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国際通りがなつかしく、ぶらぶら歩き、土産屋さんに入ったが何も買わなかった。
食堂のゴーヤチャンプルーが美味しくて、この味にをテツに食べさせてあげたい。
ホテルで一息入れるとしよう。
部屋は前と同じで、いくつあるのかな、かぞえても10はない。
トイレとシャワーが共同なため、泊り客と顔を合わせる事が多く、
北海道出身の男の人とまた会った。
30前くらいで身なりはこざっぱり、リーバイスにナイキのシャツを着ている。
スーと話が合うみたい。
彼の話では、フリーターでお金が貯まると日本を世界を旅して回って、
北ロンドンに1年間住んだことがり、プレミアリーグのアーセナルのファンである。
スコットランドにも1ヶ月ほどいたと言う。
去年の夏、アキが家族と日本に帰ってきた時、すれ違うようにして、
名古屋グランパスエイトの監督であったアーセン・ベンゲルが名門アーセナルの監督に就任した。
フランス人であるベンゲルがサッカーの母国・イングランドの名門クラブの監督になるということが、
話題になっていた。
バルセロナの居間で、パパが「リネカー」と呟いていたのを覚えている。
あの頃から、サッカーが好きだった。
ジェントルマン・ゲーリー・リネカーはバルサでプレイしていた。
監督の確かあの空飛ぶオランダ人は、ジェントルマンが好きではなかった。
家族はバルセロナからロンドンに移り、そこでまたあのジェントルマンの姿が彼女の目に触れた。
トッテナムというアーセナルのライバルクラブで、影に隠れるよにして、
ちょこんとボールに合わせてゴールを決めていた。
彼のクラブは優勝したんだ。
FAカップだったはずだ。
パレードをしていたジェントルマンの笑顔がアキの記憶にある。
リネカーよりでデブッチョのガスコインが好きだった。
いかにも悪ガキそうで、パブの帰りに立ちションしそうな彼のキャラを好いていた。
今流行りのベッカムなんて嫌いだ、ブスな女とデレデレすんなよ。
ロンドン郊外の古いイギリス風のお家のテレビで、いつもサッカーに夢中になっていた。
側にテツが、パパがいた時もあった。
しかし、一人でサッカーを観ていることが多かった。
床がギイギイ鳴ってお湯の出が悪かったその家を買わないかって、
ロンドンにある日本の不動産がいつもパパを唆していた。
あの家を買わなかくてよかった。
フーリガンが大暴れして人が死ぬことだってあるんだよ。
小さな女の子には危なくて仕方ないだろう。
彼らはサッカーを観にいくんじゃない、喧嘩しに行くんだからね。
そう言って、パパはスタジアムには連れて行ってくれなかった。
母国・イングランドで暮らしていたにもかかわらず、アキはテレビでしかサッカーを観たことがなかった。
パパはバルセロナでも連れて行ってくれなかったんだ。
アーセナル・ファンの彼の話しを聞いて、頭の中はサッカーで一杯になってしまっていた。
リネカーはそれから名古屋に行って⑩番を付けていた。
ピクシーことストイコビッチの前だ。
リネカーとストイコビッチはほんの少し、名古屋で一緒にプレイしているんだよ。
ジェントルマンより切れやすいピクシーのほうが日本では活躍し、愛されてもいる。
面白いもんだ。
リネカーはあまりグランパスで活躍できなかった。
もうピークを過ぎていたのかな?
