太平洋のさざ波 22(1章ハワイ) | ブログ連載小説・幸田回生

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読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 22

 カラカウア通りで海風に当たりながらテスラのショームからJCBプラザのラウンジが入ったビルを過ぎると、広場に人が集まっていたので立ち止まった。

 


 マイクを握るハワイアンの若い女性によると、今から地元の女性よるウクレレ二人とドラムのトリオのライブに続いてフラダンスのショーがあるそうだ。



 アロハシャツと白いホットパンツで揃えた若い3人の女性がステージに登場すると、短いイントロに導かれるようにすぐに歌と演奏が始まった。
 ウクレレの二人の女性はロングへアーの細身長身とショートカットの中肉中背の日系人風でドラムはガタイの良いハワイアンと白人のハーフのようだった。

 


 曲名は知らずとも、どこかで聴き覚えのあるハワイアン。
 瞑想するように目を閉じて数曲後、
「ありがとうございます」の声に目を開けると、
 ショートヘアーの彼女が自分たちのバンド名と今宵のライブの来て頂いたお礼を英語で言うと、日本の民謡を歌い始めた。
 意外にもウクレレと日本語、日本の民謡は相性が良いのかもしれない。


 
 3人のライブのあとにフラダンスが始まった。
 目の前で繰り広げられるダンスはハワイの盆踊りなのかもしれない。
 子供の頃、実家からほど近い祖母の家はまだ昭和のなごりの残る瀬戸内海沿いの近い小さな港町で夏の終わりの浜辺の祭典がここワイキキビーチの目の前で繰り広げられようとしている。



 ホテルに戻り、1階のフロント奥の広いフリースペースのテーブルでABCで買ったクロワッサン、サンドイッチ、りんごを囓りながらサラミをお摘まみにクアーズの缶ビールを飲んだ。

 


 このホテルでは俺が泊まっているシングルルームに加え、
 パッカー御用達の4人部屋から8人部屋までの相部屋が用意され、セルフサービスの朝食に利用するフリースペースには広めのキッチンも併設されている。


 手の込んだ晩飯を作るべく、
 自前のフライパン等の調理器具や香辛料等を駆使して、
 レストランでも食べるような料理に挑む強者もいれば、
 テイクアウトのピザやケバブを黙々と口に運ぶ者もいる。

 


 ビールを飲みながら、2、3人の白人の男性とTVモニターに流れる懐かしいパブリック・エナミーのミュージックビデオを観ていると、パスタを掻き込みなら、一人の若者が顔を上げた。



「君は日本人かい?」

 


 金髪青目でイケメンの男はゆっくりとした英語で尋ねた。

 


「そうだよ」

 


 俺はモニターから男の方に顔を向けた。

 


「それなら聞きたいことがあるんだ。
 ホノルルの旅を終えると、初めての日本を訪れる予定だ。
 どこに行ったら面白いかな。
 東京も京都も一般的過ぎて、もっと、ネットにもガイドブックでも知られていないような日本が観てみたいんだけど。

 


 僕はカナダ人で西海岸のバンクーバーから海岸伝いにヒッチハイクで国境まで下り、アメリカのシアトルに入った。
 そこからハワイ島のコナまで飛んでマウイ島を経由して3日前にこのホテルにやって来た」

 


「そうなんだ。
 それで、マウイはどうだった?」



「物価が高かったかな。
 ホステルはここより少し高い程度に抑えたけど、
 食べ物が高く、もちろん外食はせず、近くで食料を調達した。

 


 同じ西海岸でもカナダから国境を跨ぐと、カナダドルからUSドルに代わることもあって、物が高いのか安いのか解らなかったけど、ハワイ島に着いたら、すべての物が高かった。
 マウイ島に着くと、より一層物が高くなって、ご覧の通りの貧乏旅さ。

 


 唯一安かったのが、一日乗り放題のバスで4ドルだった。
 マウイからオアフ島に移って、物が高いにのにはもう慣れたかな」

 


「俺もマウイ島へ行ってみたいんだけど、
 チケットは手に入るかな?」

 


「簡単さ」

 


 カナダ人の彼はスマホのアプリを開いて、ホノルルからマウイ島への行き方を示してくれた。
 そのまま、アプリを閉じて、地図アプリでマウイ島を示した。



「僕はカフルイ空港近くのワイルク周辺に泊まっていたけど、
 観光するなら値段は少し高くなるけど風光明媚なラハイナ周辺がいいんじゃないかな」

 


「ありがとう、参考にする。
 予算が限らた中で今から日本へ行くなら、
 東京より大阪、関西空港を選んだほうが安いチケットが手に入る」

 


「それはどうして?」

 


「LCCが就航したばかりで大阪発ホノルル行きのセールをやっているからね」

 


「ありがとう!」

 


 彼はスマホをテーブルに置いたまま、バケットをパスタのスープに絡めて口に運び、エビアンを飲んだ。


              
 TVモニターがテイラー・スウィフトに代わったところで、
「ありがとう!」と言って、俺は席を立った。

 


