てぃんさぐぬ花・・・14 | ブログ連載小説・幸田回生

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読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 14

 

 国際通りがなつかしく、ぶらぶら歩き、土産屋さんに入ったが何も買わなかった。
 食堂のゴーヤチャンプルーが美味しくて、この味にをテツに食べさせてあげたい。
 ホテルで一息入れるとしよう。

 

 部屋は前と同じで、いくつあるのかな、かぞえても10はない。
 トイレとシャワーが共同なため、泊り客と顔を合わせる事が多く、
北海道出身の男の人とまた会った。
 30前くらいで身なりはこざっぱり、リーバイスにナイキのシャツを着ている。
 スーと話が合うみたい。

 

 彼の話では、フリーターでお金が貯まると日本を世界を旅して回って、

 北ロンドンに1年間住んだことがり、プレミアリーグのアーセナルのファンである。
 スコットランドにも1ヶ月ほどいたと言う。
 

 去年の夏、アキが家族と日本に帰ってきた時、すれ違うようにして、

 名古屋グランパスエイトの監督であったアーセン・ベンゲルが名門アーセナルの監督に就任した。

 

 フランス人であるベンゲルがサッカーの母国・イングランドの名門クラブの監督になるということが、

 話題になっていた。

 バルセロナの居間で、パパが「リネカー」と呟いていたのを覚えている。
 あの頃から、サッカーが好きだった。

 

 ジェントルマン・ゲーリー・リネカーはバルサでプレイしていた。
 監督の確かあの空飛ぶオランダ人は、ジェントルマンが好きではなかった。  


 

 家族はバルセロナからロンドンに移り、そこでまたあのジェントルマンの姿が彼女の目に触れた。
 トッテナムというアーセナルのライバルクラブで、影に隠れるよにして、

 ちょこんとボールに合わせてゴールを決めていた。

 

 彼のクラブは優勝したんだ。
 FAカップだったはずだ。
 パレードをしていたジェントルマンの笑顔がアキの記憶にある。

 

 リネカーよりでデブッチョのガスコインが好きだった。
 いかにも悪ガキそうで、パブの帰りに立ちションしそうな彼のキャラを好いていた。
 今流行りのベッカムなんて嫌いだ、ブスな女とデレデレすんなよ。


 

 ロンドン郊外の古いイギリス風のお家のテレビで、いつもサッカーに夢中になっていた。
 側にテツが、パパがいた時もあった。
 しかし、一人でサッカーを観ていることが多かった。
 床がギイギイ鳴ってお湯の出が悪かったその家を買わないかって、

 ロンドンにある日本の不動産がいつもパパを唆していた。
 あの家を買わなかくてよかった。
 

 フーリガンが大暴れして人が死ぬことだってあるんだよ。
 小さな女の子には危なくて仕方ないだろう。  
 彼らはサッカーを観にいくんじゃない、喧嘩しに行くんだからね。
 そう言って、パパはスタジアムには連れて行ってくれなかった。


 

 母国・イングランドで暮らしていたにもかかわらず、アキはテレビでしかサッカーを観たことがなかった。
 パパはバルセロナでも連れて行ってくれなかったんだ。
 アーセナル・ファンの彼の話しを聞いて、頭の中はサッカーで一杯になってしまっていた。


 

 リネカーはそれから名古屋に行って⑩番を付けていた。
 ピクシーことストイコビッチの前だ。
 リネカーとストイコビッチはほんの少し、名古屋で一緒にプレイしているんだよ。
 ジェントルマンより切れやすいピクシーのほうが日本では活躍し、愛されてもいる。

 面白いもんだ。

 

 リネカーはあまりグランパスで活躍できなかった。
 もうピークを過ぎていたのかな?
 日本のサッカーを舐めていた、そんなサッカー雑誌を読んだことがある。
 彼女の記憶が正しければ、リネカーは日本で現役引退したはずだ。
 
 デブッチョ・ガスコインもトッテナムを離れ、イタリアに渡り、

 その後、スコットランドのグラスゴーに。

 

「アキ、どうしたの?」
 自分の世界に浸っていた。

 

