太平洋のさざ波 11(1章ハワイ) | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 11

 昨晩、仲良くなった黒人のチャーリーが1階のソファーに大きな体を横たえていた。

 


 眠っている彼を気遣い、キッチン用の小さな照明を付け、 
 昨日の残りのバケット、チーズ、トマト、オレンジジュースで一人朝食を摂っていると、
「グッドモーニング!」チャーリーが声を掛けてきた。

 


「起こして悪かったね!」

 


 俺が日本語で言うと、

「ノープロブレム」とTシャツ短パン姿のチャーリーが英語で応えた。


 
 チャーリーはカリフォリニア生まれのアメリカ人でかなり日本語が達者だ。
 米軍に勤める父親に連れられ、沖縄から岩国、横田へ移り住んだチャーリーは話すことは幼児並みだと謙遜したが、日本語を聴くのはかなり自信があるようだ。

 


 弟は沖縄で生まれで、チャーリーがミドルスクールの頃、
 一家はアメリカに8年ぶり帰国したという。


「マイフレンド!」

 


 チャーリーは親しげに俺をこう呼んだ。

 


「今日はどこに行くんだい?」

 


「昨日、一昨日とバスでマウイ島を回ったので、
 今日はレンタカーを借りて、バスでは周り切れなかったマウイ島を回ってみたい」

 


「グレイト!」

 


 俺の日本語にチャーリーが英語で応えた。



「明日の朝、ここをチェックアウトする。
 カフルイ空港からホノルルに戻る予定なので、
 これから24時間、車をレンタル出来て空港で乗り捨てられたら、 ベストだけど」

 


「マイフレンド、レンタカーなら俺に任せろ。
 レンタカーオフィスに知り合いがいる。
 9時半に店が開くから、ここで待っていな。
 車は何がいい?」

 


「日本車、それもカローラがいいな」

 


「OK! カローラだな」



「それはそうと、ホテルの前に駐まっている赤いフェラーリは泊まり客の車?」

 


「そうだ。客のフェラーリだ」

 


「レンターカー?」

 


「客のフェラーリでレンタカーだ」

 


「昨日一日で何台ものフェラーリを見た。
 レンタカーでフェラーリって凄くない」

 


「俺は今乗っているホンダ・シビックで満足だけど、
 マウイの観光客でフェラーリに乗る人も珍しくない。
 マイフレンド、フェラーリでなくていいのか?」

 


「カローラで充分だよ」



「昨日、バスの中で面白いことがあったんだ」

 


「面白いことって、何だい?」

 


「何だと想う?」

 


「バスの中でラップを歌う俺を見たわけじゃないよね?」

 


「それに近い衝撃だった。
 チャーリーはスタン・ハンセンを知ってる?」

 


「もちろんだせ!
 スタン・ハンセンを知らない日本人はモグリだろ。
 日本で子供時代を過ごし、俺の頭の中の半分は日本人だ。
 週末のプロレス中継を楽しみに待っていた。
 プロレス会場全体から巻き起こる、ハンセン・コールに俺の体の毛穴は開っきぱなしで、アドレナリンは最高潮に達した。
 それで、レジェンドのスタン・ハンセンがどうしたんだ?」



「バスの中でスタン・ハンセンを見たんだ」

 


「オー・マイ・ゴッド!」

 


「スタン・ハンセンを見たというのはオーバーだけど、
 ハンセンそっくりの落ちぶれた男が女性のバス運転手にからんで、何度か注意されたあと、バスから放り出されたんだ」

 


「マジかよ。
 本物のスタン・ハンセンじゃなくてよかった。
 俺のアイドルの一人のハンセンがマウイ島でバスから抓み出されるなんて、悲しすぎるからな。
 ハンセンの他に馬場や猪木は見なかった?」


「ジャイアント馬場もアントニオ猪木も見なかった。
 ハンセン・一人切りだ。
 スタン・ハンセンのそっくりさんを見て、衝撃的にバスを飛び降て、ビーチで目の前に浮かぶ島を眺めていた。
 それから、もう一度バスに乗って、ショッピングセンターで降りた」

 


「スタン・ハンセンを見たのはどの辺りだ」

 


 チャーリーが尋ねるので、スマホの地図アプリで指で指した。



「ピイラニ・ビレッジに寄ったのなら、その先のワイレアやマケナに行ってみたかい?」

 