 クロワッサンとサンドイッチに使ったパン皿をキッチンで洗い、フリースペースからフロントを抜け、部屋に戻る途中、 
 ワイキキビーチで赤いビーチボールと戯れていた女が仲間の男に囲まれながら階段を降りてきた。



 照明のスイッチを入れ、ベッドに腰掛けた。
 扇風機仕立ての黒いサーキュレーターの弱い風に当たりながら、ガイドブックをコピーした自作のマウイガイドを広げていると、 マウイ島に行くことが現実味を帯びてきた。

 


 スパゲティを食べていたカナダ人のアドバイスによれば、
 予算に余裕があるなら。観光するなら、多少お金がかかっても、 彼が宿泊したカフルイ空港近くのワイルクよりも、
 ラハイナを勧める彼の言葉を参考にしよう。
 30分後、航空券とホテルの予約が取れた。



 シャワーを浴び、さっぱりとすると、明日からのマウイ島に心が向かうと同時に、テスラのショールームで声を掛けてきた販売員の日本人のことが気になった。

 


 彼は数年前に東京からハワイにやって来たと言っていたが、
 容姿はともかく、メンタリティはもやは日本人といより、
 ハワイアンを通り過ごし、アメリカ人に成りきっていると言っても、いいほどだった。


 彼によれば、日本はITに限らず、金融に限らず、過剰なサービス業といい、すべて時代遅れというより周回遅れだそうだ。

 


 世界一の経済大国アメリカと比べるべくもなく、 
 今や世界第二の経済大国にのし上がった中国、
 ドイツを中心としたEU、ヨーロッパ諸国などは対象外で、
 都市国家ながら、アジアをリードするシンガポール、
 かつて日本が統治した台湾、韓国にも及ばないと言った。



 そのことを知らないのは意識しない西側のヨーロッパ人は嘘か真かナポレオンがピネレー山脈の向こうはアフリカと言った、
 イベリア半島の片隅に生息するポルトガル人と国は破産寸前ながらヨーロッパ最古の文明の栄光に浸るギリシャ人だけだそうだ。

 


 付け加えると、ポルトガル、スペイン、オランド、イギリスと続いた大航海時代をも凌ぐ、20世紀末から21世紀初頭のグローバルな大転換期を、海に囲まれ守られながら無為に過ごしてしまった、井の中の蛙である、日本人ということだ。

 


 そんな日本に嫌気がさして、彼は日本を飛び出した。
 大学を卒業すると、手始めに香港に渡り、シンガポールを経由してハワイにやって来たという。  

 


 本音を言えば、学生時代に短期留学の経験がある世界の金融センターであるロンドンもしくはニューヨークに行きたかったそうだが、 何の因果か、彼はハワイはオアフ島に移り住んでいる。



「ロンドンがあるイギリスもEU離脱するしないで、
 国内を二分して、大変そうですね?」

 


 と、尋ねたところ、彼の顔色が曇った。

 


「世界にはいろんな人種、民族、宗教、貧困、紛争と、
 数え上げたら切りがないほどの問題を抱えながら、
 70億人を越える、80億近い人間が肩を並べて暮らす地球において、ワンワールド、世界は一つであるべきだという理想に僕は心惹かれています」



 グローバリズム、グローバル経済の継承者である彼にとって、
 イギリスのEU離脱問題と、アメリカ・ファーストを標榜する、 アメリカのトランプ大統領の出現は思いも寄らないショッキングの出来事だったようで食事も喉を通らないといえば大袈裟さになるが、それに近い晴天の霹靂の出来事だったと。


 日本国籍所有者で、つまり、法律的には日本人で、
 大統領選挙はおろかローカルな選挙権もないにもかかわらず、
 アメリカの政治にも興味を示す彼は暮らすオアフ島のホノルルのあるハワイ州はトランプ大統領率いる共和党とは反する民主党が圧倒的な人気のようで、トランプ大統領が支持を集めた、
 大統領選挙を結果づけたアメリカ中西部のラストベルト(錆びついた地帯)の状況は認識できなかったのかもしれない。

 


 そういう意味では、日本人観光客に人気で在米日本人も多いと言われる、ニューヨーク、ボストン並びに東海岸、
 シアトル、サンフランシスコ、ロサンゼル並びに西海岸はハワイ州同様、民主党の牙城であって、将来はグリーンカードを希望し、 その先にはアメリカ国籍への帰化を匂わせた彼にとって、
 トランプ大統領の当選は悪夢意外の何者でもなかったであろう。


 もう一つは、テスラの標準的な電気自動車から価格が二倍の高性能車に移り、シートに腰掛け彼の話に耳を傾けながらも、
 俺の頭の隅を支配していたのはテスラの創業者の容姿であり、
 TVニュースやネット情報からロケットを打ち上げ、宇宙へのロマンと宇宙ビジネスを語るのイメージがどこかアジアっぽいことだった。

 南アフリカ出身で現在はアメリカに移住して起業しながら、 
 日本にいるハーフや、肌は白いがアジアンテイストのロシア人っぽい、どこかた南国仕立ての日本人の彼とは対照的にどこか薄い顔立ちの彼と南アフリカを結び付ける何かを想い浮かべていたら、創業者の名前がイーロン・マスクだと、
 神のお告げのように、降りてきた。



 イーロン・マスクついでに、テスラの販売員の彼が好きな絵として、ムンクの叫びについて語っていた事を思い出した。

 


「ムンクという画家をご存じですか?]

