖い質なので、それでも怖い物見たさにプロレス会場に出掛けると、
 たまに目にする出血したレスラーに大興奮して、
 やっぱり、プロレスはやるより、観るのが一番です」



 ここで彼はテーブルのギネスの大ジョッキを手に取り、口に付けた。



「日本のプロレスでは、みちのくプロレスなどのローカル団体や
 大阪プロレスのコメディタッチのプロレスも良いんですが、
 やっぱり、新日本プロレスが一番です。

 


 日本のプロレス会場には何度も足を運んでいます。
 船橋市内に住んでいますから、電車一本で通える聖地の後楽園ホールはもちろん、日帰り可能な東京周辺なら、なるべく、自分の目で観るようにしています。


 
 ネットやTV放送もいいんですが、プロレスが生が一番です。
 好きなレスラーは、伝説のアントニオ猪木、ジャイアント馬場と言いたいところですが、実際、生の彼らは観たことがありません。

 


 過去の動画を見る限り、猪木も馬場も強かったのでしょうが、
 僕が想うに、世界最強のプロレスラーはジャイアント馬場が育てたジャンボ鶴田か、不幸な最期を遂げたブルーザ・ブロディではないでしょうか。

 


 今、お気に入りのレスラーはオカダカズチカです。
 現役で世界一のプロレスラーだと胸を張って言えます。
 オカダカズチカをご存じですか?」



「いいえ。
 正直言って、最近のプロレスは観ていません。
 オカダ・・・・」

 


「オカダカズチカ、外国人でも覚えられるようにカタカナで表記しているのかどうか、本当のところはわかりません」

 


「オカダカズチカって 日系人ではなくて、日本人ですか?」

 


「もちろんです。
 棚橋弘至が新日本プロレスのエースなら、
 オカダカズチカはニュー・エースです。
 今は大黒柱の一人です。
 僕くらいの身長で体はぐっとしまり、ジュニアヘビーや小柄なレスラーが多い新日本の中では特別な存在ですね」


「実はこの店に来るのは初めてで、ここに入ってからサッカーを観ていましたが、僕はそれほどサッカーに詳しくありません。

 


 プロレスをやっていたらプロレスをプロレスを観ていたでしょうし、野球をやっていれば、野球を観ていた。
 相撲でも、ボクシングでも、テニスでも、スポーツに拘りはなので、パブで観るのなら、何でもいいんです。

 


 サッカーといえば、連れに誘われ、今はJ2の常連となった、  かつて名門と言われた、千葉をホームタウンとするジェフの試合を一度観に行ったことはありますが、プロレスを生で観たことはありません。



 ただ、プロレス好きの父の影響で子供の頃はよくプロレスを観ていました。
 ちょうど日本でのプロレス人気が下火になって、
 ゴールデンタイムで放送していたプロレスが深夜放送になった頃だと記憶しています。

 


 父がビデオ録画していたプロレスを、
 風呂上がりにビールのツマミのように楽しむ父の側で、
 時代劇さながらに、ヒールとベビーフェイス、
 正義の味方と悪役の試合展開に、何が面白いのかと、
 内心思いながら、父に付き合っていました」

 テーブルに置いたギネスのジョッキを手に取り、俺は喉を潤した。

 

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