「ねえ、3人で那覇の夜を楽しもうよ」

 夜の那覇の街にでた。
 国際通りの食堂でご飯を食べる。
 彼はこの前ホテルで会った後に、石垣島と西表島に行って来たと。

 

「なかなか良かったから、君たちも行ってみな。
 特に西表はいいよ。なにもなくて。
 あそこでぼーっとするのは最高だね。
 石垣島から船ですぐだよ。
 

 

 僕はペンションみたいな所に泊ってそれこそ何にもしなかった。 
 ダイビングもしないし、カヌーツアーにも参加しなかった。
 部屋の周りを歩く、そして飯を食ってビールを、泡盛を飲む。

 

 暇になるとめったに来ないバスに乗り島内を巡った。
 道は整備されてないし、バス便も少ないので全部回りきれはしないさ。
 それでもいいんだ。

 

 僕はあの空気が吸えただけでも西表に行った甲斐はあったと思う。
 たとえ西表山猫に会えなくてもね」

 

「ねえ、あなたの名前は何というの?」
 スーが尋ねた。
「山下です」

 

「山下さん、あなたはいろんな所を回っているのね? 
 何か目的があってそうしている訳?」


 

「これといって目的はないよ。
 ただ、若いうちにいろんな所が見たいんだ。
 年をとるとお金があっても行けなくなるだろう。
 沖縄は2度目なんだ。
 僕はね、フランスと沖縄が好きなんだ。

 

 ねえ、スーさんはスコットランド人だったよね。
 スコットランド、特に君の故郷、夏のインバネスはよかったよ。
 冬に行ったことがないから、よくわからないけど、北海道より寒いかな?」

 

「どうかしら、わたしは北海道に行ったことがないから。
 でも、冬のインバネスは長くて暗い。
 インバネスは緯度が高いでしょう、地図で見るとよくわかる、北海道よりずっと北にあるの。
 北極圏の白夜といったらオーバーかしら、夏の陽が長い代わりに冬の陽は短い。
 本当に、いつも夜のような雰囲気に包まれるわ」

 

「そうなんだ。
 スーさんは研修がおわったらスコットランドに帰るんでしょう?」
「たぶん」

 

「どうして沖縄の基地がそんなに気になる?」
「わたしの研究テーマにしようと思っているの」
「そう、それもいいかもしれないね。
 アキさんだっけ、君はロンドンのどこに住んでいたの?」


 

「日本人学校の近くよ」
「西のほうだね」
「そう」

 

「僕はアーセナルの近くに住んでいた。
 部屋から歓声が聴こえてね。
 スタジアムによく足を運んだもんさ。
 君のお父さんは駐在員なの?」

 

「そう。わたしはガスコインが好き」
「いい趣味している。
 僕はね、敵ながらカントナが好きなんだよ。
 彼のすぐ切れるところが大好きさ。
 サッカーはよく観にいったかい?」

 

「一度も観にいったことがないの。いつもテレビで観ていた。
 パパが危ないからって連れていってくれなかった」

 

「それは残念だね。
 ところで、僕の住んでいた所は、日本の駐在員なんて一人もいなかった。
 僕には無縁の世界だ。 
 住民の多くは黒人とインド人でね。

 

 街も下町と言った風情で、物も結構安かった。
 大家さんがインド人で、いい人だったよ。
 また、ロンドンに行ってみたくなったな」


 

 食堂から居酒屋さんのような所に移り、
 スーと山下さんは郷土料理に箸を付け沖縄の焼酎を飲んでいる。
 しばらくすると、濃い顔の男の人が出てきて、三味線のようなのを弾いて歌い始めた。

 

 沖縄の音楽を初めて聴いた。
 後ろの人はお囃子と太鼓を叩いていたっけ。
 山下さんが、リクエストした。
 この曲、好きになった。
 曲名をメモしたわ。

 

『てぃんさぐぬ花』
 その美しい歌をしんみりと聴き入った。
 

 アップテンポの曲が続いた。
 後ろの席の人が口笛を吹いて立って踊り始めた。
 スーと山下さんもつられて。
 座ってそれを見ていた。
 こういう時ってシャイなの。


 

 狭い居酒屋さんは盛り上がってゆく、それを黙って見ている。
 でも内心はずっと熱くなっていた。



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