「たぶん、行っていないと想う。
 ショッピングセンターの前からバスに乗り、マアラエア港で乗り換えて、シネマセンターに戻って来たから」

 


「レンタカーでワイレアやマケナに行ってみるといい。
 ラハイナやカパルアと一味違った、もっとのんびりとしたマウイらしい風景が味わえるから」



 日本語と英語の妙な掛け合い漫才染みた会話の後、
 チャーリーはスマホをいじり、ラジオを聴き始めた。
 ラップ調のホワッツ・ゴーイン・オンが流れていたので、


「マービン・ゲイの曲をアレンジしている」俺がそう言うと、
「ジャパニーズはクレージーだ」チャーリーが両手を挙げた。


 
「チャーリー、ジミ・ヘンドリックスがマウイの山の麓でライブをしたのを知っている?」

 


「もちろんだ」

 


「そこまでレンタカーで行けたら行こうと思うけど、どうかな?」

 


「俺も車で一度行ったことがあるけど、辺鄙な所だから、
 気を付けたほうがいい。
 それに、寒い。
 休火山のハレアカラの山頂まで車で行けて、展望台があったかな」

 


「アドバイスありがとう。
 行くとしても、気を付けて、無理はしない。
 約束する。
 話は変わるけど、チャーリー、
 ジミ・ヘンドリックスは日本でジミヘンと呼ばれているんだ」
 

 右の親指を立てたチャーリーがレンタカーオフィスに電話してくれるそうで、約束の9時半まで時間つぶしを兼ね、ラハイナの町を散歩することにした。

 


 今日で3日目のマウイ島だがホテル周辺のラハイナですら、
 よく頭に入っていなかった。



 ホテルから通りに出ると、すぐに公園が広がり、
 どこかで見た木だ。

 


 日本の常識では登校には早すぎる8時前、
 親に見送られた数名の子供の姿を見るにつけ、
 ここが学校であることを知るとともに、この大きな木も、
 広場(タウンスクエア)近くと同じバニアンツリーのようで、
 学校の名前は灯台と同じくカメハメハ3世の名前を頂いた小学校とある。

 


 昨日目にした銅像の主であるアフマヌ王妃とカメハメハ3世が血が繋がっていないとはいえ、アメリカ合衆国の一州になっても、マウイはハワイ王家の人の名前を誇らしく残している。

 


 通りすがりの日本人観光客であるにも拘わらず、
 どこかしら、マウイのローカルな人になれた気がした



 カメハメハ3世小学校の前をゆっくりと通り過ぎ、
 少し先のABCに目をしながら、すぐに広場(タウンスクエア)に入ると、シンボルであるバニアンツリーが今日も出迎えてくれた。 

 

 と同時に、小学校に通ずる公園で目にしたのと同じ木であることを実感しながら、足を進め、お店とホテルの前に番人のように立っている義足のエイブル船長の前で立ち止まった。



 昨日の今頃は目の前のラハイナ港を発ち、
 ホエールウォッチングの真っ最中だった。

 


 日も暮れ、ホテルの部屋でのんびりと昨日の一日を振り返り、
 ガイドブックに目を落とすと、
 ラハイナ沖のホエールウォッチングで目撃した鯨はザトウクジラのようで、YOUTUBEでよく観られるジャンプする彼らの雄姿はお目にかかれなかったが、5インチ少々のディスプレイという限られた空間のバーチャルな世界と違い、リアルな生がうごめいていた。

 


 鯨と海に派生する波に揺られる船の甲板上で、鯨親子のランデブーに遭遇することができて、充分過ぎるほどの満足感を味わった。


 広場(タウンスクエア)に風もなく、広場と海を隔てる手摺りに近寄って海を眺めてみると、昨日と違って、波もなく、今日の海は穏やだ。

 


 灯台の下に近寄り、白い建造物を見上げた。
 エイブル船長が活躍していた時代、
 ここから、捕鯨船を見張っていたのだろうが、
 カメハメハ3世の統治の頃から建て替えられてはいても、
 今もその功績が残されているのが素直に嬉しい。
 
 裏通りに入った。

 


 一昨日、ホテルでチェックインを済ませ、
 バスセンターを探している時にここまで来ていたが、
 スマホの地図アプリと手作りのマップに目を凝らすと、
 どう見ても、日本式のお寺に見えないが、本願寺とある。
 所変われば、何とかというし、足を進めると、 
 目の前はシネマセンターだった。

 

">