 


 俺は小さく首を縦に振った。
 名前しか知らないが、実際に絵を観たことはないが、TVやネットで観た、狂わしいような一人の男が叫ぶような様に目が留まった。



「僕はノルウェーのムンクという画家が好きで、
 大学に入ったばかりの頃、何かの展覧会でムンクの叫びという絵を観て、その場を動けなくなった。
 平日でそれほど人の姿もなく、ムンクの叫びの前で数分間、絵を独占したところで誰の迷惑にもならなかった。


 
 今から10年ほど前、夏休みを利用して短期留学していたロンドンから日本で言えば国内旅行気分で1時間半ほど飛行機に揺られ、僕はムンクの絵を観るためだけにノルウェーの首都オスロを訪れたことがあります。

 


 当時、存在自体意識していなかったのですが、オスロで電気自動車の一台目も目にしなかった。
 三菱、日産の日本勢が電気自動車を発売したのがその前後だと記憶していますが、首都オスロのある、ムンクを生んだノルウェーで、 現在、電気自動車ブームの真っ最中で、その背景にもいろいろな事情があるようです。



 今日はあたなとお会い出来て楽しかった。
 色々と日本のネガティブな面ばかり申し上げましたが、
 僕は決して日本や日本人を否定する立場の者ではありません。
 あなたとお別れする記念に、日本を良いところを一つ二つあげてみましょう。



 国を閉じて三百年近く過ごした、鎖国国家、江戸時代のなごりからか治安の良さと食べ物の美味しさ以上に、これが日本の国力と言っても過言ではない、通貨、円の強さと言いますか、
 学生時代から長い休みになるとバックパッカーを担いで、
 ヨーロッパ、北米、東南アジアを中心に50カ国程度を訪れたことが経験があって、その時も感じていたのですが。

 


 社会人になり、より責任のある立場になって、
 ハワイという、アメリカであってないような異国において、
 外圧からか自らの判断かはともかく、政府と日銀の奇妙な政策に寄って、昨今は安い安いと言われ続ける円ですが、
 日本人観光客にはともかく、国民10人のうち一人が自動車産業に携わるとされる日本では円安に誘導したほうが利口なのかもしれませんが、円の安定感はドル以上にも感じます。


 
 冷戦後、ローマ帝国にも例えられな世界最強国となったアメリカですが、21世紀に入ったあたりから、以前からだったのかもしれませんが、それまで見えなかった、見えにくかった矛盾か所々に浮き出てきました。
 911事件以降と言う人もいますし、
 ベトナム戦争、ケネディ大統領暗殺事件と言う人もいます。


 それ以前の大東亜戦争、日本とドイツが世界の悪役になった第二次世界大戦でヘタレなイタリアに至っては役不足でしかなかったのですが、アメリカ独立戦争、フランス革命同様に、アメリカ南北戦争、リンカーン大統領暗殺、第一次世界大戦、ロシア革命、世界大恐慌まで、フリーメーソンの暗躍だったと言う人までいます。

 


 一見、ローマ帝国に成り代わり、世界を仕切る見えるアメリカも、実情は決して安泰ではありません。



 中国の台頭もヨーロッパの不安定化も、良い意味でも悪い意味でも、グローバル化が行くところまでいって、軍事的であれ、経済的であれ、何か偶発的な事でも起こったら、悪意を持った誰かに何かが引き起こされたら、膨らみ過ぎた風船は一気に萎んでしまいます。



 アメリカの片隅となって百年が過ぎたハワイでそれを実感する、今日この頃です。

 


 世界を一つにするグローバリズムは光と影の対象です。
 グローバリズムを標榜する、富と権力を力の糧とする極少数の人々対して、憧れと同時に僕は恐れを持つようになってきました。

 


 いつの時代かは知れませんが、僕やあなたがこの世を去って、
 かなりの時間を必要とするかもしれませんが、
 もしかして、日の出ずる、日本という国が世界を導くことがあるのかもしれません。

 


 それが証拠に、世界帝国となったアメリカの表の顔である、
 軍事力と石油とリンクさせることで成り立っている米ドルを、
 影で支えているのが日本の円と言っても過言ではないでしょう。
 
 一部のアメリカ人の間では円がアメリカを支えているのは常識以前になっています。
 今や紙屑以下のドルを下支えしているのが円であり、
 というより、ドルを買わと言うより、日本がアメリカ国債を買うことによって、事実上破産国家であるアメリカ合衆国を生きながらさせている、成立させているのです。

 


 日本は豊かな国です。
 帰国されたら、そのことを肝に命じてお過ごし下さい。
 青山のショールームをお忘れなく」

 

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