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ホテルに戻ると、
チャーリーとキッチンでコーヒーを飲みながら、
日本とハワイについてあれやこれやと話し込んでいるうちに、
彼のスマホに9時半を知らせるコールが鳴った。
レンタカーオフィスに電話を掛けたチャーリーによると、
15分後にオフィスの人がここにやって来て、俺をピックアップしてオフィスに連れて戻り、そこで契約すると言う。
のんびりとしてはいられない。
俺は2階の部屋に戻った。
とりあえず、今日の支度をして、トイレを済ませ、
1階に降りると、若い男が待ち構えていた。
「おはようございます、クリスです」
日本語で挨拶した彼は淡い水色のアロハシャツを着た、
口髭を蓄えたどこか人慣れてしたハワイアンでチャーリーに一声掛け、手にも持っていたタブレットでこれから向かうオフィスの様子と車のラインナップと料金表を見せてくれた。
「レッツ・ゴー」
チャーリーに手を振り、クリスとホテルを出ると、赤いフェラーリの横に停まった彼の白いプリウスに乗車して、通りに出た。
車内を包んだウクレレのサウンドにご機嫌なクリスに、
「誰の曲?」と尋ねると、
「ジェイク・シマブクロ!
彼はジャパニーズ・ハワイアンでオキナワにルーツがある」
ABCの前の通りを過ぎ、広場(タウンスクエア)見えると、
クリスが左手の人差し指を向けた。
「この曲が気にいったら、行ってみるといい。
すぐそこにウクレレショップがある」
あっという間に広場(タウンスクエア)は過ぎて、
クリスが座る左ハンドルの窓側に海が見え、
見蕩れている間にプリウスは右折し、オフィスの駐車場に入った。
ここでクリスはお役御免のようで、
カウター越しに中年の女性が待ち構えていた。
物腰から彼女は日本人のようで、すぐに本題に入り、パスポートを提示した。
チャーリーに伝えていたカローラを24時間レンタルして、カフルイ空港で乗り捨てること。
保険はフルの契約でタイヤのパンク保険を追加して、デボジット込み料金をクレジットカードで支払った。
ガソリンは満タン返し、デポジットは車をレンタカー・オフィスに戻すと返金するようで、カード会社が銀行口座に提示する請求金額にデポジット分は省かれていますと、丁寧な説明を受けた。
20分近い契約手続きの後、オフィスから車を駐められている駐車スペースまで彼女と向かう途中、プライベートなことを尋ねられた。
「お客様は日本のどちらからお越しですか?」
「千葉の船橋です」
「そうですか。
わたしは外房出身なので懐かしいです。
主人の仕事の都合でこちらに越して10年が経ちますが、
年に一度、里帰りする時が至福の時です」
白いカローラの前に来ると、彼女が車の傷の点検を始めた。
彼女と一緒に車の前に立ち、後に回り、バンパーとナンバープレート近くの傷を確認して、右と左のドア周りの傷も確認した。
車のキーを渡され、彼女が腕時計で時間を見た。
「只今が午前10時半過ぎですから、明日の11時までにカフルイ空港のうちの事務所まで返却して下さい。
空港近くのガソリンスタンドの場所を記した地図を広げ、
これがスタンドとカフルイ空港とうちの事務所の位置です。
契約した書類とご一緒にお渡しします」
彼女から車のキーと書類と地図を受け取り、
ドアを開けると、白いカローラの左側の運転席に腰を下ろした。
キーを挿し込み、エンジンを掛けた。
カーナビで現在地を確認し、今日の予定をお復習いした。
1 今から約半世紀前の1970年の夏、
ジミ・ヘンドリックスがマウイの山の麓でライブをしたハレアカラ国立公園に行って、チャーリーが言う展望台に寄れればいい。
2 昨日行けなかった、HAIKUと言う名の日本の俳句を想わせる場所にも行ってみたい。
その2つだ。
あとはオマケだ。
腕時計は10時40分。
カフルイ空港で返却するまで24時間と少々で、
搭乗予定の航空機が空港を出るのが明日の12時30分。
とりあえず、こちらも出発するとしよう。
ホテルの部屋でも聴いている地元マウイのFM局に合わせた。
シフトをDに入れ、サイドブレーキを解除して、アクセルを踏み込んだ。
辺りを窺うと、駐車場に外房出身の女性が今まで待っていたことに気づかされた。
頭を下げ、彼女の見送りを受けレンタカーオフィスを後にした。