日本のサッカーを舐めていた、そんなサッカー雑誌を読んだことがある。
彼女の記憶が正しければ、リネカーは日本で現役引退したはずだ。
デブッチョ・ガスコインもトッテナムを離れ、イタリアに渡り、
その後、スコットランドのグラスゴーに。
「アキ、どうしたの?」
自分の世界に浸っていた。
「ねえ、3人で那覇の夜を楽しもうよ」
夜の那覇の街にでた。
国際通りの食堂でご飯を食べる。
彼はこの前ホテルで会った後に、石垣島と西表島に行って来たと。
「なかなか良かったから、君たちも行ってみな。
特に西表はいいよ。なにもなくて。
あそこでぼーっとするのは最高だね。
石垣島から船ですぐだよ。
僕はペンションみたいな所に泊ってそれこそ何にもしなかった。
ダイビングもしないし、カヌーツアーにも参加しなかった。
部屋の周りを歩く、そして飯を食ってビールを、泡盛を飲む。
暇になるとめったに来ないバスに乗り島内を巡った。
道は整備されてないし、バス便も少ないので全部回りきれはしないさ。
それでもいいんだ。
僕はあの空気が吸えただけでも西表に行った甲斐はあったと思う。
たとえ西表山猫に会えなくてもね」
「ねえ、あなたの名前は何というの?」
スーが尋ねた。
「山下です」
「山下さん、あなたはいろんな所を回っているのね?
何か目的があってそうしている訳?」
「これといって目的はないよ。
ただ、若いうちにいろんな所が見たいんだ。
年をとるとお金があっても行けなくなるだろう。
沖縄は2度目なんだ。
僕はね、フランスと沖縄が好きなんだ。
ねえ、スーさんはスコットランド人だったよね。
スコットランド、特に君の故郷、夏のインバネスはよかったよ。
冬に行ったことがないから、よくわからないけど、北海道より寒いかな?」
「どうかしら、わたしは北海道に行ったことがないから。
でも、冬のインバネスは長くて暗い。
インバネスは緯度が高いでしょう、地図で見るとよくわかる、北海道よりずっと北にあるの。
北極圏の白夜といったらオーバーかしら、夏の陽が長い代わりに冬の陽は短い。
本当に、いつも夜のような雰囲気に包まれるわ」
「そうなんだ。
スーさんは研修がおわったらスコットランドに帰るんでしょう?」
「たぶん」
「どうして沖縄の基地がそんなに気になる?」
「わたしの研究テーマにしようと思っているの」
「そう、それもいいかもしれないね。
アキさんだっけ、君はロンドンのどこに住んでいたの?」
「日本人学校の近くよ」
「西のほうだね」
「そう」
「僕はアーセナルの近くに住んでいた。
部屋から歓声が聴こえてね。
スタジアムによく足を運んだもんさ。
君のお父さんは駐在員なの?」
「そう。わたしはガスコインが好き」
「いい趣味している。
僕はね、敵ながらカントナが好きなんだよ。
彼のすぐ切れるところが大好きさ。
サッカーはよく観にいったかい?」
「一度も観にいったことがないの。いつもテレビで観ていた。
パパが危ないからって連れていってくれなかった」
「それは残念だね。
ところで、僕の住んでいた所は、日本の駐在員なんて一人もいなかった。
僕には無縁の世界だ。
住民の多くは黒人とインド人でね。
街も下町と言った風情で、物も結構安かった。
大家さんがインド人で、いい人だったよ。
また、ロンドンに行ってみたくなったな」
食堂から居酒屋さんのような所に移り、
スーと山下さんは郷土料理に箸を付け沖縄の焼酎を飲んでいる。
しばらくすると、濃い顔の男の人が出てきて、三味線のようなのを弾いて歌い始めた。
沖縄の音楽を初めて聴いた。
後ろの人はお囃子と太鼓を叩いていたっけ。
山下さんが、リクエストした。
この曲、好きになった。
曲名をメモしたわ。
『てぃんさぐぬ花』
その美しい歌をしんみりと聴き入った。
アップテンポの曲が続いた。
後ろの席の人が口笛を吹いて立って踊り始めた。
スーと山下さんもつられて。
座ってそれを見ていた。
こういう時ってシャイなの。
狭い居酒屋さんは盛り上がってゆく、それを黙って見ている。
でも内心はずっと熱くなっていた。